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冒険者の袋から、雲みたいな芋が出てきた

 その袋は、床へ置いても、口だけが天井を向いていた。


「生き物なら外へ」


 ルチアが言った。


「生きてはいない」


 袋を担いできた大男が答えた。


「さっきまで生きていた物?」


「芋だ」


「最初からそう言って」


 昼鐘を少し過ぎた《麦と灯》には、ガランが入口席で照り焼きを食べ、ニアが窓際で細長い朝飯を昼にも食べていた。


 そこへ三人組が青い泥を落としながら入ってきた。


 先頭の大男は、背中に幅広の剣。赤毛を短く刈り、革鎧の留め具が二つ外れている。後ろには、灰色の外套を着た細身の女と、杖を抱えた眼鏡の青年。三人とも、膝まである長靴だけが鮮やかな青だった。


「青靴隊」


 ニアが口いっぱいのまま言う。


「その呼び方、町まで広がってるのか」


 眼鏡の青年が顔をしかめる。


「靴を揃えたのはレンでしょう」と細身の女。


「隊列を見分けやすくするためだ。名前にされるとは思わなかった」


「覚えやすくていいじゃないか」


 大男は気に入っているらしい。


 袋を卓へ置いた。口をほどく。


 白い塊が、三つ転がり出た。


 形は、凹凸の少ない丸いじゃが芋に近い。けれど一個が子どもの頭ほどもあり、皮は土色ではなく、乾いた乳白色だった。紙のように薄い皮を、渦巻く浅い筋が幾重にも走っている。


 アキラは両手で持ち上げるつもりだったが、片手で足りた。同じ大きさの南瓜なら手首へ重みがかかるはずなのに、これは大きな林檎ほどの重さしかない。指で押すと、外側はじゃが芋のように硬く、その奥だけがわずかに沈んだ。


「雲芋だ」


 大男が胸を張った。


「芋なのに、掘った跡がありません」


 アキラが薄皮を撫でると、土ではなく、指ほどの太さの緑の蔓が触れた。切り口はまだ湿り、青い草の匂いがする。


「掘らない」と細身の女。「森の岩柱に空中蔓が渡っていて、その先に実る。高いものは地面から十歩。熟すと蔓が細くなって、風の弱い朝に落ちてくる」


「落ちたら潰れませんか」


「見た目より軽いから、二度か三度、枝で跳ねる。下で袋を広げて受けるの」


「俺は剣で蔓を切った」と大男。


「袋を持っていた私の頭へ三つとも落ちました」


「受け止めたなら成功だ」


「だから次は、あなたが下に立って」


 袋の青い泥は、森の地面ではなく、空中蔓を支える岩柱を登った靴から落ちたものだった。アキラは乳白色の芋を持ち直す。厨房の天井より高い枝の間で、子どもの頭ほどの実が蔓から垂れ、朝風にゆっくり揺れている。掘り出す芋ではなく、木の実のように空から採る芋なのだ。


「報酬にする。三つで、四人分食わせてくれ」


「あなたたちは三人でしょう」


 ルチアが訊く。


「俺が二人分だ」


 ガランが照り焼きの骨から顔を上げた。


「その腹で二人分を名乗るな」


「何だ、角の人」


「少なくとも三人分だ」


「張り合うところ、そこ?」とニア。


 アキラは雲芋を手に取った。


 視界に青と黄の輪が浮かぶ。黄の輪は外側が細く、中心だけ厚い。熱が芯へ届くまで時間がかかる食材らしい。


 だが、安全かどうかは見えない。


「これは、皆さんの土地では普通に食べる物ですか」


「森の縁で野営するときに食う」と大男。


「生では?」


「舌が痺れる」と細身の女。


「食べたんですか」


「ボルクが」


 大男――ボルクが口を結んだ。


「少し齧っただけだ」


「三刻、ろれつが回らなかった」と眼鏡のレン。


「静かな夕食になりました」


 細身の女は、少し懐かしそうに言った。


「シア。お前まで」


「事実でしょう」


 アキラは芋を調理台へ戻した。


「生では出せません。下処理を知っている人は」


 シアが手を上げた。


 「皮ごと蒸す。生のまま切ると、乳みたいな白い汁が出る。その汁が舌や手の傷につくと痺れるから、先に刃を入れない。蒸して、皮の筋が灰色から白に変われば食べられる。森番に教わりました」


「食べたことは?」


「何度も。味が薄いから、塩を振るだけです」


「それなら、まず一つだけ。教わった通りに蒸します」


 ボルクが不満そうに眉を上げた。


「料理人の力で、安全か分からないのか」


「食べ頃は見えます。でも毒は分かりません」


「不便だな」


「腹が減っているかも分かりません」


「それは見れば分かるだろう」


「あなたは特に」とルチア。


 蒸し鍋へ水を張る。


 シアに確認しながら、雲芋を皮ごと洗った。表面のくぼみに青い土が残る。細い刷毛で落とすと、皮の下から白い筋がはっきり見えた。


 蒸気の上へ一つ置き、蓋をする。


「残り二つは?」とレン。


「最初の一つを皆さんが食べて、問題がなければ」


「腹は待ってくれないぞ」とボルク。


「では、待つあいだにこれを食べて」


 ルチアが黒パンの飴色スープを三つ、卓へ置いた。


「待つあいだの分。銅貨は別」


「芋三つで四人分では?」


「芋で倒れた客からは勘定を取れない。安全が分かるまで芋の値はゼロ。スープは一杯一枚」


「細かいな」


「食べられない物を報酬にされるよりは大らかよ」


 三人は銅貨を出した。


 ボルクは文句を言いながら、スープへ沈んだ黒パンを最初に食べ終えた。


 蒸し鍋から、甘い匂いが漏れ始める。


 生の雲芋には青い蔓の匂いしかなかった。それが熱を含むにつれ、茹でたじゃが芋より甘く、蒸した栗に近い香りへ変わっていく。そこへ焼きたての麦を割ったような匂いも混ざった。蓋の縁で蒸気が水滴になり、一定の速さで落ちた。


 皮の筋は、シアの言った通り、灰色から乳白色へ変わっていく。


 黄の輪が芯へ近づいた。


「もういいです」とシア。


「あと少し」


「筋は白い」


「中心がまだ硬いです」


「見えるのか」


「食べ頃だけは」


 蓋を戻し、さらに短く蒸す。


 黄の輪が一つへ重なったところで、火から外した。


 布で包み、皮へ浅く十字を入れる。


 刃を入れた場所から、ふわりと白い湯気が立った。中はじゃが芋より白く、玉葱のような薄い層が中心を囲んでいる。ただし水っぽさはなく、外側は蒸した栗のようにほろりと崩れた。


 花の蜜を練り込んだ、淡い黄色のバターを落とす。普通のバターより甘い香りが強い、この町の菓子用のバターだ。


 熱で黄色い塊が溶け、層の間へ細い筋となって入っていく。皮ごと鉄板へ載せ、割った面だけを焼いた。


 じゅう、とバターが鳴る。


 白かった表面に薄い焼き色がつき、栗と麦の香りへ乳の甘さが加わった。


「塩を」とアキラ。


 ルチアが塩壺を渡す。


 仕上げに指先で散らした。


 だが、塩の粒は溶けず、表面を滑って皿の底へ落ちた。


「軽いからな」とボルク。


「塩まで乗らないんですか」


「雲芋は何でも落とす。たれも外へ流れる」


 シアが匙で一口すくう。


 外側はほろりと崩れた。中心へ近づくと、匙が少し伸びる。餅のような粘りがあり、層同士がつながっている。


「塩がなくても甘い」とレン。


「でも、二口目には足りない」


 シアは正直だった。


 アキラも端を味見する。


 最初は花蜜バター。噛むと栗のような粉質がほどけ、最後に中心の粘りが舌へ残る。そこへ塩気が来れば、もう一口が軽くなる。


 表面へ振るだけでは駄目だ。


「切れ目を増やします」


「細かく切るのか」とボルク。


「形は残します」


 残る二つを蒸し始める。


 最初の芋の焼き面へ、包丁で格子状に浅い切れ目を入れた。中心までは届かせない。味噌と醤油の間のような塩気を持つ豆蜜を軽く焦がし、蒸し汁を少し混ぜてから細い刷毛で塗る。


 たれは表面を滑ったが、格子の溝へ落ちた。


 もう一度、鉄板へ。


 溝の中で豆蜜が泡立ち、縁だけ黒く焦げる。火を止めてから塩を一つまみ。たれの水分へ吸いつき、今度は落ちなかった。


 格子を入れ直した最初の一個を四つに割り、試食へ出す。


 ボルクが一番大きな一片を取った。


 皮ごと噛む。


 焼けた格子が先に切れ、そのあと白い芋が潰れた。花蜜バターの甘さの奥から、焦がし豆の塩気が細い線になって出る。粘る中心にも溝からたれが届いていた。


 ボルクは残り三片を見た。


 シアが一つ、レンが一つ取る。


 最後の一つへ、ボルクの手が伸びた。


「それは料理人の分でしょう」とシア。


「安全確認だ」


「さっき一番大きいのを確認した」


「大きさで危険が違うかもしれん」


「今、不便な能力を信用しなかったでしょう」


 ボルクは聞こえないふりをして食べた。


 残り二つが蒸し上がる。


 同じように格子を入れ、花蜜バターと焦がし豆だれを染み込ませた。一つは三人の皿へ。もう一つは、ガランとニアの卓へ試食で置く。


 ボルクが三人皿を自分の前へ引き寄せた。


 シアが皿の縁を押さえる。


「三つに分けます」


「俺は一人半だ」


「さっきは二人分だったでしょう」


「芋を一個半食ったから、今は一人半でいい」


「減らしたつもりなのが腹立たしいですね」とレン。


 シアは格子の数を見て、包丁を入れた。大きさの違う三片になった。最も大きい一片をボルクへ、焼き目の濃い端をレンへ、中心の粘りが多いところを自分へ取る。


「ずいぶん慣れていますね」とアキラ。


「橋が落ちて、三日帰れなかったことがあるの」


 シアは自分の一片をさらに半分にした。


「最後に残ったのが、干し肉一枚と黒パン一個。ボルクが肉を三等分しようとして、二つに割った」


「剣が悪かった」


「パンは四つになりました」とレン。「計算に弱い人が刃物を持つと、食事が増えたり減ったりします」


「腹には全部入った」


「三人の腹へね」


 シアが言うと、ボルクは反論せず、渡された一片を口へ入れた。


 三人は同じ速さでは食べなかった。それでも最後の一口だけは、なぜかほとんど同時になくなった。


「肉はないのか」


 ガランが訊いた。


「今日は芋です」


「そうか」


 残念そうに言いながら、一口で四分の一を食べた。


 ニアは香葉で包み、片手で持てるか試している。


 青靴隊の卓を見ると、三つ目の雲芋まで皮しか残っていなかった。


 ボルクが自分の腹を叩く。


「肉がないのに、食った気がする」


「三つのうち、あなたが一つ半食べたからです」とレン。


「次は肉を持ってこい」とガラン。


「森に肉がなければ、茸ならある」


 ボルクは立ち上がり、青い長靴の泥を払った。


「次は香りの強いやつを採ってくる。これより腹にたまる料理にしてみろ」


「茸で?」


「不便な力の見せどころだな」


 挑発するように笑い、三人は店を出た。


 卓には雲芋の皮と、森の青い泥が残った。


「雲芋が実っているところを、見に行ってもいいですか」


 アキラは閉まりかけた扉へ言った。


 シアが青い長靴の先を止める。


「食べ物を採りに来るなら。袋だけ受け取る料理人には、道を教えない」


「行きます」


 前の店では、産地の名を地図へ書き足しても、一度も訪ねられなかった。いまは森から来た青い泥が、床の板目に入り込んでいる。アキラは布を取り、水で拭き取る前に、泥の色をもう一度見た。


 ルチアは泥を指でなぞり、帳面の仕入れ欄へ新しい行を作る。


「食材を代金にするなら、次から重さを量る」


「また来る前提ですね」


「来なかったら、泥掃除代を請求できないでしょう」


 ニアが窓際から振り向いた。


「請求書、空から届けようか」


「まず自分のを払いなさい」


 ボルクは扉の外へ出てから、一人だけ戻ってきた。


「料理人。茸は何色がうまい」


「色だけで選ばないでください」


「では、大きいの」


「大きさだけでも選ばないでください。森番に、食べられる物を聞いてください」


「注文が多いな」


 シアが外から、ボルクの外套を引いた。


「命が減らない注文です」


 今度こそ三人分の青い長靴が遠ざかる。歩幅はばらばらなのに、角を曲がるときだけ三足が横へ並んだ。


 床には三人分の青い泥と、空になった大袋が残っている。


 アキラは袋の口を持ち上げた。雲芋三個より軽かった布から、栗と焼き麦に似た湯気の匂いが、まだかすかにした。


「次は茸ですか」とルチア。


「その前に、森番の説明です」


「説明を先に聞くなら、次も鍋を貸せる」


「雲芋の生を齧った人を見ましたから」


 店の外から、ボルクの声が飛んできた。


「少しだ!」


 聞こえていたらしい。


 ルチアは笑いをこらえながら、仕入れ欄へ《雲芋・三個》と書いた。その横へ値段を書こうとして、筆を止める。


「次から量って決める。食べる前に」


「ボルクさんが食べる前に?」


「あなたが料理する前に」


 アキラは空の袋を畳んだ。仕入れ棚へは入れず、表の扉にいちばん近い鉤へ掛ける。次に青い長靴が来た時、忘れず持って森へ返すために。

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