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厄介払いされた寒村で幼馴染と武器庫を育てたら、手柄を狙う本家が手出しできない近代要塞都市になっていた  作者: わわわ


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第19話 行商人ロバートと鉄の地金

コルト村の朝は白い靄に包まれていた。

北西の樹海から吹き下りてくる風は、着任した頃よりも冷たさを増している。

式典用の薄い服の襟元を合わせ、俺は広場に立った。

足元の土は夜の冷気で固く締まっている。


チリン、チリン。


街道から、二頭立ての大型幌荷馬車が姿を現した。

車輪を軋ませて広場に入ってきたのは、定期行商人のロバートだ。

御者台の上で、羊毛の厚い外套を着た恰幅のいい男が手綱を引いた。

馬車を止めたロバートは立ち上がり、目を丸くして周囲を見回した。


その目は、西境界にそびえる土塁と、段状に積まれた石垣の防壁を捉えていた。

内側には、床板と手すりを渡した見張り櫓が高く組み上がっている。

燻製小屋から上がる煙の周りでは村人たちが手際よく肉樽を運び、南の丘からは作業へ向かう若者たちの声が響いていた。


「これは驚いた。餓死寸前と聞いていた村が、砦のように生まれ変わっている」


荷台から降りたロバートを、シェリーが出迎えた。

足元の作業用ブーツに土をつけ、エプロンドレスの裾を軽く引く。


「ロバートさん、遠路お疲れ様です。こちらが先月着任された領主代行のクラウス様です」


「クラウス・ベルンシュタインだ。ようこそコルト村へ」


ロバートは整えられた髭に手を添え、値踏みするように俺の服と手元を見た。


「アイゼンベルクから北西一帯を行商しております、ロバートと申します。本家筋の貴族様が、このような僻地で復興を指揮しておられるとは驚きました」


「立ち話もなんだ。取引の話なら小屋で腰を落ち着けて話そう」


俺たちは広場奥の丸太小屋へ入った。

シェリーが淹れた野草茶の湯気を前に、ロバートが机に肘をついた。


「さて、領主代行様。この村で私に何を買い取らせ、何を求められるおつもりですかな」


シェリーが机の上に木箱を置き、蓋を開けた。

包んでいた白布を静かに開く。

現れたのは、深みのある赤色を湛えた大鬼の魔石だった。

傷一つない滑らかな結晶の奥で、光の粒子が静かに脈打っている。


「……なっ」


ロバートが身を乗り出し、上着から出したルーペを目にあてた。


「大鬼の魔石か。不純物が極めて薄く、核の密度も高い。傷も欠けもない最上級の品だ。いったいどこでこれを」


「先月、村を襲撃してきた大鬼を討伐した。いくらになる」


ロバートは魔石を持ち上げ、慎重に重さを確かめた。


「買い叩く気はありません。金貨四枚、銀貨四百枚でお引き取りしましょう。市場の公正な上限値です」


金貨四枚。

村の食料をすべて売っても金貨二枚に届かなかったことを思えば、十分な額だ。

シェリーが安堵の息を漏らした。


「その査定で手を打とう。ただし、現金で全額を受け取る気はない」


俺は広げた羊皮紙を指さした。


「このリストの物資を、ロバートさんの荷物から分けてほしい」


ロバートは手元の帳面と見比べながら頷いた。


「冬越え用の岩塩二樽で銀貨四十枚。保存用穀物五袋で銀貨五十枚。寒冷地用の冬根菜の種袋三つで銀貨十枚。そして鍛冶場用の鉄地金五塊、運搬費込みで銀貨六十枚。合計で銀貨百六十枚、金貨一枚と銀貨六十枚分ですな」


「差し引き、金貨二枚と銀貨四十枚が手元に残る計算だな」


「左様です。残額をお渡ししましょう」


ロバートが革の小銭入れを取り出そうとしたが、俺は手で制した。


「残りの金も、ここで受け取る気はない。ロバートさんに預けたい」


「ほう? 物資を増やされますかな」


「いや。ベルンシュタイン本家から要求されている、秋の終わりの納税代行を委託したい」


ロバートの手が止まり、顔から笑みが消えた。


「本家の法外な重税の噂は聞いています。金貨五十枚でしたな。ですが、残額の金貨二枚と銀貨四十枚では到底足りません。まさか私に減免交渉をしろと?」


「減免も猶予も求めない。納期も税額も、本家の要求は何一つ動かさない」


「……では、どうやって納めるおつもりで」


「ロバートさんの手元資金から、領都の伯爵邸へ立て替えて納入してほしい」


室内の空気が張り詰めた。

ロバートは腕を組み、鋭い視線を向けてきた。


「金貨五十枚の立て替えですか。いくら上等な魔石を見たとはいえ、商人にとって大金です。もし村が冬を越せなければ、丸損を被ることになる。なぜ私がそのような危険を冒さねばならんのですかな」


その問いに、隣のシェリーが真剣な面持ちで口を開いた。


「ロバートさん、お願いです。期日通りに納まらなければ、村は取り潰されてみんな奴隷に売られてしまいます。確実に届けるには、領都で直接動ける商人の方の力が必要なんです」


シェリーの言葉を受け、俺は指を立てた。


「理由は二つある。一つは、手付と手数料だ。換金残額のうち、金貨二枚を五十枚の手付として納入分に充ててくれ。残る銀貨四十枚は、ロバートさんの立て替え手数料だ。立て替えてもらう残債の金貨四十八枚には、商人としての正当な利息を上乗せして構わない」


続けて二本目の指を立てる。


「もう一つは、これからの取引だ。外縁には土塁と石垣を築き、水路を引いて新農地も拓いた。秋が深まれば冬越えを狙う魔獣が南下してくる。大鬼を倒した俺たちは、防壁で迎え撃って討伐する」


「魔獣の討伐、ですか」


「魔石や毛皮、肉が手に入る。南の畑からは作物も採れる。それらを優先してロバートさんに卸そう。立て替えの残債は、秋の終わりに手に入る討伐魔石と収穫物で清算する」


ロバートは窓の外へ目を向けた。

西境界の防壁と、煙を上げる燻製小屋を静かに見つめている。

髭をさするその指先が、小さく止まった。


「……なるほど。単なる泣きつきなら断るところでした。ですが、あの防壁と魔石、そして村の動きを見れば、掛け金に見合う利はある」


ロバートは上着の内ポケットから契約書と羽ペンを取り出した。


「手付の金貨二枚と手数料の銀貨四十枚を受け取り、私が秋の終わりの納期までに本家へ金貨五十枚を立て替えて納入する。残債は金貨四十八枚に年利二割。清算期日はその一月後、支払いは魔石と特産品を優先とする。これで証書を作りましょう」


ロバートが素早く羽ペンを走らせ、二枚の証書を書き上げた。

俺とロバートが署名し、シェリーが立ち会い人として名を添える。

乾いた証書の一枚を懐に収め、ロバートが小さく頷いた。


「商談成立です。領都へ戻り次第、伯爵邸で納入の手続きに入りましょう」


小屋を出ると、広場で荷降ろしが始まった。

ダンたち自警団の若者が、岩塩の樽や穀物の麻袋を食料庫へ運び込んでいく。

シェリーは冬根菜の種袋を大事そうに抱え込んだ。


「クラウス、しっかり乾燥した良い種だよ。今すぐ蒔けば、初雪の前に収穫できるよ」


「水路も通っている。すぐに取りかかれるな」


荷台の奥から、頑丈な麻布で包まれた長方形の塊が降ろされた。

ドシン、と重い金属音が地面を揺らす。


「おい、そいつは……!」


鍛冶場の方角から、地鳴りのような足音が響いてきた。

煤けた革エプロンを揺らし、大股で走ってきたのはボルドだった。

太い腕に炭の粉をつけたまま、麻布の包みへ駆け寄る。

荒い息を吐きながら、結び目を引き解いた。


中から現れたのは、黒光りする金属の延べ棒だった。

長さ四十センチ、厚み十センチほどの鉄の塊。

ずっしりとした威容を誇る、正真正銘の鉄地金だ。

それが五塊、整然と並んでいた。


「……鉄じゃ」


ボルドのだみ声が震えていた。

膝をつき、丸太のような太い両腕でインゴットの一塊を抱え上げる。

その重みに太い腕がぐっと沈んだ。


「本物の地金じゃ……! クズ鉄じゃねえ、叩けばいくらでも延びる上等の鉄塊じゃぞ……!」


ボルドの目が歓喜で見開かれていた。

豊かな白髭を震わせ、抱き上げた鉄の塊を食い入るように見つめている。

冷たい秋風が吹き抜ける広場で、黒光りする地金が朝の光を鈍く照り返していた。


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