第24話 巨岩の飛翔と砕ける標石
コルト村の朝は凍てついていた。
西境界の見張り櫓からは、五十歩先の木立に潜む双頭狼やオークの気配が見える。
「クラウス、南の山からの樫の大木と石材、運び込みを始めたよ」
広場から駆け寄ってきたシェリーが言った。
手には作業用の木札を握りしめている。
エプロンドレスの足元には、霜を被った泥がついていた。
「見張りを立てて手早く運ばせているから。支持架と投射腕に使える太い大木だよ」
「助かるよ、シェリー」
シェリーは頷き、指示を出すために南の街道へと戻っていった。
鍛冶場へ足を向けると、力強いふいごの音とともに黒煙が上がっていた。
熱風が吹き抜ける炉の前で、ボルドが大槌を振り下ろしている。
ガアン、ガアンと重い金属音が響き、赤い火花が四方へ散っていた。
金床の上にあるのは、仕入れた鉄地金の残りを叩き延ばした鉄塊だ。
「ボルドさん、金具の調子はどうだ」
声をかけると、ボルドは大槌を止め、煤けた腕で額の汗を拭った。
作業台の上には、昨夜ボルドが寸法を見て息を呑んでいた羊皮紙の図面が置かれている。
「おう、坊主。言われた通り、太い鉄芯を通す軸受け金具と、親柱を締め上げる帯金を叩いとるぞ」
ボルドは火箸で赤熱した金具を掴み、水槽へ沈めた。
ジュウッと激しい水蒸気が立ち上る。
「実寸に合わせて叩いてみると、確かにこの厚みがなけりゃあの重石の衝撃には耐えられんわい。狂いなく仕上げてやる」
ボルドは厳しい眼光のまま、鉄の厚みと剛性を確かめていた。
昼前、西境界の土塁石垣の内側に資材が集められた。
見張り櫓の隣、平らに均した地面の上に建設現場が設けられる。
南の山から運び出された樫の大木、山積みの石材、そして鍛冶場から届いた黒光りする鉄金具。
作業には自警団の若者や農民たちが集まった。
「図面通りに組むぞ。まずは土台と親柱だ」
俺の指示に従い、太い樫の角材が組み合わされていく。
三角形の支持架親柱が立ち上がり、控え木と土台が組まれる。
ボルドが梯子に登り、親柱の頂部に鉄の帯金を巻き、木槌でカスガイを打ち込んでいく。
ガン、ガンと澄んだ音が響いた。
ボルドは親柱の継ぎ手と軸受け金具の嵌め込みに目を近づけ、隙間をなぞった。
「よし、狂いはねえ。鉄芯もすんなり通るぞ」
ボルドが太い髭を揺らし、納得の声を上げた。
木組みの噛み合わせと金具の収まりを自らの眼で慎重に確かめている。
続いて投射腕の据え付けに入った。
支点を挟んだ長短比を合わせた、長大な樫の角材だ。
男たち十人がかりで腕を持ち上げ、親柱の頂部にある軸受け金具へ太い鉄芯を通す。
腕が滑らかに上下することを確認し、短い側の先端に頑丈な木製錘箱を取り付けた。
箱の中には、南の山から運んだ大石が隙間なく詰め込まれていく。
長い腕の先端には、厚手の革で縫い合わせた頑丈な吊り袋を取り付けた。
日が西に傾き始めた頃、大型投石器がその姿を現した。
人の背丈を遥かに超える巨大な木組み。
三角形の支持架と長大な投射腕、そして重石を満載した錘箱。
村の木と石と鉄を結集させた兵器が、西の防壁の内側に堂々とそびえ立つ。
「本当に組み上がっちまったな……」
見上げていたダンが息を呑んだ。
ボルドも木組みの継ぎ目や鉄芯を見回し、太い腕を組む。
「帯金もカスガイもがっちり食い込んどる。木組みのキシミもねえ。……だが坊主、本当にこんな重い箱を落として、腕が折れずに石が飛ぶのか」
「ああ。試射で確かめよう」
標的とするのは、防壁から三十歩ほど先、樹海手前の開けた地面に転がっている黒い大石だ。
木立までは五十歩。その手前の開けた位置にある。
投石器の装填に取りかかる。
基部に据えられた巻き上げ機の丸太レバーに男たちが取り付いた。
「いくぞ、息を合わせろ!」
ダンの号令とともにレバーが押し回され、麻縄が巻き取られて重い錘箱が持ち上がっていく。
長大な投射腕が傾き、先端の吊り袋が地面へと降りてきた。
錘箱が最上段に達した瞬間、ボルドが頑丈な鉄の留め具ピンを差し込んで固定した。
カチリと重い金属音が響く。
宙に吊り上げられた錘箱が静止した。
俺は南の山から運んだ大人の胴回りほどもある巨石を抱え、革の吊り袋の中央へ据えた。
石を包んだ吊り袋を、滑走台の溝へと収める。
準備は整った。
見張り櫓の上に立つダンが、五十歩先の木立を見据えている。
木々の隙間には、双頭狼やオークの姿が見え隠れしていた。
「クラウス、周囲の安全は確認したよ」
土塁の脇に控えるシェリーが告げてくる。
胸の前で両手をぎゅっと握りしめていた。
俺は投石器の横に立ち、留め具ピンに繋がれた引き綱を握り直す。
設計上の最大射程は百歩。
標的は三十歩の距離だ。
「全員、投石器から離れろ。いくぞ」
引き綱を一気に引き抜いた。
ガコン!
鈍い衝撃音とともに留め具ピンが外れた。
固定を失った錘箱が、大石の凄まじい自重で真下へ一気に落下する。
ビュオンッ!
大気を引き裂く風切り音が轟いた。
重石の落下と同時に、長大な腕が天空へと跳ね上がる。
先端の革の吊り袋が開き、包まれていた巨石が解き放たれた。
巨石が宙を走る。
夕暮れの空に高い放物線を描き、三十歩先の標的へと急降下した。
狙い過たず、標的の大石の真芯へと吸い込まれる。
ドガアアアン!
大地を揺るがす凄まじい破砕音が炸裂した。
衝突の瞬間、標的の大石が粉々に砕け散る。
激しい衝撃波とともに砕石が四方へ弾け飛び、猛烈な土煙が天高く舞い上がった。
吹き荒れた突風が、五十歩先の木立の枝を激しく揺らす。
木立の奥から、グルルッと獣の低い唸り声が漏れ、影が奥へと退くのが見えた。
「……すさまじいわい」
背後でボルドの掠れただみ声が響く。
濛々と立ち上る土煙が、三十歩先の地面を覆い尽くしていた。




