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厄介払いされた寒村で幼馴染と武器庫を育てたら、手柄を狙う本家が手出しできない近代要塞都市になっていた  作者: わわわ


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第11話 泥まみれの刃と巨躯の崩壊

月明かりの下、大鬼の巨大な腕が天高く跳ね上がっていた。

大木を削り出した丸太棍棒が、冷たい夜空を背負って頂点に達する。

その直下で、シェリーが泥の上に覆いかぶさり、小さな子供を背中で庇っていた。

逃げ場のない位置だった。


広場の端で、俺の脳裏にシェリーと交わした約束が一拍よぎった。

無茶をしない。怪我なく戻る。

そう約束したばかりだった。

だが、あそこで二人が丸太で叩き潰されるのを、指をくわえて見ていることなどできない。

約束を破る叱責なら、後でいくらでも受ける。


俺は迷わず泥土を蹴った。

畑を抜けてきた大鬼は、一撃を叩き込むために足を止めていた。

両脚を踏ん張り、丸太棍棒を頭上へ振りかぶる。

その隙に、俺は一気に間合いを詰めた。


走り込みながら、意識を内なる空間へ沈める。

手元を強く意識し、木棚の冷たい感触を手繰り寄せた。

手のひらに現れたのは、刃渡り三十センチほどのナタだ。

赤茶色に錆びつき、刃には無数の細かな欠けがある。

擦り切れかけた革紐を、指が千切れるほどの力で握り直した。


大鬼の腕が唸りを上げた。

空気を引き裂く重い風切り音とともに、丸太棍棒が容赦なく頭上から振り下ろされる。

大人の胴回りほどもある太い木塊だ。

正面から受け止めれば、ナタごと腕がへし折られ、粉々に粉砕される。


俺はシェリーの直前へ滑り込んだ。

泥を滑りながら半身を開き、姿勢を極限まで低く落とす。

前世で叩き込まれた構造計算の感覚が、落下の直線軌道を捉えていた。

狙うのは受け止めではない。軌道の変更だ。


振り下ろされる棍棒の外側、その側面にナタの刀身を斜めに添えた。

力で押し返すのではない。

高速で落下する丸太の打撃軸に、ほんの数度の傾斜を与えるだけだ。


キィン、と鈍い擦過音が響いた。

丸太の側面をナタの鋼が滑り、外側へと打撃の角度が流れる。

大鬼の怪力と自重が、自らの軌道を狂わせた。


ドガアアアン!


凄まじい轟音が炸裂した。

シェリーのわずか数寸横、踏み固められた土が爆発したように弾け飛ぶ。

泥と小石が散弾のように四方へ撒き散らされた。

俺は左腕で顔を庇いながら、泥水の中を転がって態勢を立て直した。


「シェリー! 子供を連れて集会所へ走れ!」


泥を吐き出しながら、腹の底から叫んだ。

シェリーが顔を上げた。

泥にまみれたヘーゼル色の瞳が激しく揺れている。

その視線が、目の前に立つ俺の背中と、腕の中の子供の間を激しく往復した。

シェリーは唇を血がにじむほど強く噛み締めた。

子供を胸に強く抱き直すと、立ち上がりざまに叫んだ。


「絶対に生きて、クラウス!」


涙を拭うこともせず、シェリーが集会所の木戸へ向かって駆け出した。

背中を見送る余裕はない。


グルオオオオオオオッ!


大鬼が怒りに任せて咆哮を上げた。

全力で叩きつけた丸太棍棒は、土の奥深くまでめり込んでいる。

獲物を仕留め損ねた大鬼は、血走った黄色い目を剥き、力任せに棍棒を引き抜こうと腕を引いた。

引き抜く反動で、上半身が大きく前のめりに傾く。

体勢が崩れていた。


正面から間合いを詰めるのは無謀だ。

俺は泥土を蹴り、軸足となっている右脚の膝裏へ低く潜り込んだ。


大鬼はめり込んだ棍棒を引き抜こうと、さらに右脚へ全体重をかけて踏ん張った。

太いふくらはぎと太ももをつなぐ腱が、弦のようにピンと張り詰める。

その瞬間を見逃さず、俺は錆びたナタを両手で構えた。


刃を力任せに振るう必要はない。

張り詰めた腱の真後ろへ、ナタの欠けた刃を直角にあてがい、全身の筋肉を固めて固定した。


大鬼が棍棒を引っこ抜こうと、さらに強く大地を踏み抜いた。

巨躯が生み出す凄まじい張力が、自らの腱をナタの刃へと叩きつける。


ブツンッ!


鈍く重い断裂音が響いた。

大鬼自身の怪力によって、太い腱が内側から弾け飛ぶ。


「ガアアアッ!?」


苦悶の絶叫が夜空を裂いた。

支えを失った右脚がぐにゃりと折れ曲がる。

大鬼の巨体がバランスを失い、右膝が地面へと激しく叩きつけられた。

ドシン、と地響きが起き、大鬼の腰が大きく落ちる。


だが、化け物は倒れなかった。

棍棒から右手を離すと、丸太のような左腕を乱暴に横へ薙ぎ払ってきた。

空気を裂く豪腕が、俺の頭上をかすめていく。


俺は泥の中を転がって間合いを詰めた。

腕を振り抜いた大鬼の懐、その足元へ滑り込む。

片膝を突いた大鬼は、激痛と怒りから、前のめりに倒れ込むようにして俺を圧殺しようと身を乗り出してきた。

巨体の全重量が、重力に従って前下方へと落ちてくる。


俺は立ち上がらなかった。

泥土に背中を預けたまま、両手でナタの柄を握り締める。

柄尻を胸の前で固く固定し、上に向けて刃先を垂直に突き上げた。

狙うのは、顎の下、剥き出しになった太い喉元だ。


落ちてくる巨躯の落下速度と、質量そのものを利用する。

大鬼の喉元が、突き立てられたナタの切っ先へと激突した。


ズブブッ!


肉を断ち割る鈍い感触が、腕を通じて骨の髄まで響いた。

相手自身の体重が、ナタの刃を喉の奥深くへと押し込んでいく。

赤茶けた刀身が首の奥まで完全に埋没した。

倒れ込む巨体の重みが、突き刺さった刃を斜めに引き裂いていく。


ブシャアアアッ!


破裂した太い頸動脈から、熱い返り血が奔流となって噴き出した。

視界が赤黒い血煙で染まる。


俺はナタの柄から手を離し、泥の上を猛烈な勢いで横へ転がった。

直後、頭上から巨大な質量が降ってきた。


ドズオオオオオン!


大地を揺るがす凄まじい衝撃音が広場に轟いた。

大鬼の巨体が、頭から泥土の中へと叩きつけられた。

跳ね上がった泥と土煙が、夜の冷気の中へ高く舞い上がる。


俺は泥まみれになりながら身を起こし、荒い息を吐いた。

全身が返り血で濡れ、生臭い熱気が肌にまとわりついている。

ナタは大鬼の首筋深くに突き刺さったままだ。


大鬼は泥の中で手足を痙攣させていた。

喉から泡混じりの音を漏らし、濁った黄色い目を虚ろに天へ向けている。

やがて、その太い四肢から完全に力が抜けた。

首から流れ出た赤黒い血が、足元の泥土へと黒々と染み込んでいく。

二度と動くことはなかった。


広場から一切の物音が消え去った。

冷たい北風が吹き抜け、舞い上がった土煙をゆっくりと晴らしていく。


息を整えながら、俺はゆっくりと立ち上がった。

集会所の木戸の前には、子供を抱きかかえたシェリーが立ち尽くしていた。

開いた木戸の隙間から、村人たちが顔を覗かせている。

誰もが言葉を失い、泥の中に横たわる大鬼の死骸と、血まみれで立つ俺を見つめていた。


西の境界からは、まだ樹海狼の遠吠えが風に乗ってかすかに届いていた。

泥の上に倒れた巨躯からは、もはや何の気配も立ち上ってこない。

広場には、俺の荒い呼吸の音だけが響いていた。


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