第20話 鍛冶炉の炎と揃いの弓
二頭立ての大型幌荷馬車が土煙を上げて南へ去っていった。
定期行商人のロバートが、金貨五十枚の納税代行に向けて領都アイゼンベルクへ発ったあと、コルト村の朝は早くから熱気に包まれていた。
北側斜面の麓にある鍛冶場から、力強いふいごの唸りと、大地を揺らすような槌音が絶え間なく響いてくる。
煙突からは太い黒煙がまっすぐに立ち上っていた。
鍛冶場の中へ足を踏み入れると、熱風が肌を焼いた。
部屋の中央にある炉の底で、炭火が赤々と猛烈な勢いで燃え盛っている。
金床の前に立つのは、煤けた革エプロンを締めた老鍛冶師ボルドだ。
丸太のように太い腕を捲り上げ、火箸で赤熱した鉄の延べ棒を金床に押さえつけている。
ロバートから仕入れた、あの黒光りする鉄地金だ。
「いくぞ、坊主!」
ボルドが手にした大槌を力任せに振り下ろした。
ガアン!
甲高い金属音が鍛冶場いっぱいに炸裂し、鮮やかな火花が四方へ弾け散る。
赤く光る鉄塊が叩き潰され、みるみるうちに平たい帯や太い棒へと延ばされていく。
俺が木板に引いた図面に合わせ、防壁や見張り櫓の継ぎ手を固定するカスガイや帯金が次々と鍛え上げられていく。
軟化した鉄を水槽へ突っ込むと、ジュウッと激しい水蒸気が噴き上がった。
「これだけ純度の高い地金なら、叩けば叩くほど粘りが出るわい! クズ鉄とは比べものにならん!」
ボルドが太い白髭を揺らして豪快に笑った。
出来上がった金具を麻布に包み、俺たちは西境界へと運んだ。
西境界では、土塁と石垣の内側に見張り櫓が高くそびえ立っている。
丸太の親柱や筋交いは、大鬼の皮と骨の楔ですでに頑丈に固定されていた。
俺たちはその要所に、鍛え上がった鉄の帯金を巻き、太いカスガイを木槌で深々と打ち込んで補強していった。
ガン、ガンと重い打撃音が響く。
鉄金具が木材に深く食い込み、木組みの剛性が一段と増していく。
梯子を登って見張り櫓の床板に立ち、軽く足踏みをして荷重を確かめた。
きしみも揺れも綺麗に抑えられている。
土塁の外面に噛み合わされた石垣とともに、重量級の魔獣の突進にも耐えうる強度が整っていた。
見張り櫓を下りた俺たちは、土手脇の作業台へ向かった。
そこには、先日組み上げて麻布を被せてあった、村人用クロスボウの試作骨組みが置かれていた。
樫の銃床に、大鬼の肋骨を渡した弓幹。
大腿骨から削り出した回転爪と、大鬼の腱を撚り合わせた弦。
骨組みは出来上がっていたが、金具がなかったため、仕上げと試射を行えないまま待機させていた代物だ。
俺はその試作の一挺を抱え、ボルドとともに鍛冶場へ戻った。
「よし、こいつの番じゃな」
ボルドが地金の残りを火床へくべた。
叩き出したのは、回転爪の軸を通す軸受け金具と、指をかける引き金、そして銃床下部の木製レバーを繋ぐレバー連結金具だ。
赤熱した小さな金具をヤスリで削り、狂いなく形を整えていく。
冷やした金具を、樫の銃床の彫り込みへと嵌め込んだ。
カチリと澄んだ音がして、鉄の軸受けが骨の回転爪をしっかりと抱え込んだ。
「ぴったりじゃ。ガタつきは一つもねえぞ」
ボルドが髭を撫でて頷いた。
俺は銃床の下にある木製レバーを握り、前方へ倒した。
テコの力によって引き金と連動したフックが前進し、大鬼の腱の弦を引っ掛ける。
レバーを手元へ引き戻すと、わずかな腕力だけで強靭な弦が後退し、骨製の回転爪にカチリと噛み合って固定された。
俺の武器庫から呼び出す連動式クロスボウは、俺の魔力と意識が繋がっている間だけ自動装填が働く。
だが、この木製レバー式の機構なら、魔力を持たない人間でもテコの力だけで簡単に弦を引くことができる。
問題は矢だ。
連動式クロスボウのように、魔力で自動生成されるボルトは出ない。
作業台の脇には、乾燥させたトネリコの木を削り、先端に尖った骨の鏃を固定し、山鳥の羽根を膠で貼り付けた試作用の実体ボルトが置かれていた。
ボルトを銃床上面の溝へ滑り込ませる。
俺たちは再び西境界の土手へと向かった。
土手の上に立ち、五十歩先の樹海境界にある枯れ木の幹へ狙いを定めた。
銃床を肩に当て、先端と標的の木を一直線に見据える。
人差し指で鉄の引き金を引く。
バツンッ!
鋭い破裂音が響いた。
大鬼の肋骨が力強くしなり戻り、解放された弦がボルトを猛烈な初速で弾き出す。
唸りを上げて宙を走ったボルトは、一直線に五十歩先の幹へと吸い込まれた。
ドスウッ!
乾いた打撃音とともに、太い幹の中央にボルトが深々と突き刺さった。
根元まで埋まり、木肌に細かな亀裂が走っている。
「おお……!」
ボルドが目を見張って歓声を上げた。
「大鬼の骨のしなりが、しっかり矢に伝わっとる! 金具も回転爪も、割れや歪みは一つもねえぞ!」
俺は手元の銃床を確かめた。
反動は肩に心地よく逃げ、骨製の爪も欠けることなく滑らかに動いていた。
機構の耐久性と実用性は合格だ。
「試作が動いたなら、数を揃えるぞ」
鍛冶場へ戻った俺たちは、数日をすべて注ぎ込んで増産に取りかかった。
自警団の十名に行き渡らせるため、十挺を揃える。
だが、大鬼の肋骨は左右合わせても数が限られている。
試作のほか数挺分を削り出したところで、素材が底をついた。
「弓幹の骨が足りんな。どうする、坊主」
ボルドが作業台の端材を見つめて眉をひそめた。
「骨がないなら、硬木の積層材を使う」
村の木材置き場から、粘りと弾力のあるトネリコと樫の薄板を何枚も切り出させた。
木目を交互にして膠で何重にも圧着し、熱を加えて緩やかな反りをつけた。
重ね合わされた積層材は、大鬼の肋骨に劣らない強靭なしなりと反発力を生み出した。
ボルドは火床の前で大槌を振るい、必要な分の鉄金具を次々と叩き出していった。
弓幹を据え、骨材と腱を組み合わせて仕上げていく。
同時に、十挺分の矢筒と、先端に鉄や骨の鏃をつけた実体ボルトを数百本削り揃えた。
数日後、鍛冶場の作業台の上に、試作の一挺を含めた十挺のクロスボウが整然と並んだ。
大鬼の肋骨を用いたものと、硬木の積層材を用いたもの。
素材に違いはあるが、どちらも無駄のない実用の美しさを湛えていた。
その日の午後。
コルト村の中央広場に、自警団の青年十名が集まっていた。
先頭に立つのは、革の胸当てをつけたダンだ。
青年たちは以前の打ち直されたスキや鉄穂先の木槍を置き、緊張した面持ちで整列していた。
作業台から運ばれた十挺のクロスボウと、矢を満載した革の矢筒が広場へ並べられている。
整列する青年たちの前に、村長代行のシェリーが立っていた。
継ぎ接ぎのエプロンドレスに作業用ブーツ姿のシェリーは、手にした木札の帳簿を確認しながら、俺の隣へ歩み寄ってきた。
「クラウス、自警団の人員、十名揃ったよ。矢の補給管理と予備のボルトも、集会所の倉庫に確保してあるから」
「ありがとう、シェリー。助かるよ」
俺は頷き、並べられた十挺の中から試作の一挺を手にとった。
「全員、よく見てくれ」
式典用の薄い服の袖を捲り、青年たちの前で動作を実演した。
銃床下部の木製レバーを前に倒し、手元へ引き戻す。
カチリと音がして弦が回転爪に固定される。
「レバーを倒して戻すだけで、弦が引ける。あとは溝に矢を落とし込み、的に向けて引き金を引くだけだ」
俺は弦を手で押さえながら引き金を絞り、ゆっくりと元の位置へ戻した。
「す、すげえ……! 俺たちの力でも、こんな簡単に弦が引けるのか!」
ダンが目を丸くして叫んだ。
俺は手元の試作クロスボウをダンへ手渡し、残る九挺と革の矢筒を青年たちへ順に配っていった。
青年たちは手渡された武器のずっしりとした重みと、磨き上げられた木と骨の感触を確かめた。
恐る恐るレバーを操作し、カチリと小気味よい音を響かせて弦を引き絞る。
矢筒から引き抜いたボルトを上部の溝へ装填した。
広場の端、五十歩先の位置に、丸太の輪切りで作った十個の的が横一列に並べられている。
「構えろ」
俺の号令に合わせ、自警団の青年十名が揃いのクロスボウを構えた。
肩に銃床を当て、先端と五十歩先の的を見据える。
手首に力が入る者、わずかに銃口が震える者もいる。
初めて手にする遠距離武器だ。
「狙いを定めろ」
シェリーが息を呑み、胸の前で両手を組んで見守っている。
「――撃て!」
バババツンッ!
乾いた破裂音が重なり合って広場に轟いた。
十本のボルトが唸りを上げ、五十歩先の標的の列へ一斉に放たれる。
初めて放たれた矢筋には、わずかなばらつきがあった。
的の端を掠めるもの、わずかに外れて足元に土煙を上げるものもあった。
だが、力強く伸びた矢が標的の板を捉え、並んだ的が激しく揺れる。
ドス、ドスッ!
的板に突き刺さった矢羽が、午後の光を浴びて小さく震えていた。
「当たった……!」
ダンが歓声を上げた。
青年たちの顔に、驚きと興奮が広がっていった。




