三日分の豚カツサンドを、初日に食べるな
「三日ぶん、腹にたまって、歩きながら食える肉」
青靴隊のボルクは、注文というより願いを厨房へ置いた。
明朝から三日、黄金平原へ続く旧道の橋を調べるらしい。崩れかけた橋があるという噂のせいで、荷馬車が遠回りを始めている。
「肉なら何でもいい」とボルク。
「三日目まで傷まないもの」と斥候のシア。
「三日目まで楽しみなもの」と術師のレン。
「最後の条件だけ、急に難しくなったな」
ボルクが求めたのは、三日後まで腹にたまる肉だった。だがアキラは、揚げた豚カツを三日そのまま持たせる気はなかった。油と水分を抱えた肉を、暑い道で何日も食べるのは危ない。
「毎日、同じ物を食べるなら、どう包めばいい?」
シアは橋の地図を広げた。井戸のある場所、野営する森の縁、川を越える前の空き地。レンは保存術式を使えるが、二日が限界だという。
アキラは検査印のある栗豚の肩を三つに分けた。
一日目の肉は厚切り。包丁の背で筋を断り、塩は衣をつける直前に振る。光麦粉、溶いた月卵、細かくした黒パン粉。衣を押し潰さず、表面へ軽く立たせる。
熱い油へ滑らせると、鍋底から細かな泡が駆け上がった。黒パン粉の焦げる香りへ、栗に似た豚脂の甘い匂いが混じる。《旬眼》の黄輪が細くなったところで網へ上げ、切らずに休ませた。試しの一枚だけ中央を開く。赤みはなく、澄んだ肉汁が切り口へにじんだ。
二日目の肉は一段薄くした。衣をつけず、表面だけを強い火で焼く。鍋へ蓋をして中心まで熱を通し、清潔な網の上で湯気が消えるまで冷ます。熱いまま包めば、袋の内側に水滴がつく。香葉で肉を包み、焼いた黒パン粉の薄板を別袋へ入れた。食べる直前に重ねれば、揚げたてと同じではなくても、衣の音は戻せる。
三日目には生肉を使わなかった。保存印のある干し栗豚を細く裂き、沸かした湯で一度戻す。水気を飛ばしてから、煮詰めた蜜玉葱を薄く絡め、もう一度鍋で乾かした。脂の塊を残さず、指で押しても汁が出ないところまで火を入れる。
パンも日ごとに変える。一日目は柔らかい光麦パン。二日目は表面を焼いた黒パン。三日目は薄切り黒パンを二度焼きし、水分を飛ばした。青酸果は丸ごと持たせ、酸玉葱は小壺へ。三日目まで同じ形のサンドを残すのではなく、肉、パン、酸味を食べる日に組み立てる。
レンの冷却箱は、冷却石を朝夕に術式で戻せば二日目まで低温を保てる。箱を開ける時刻、石を冷やした時刻、肉を捨てる匂いとぬめりを札へ書いた。三日目は冷却に頼らない干し肉と乾いたパンだけを、別の布袋へ分ける。
「面倒だ」とボルク。
「三日目に腹を壊すよりは」
「道で料理しろってことか」
「火を起こせるなら、パンだけ温めてください。無理なら、冷たいままでも食べられる味にします」
最初のサンドは店で作った。光麦パンへ蜜玉葱を薄く塗り、揚げた豚カツを載せる。冬葉を一枚、青酸果を一滴。噛むと衣がざくりと割れ、栗豚の甘い脂がパンへ染みる。最後に酸味が舌を軽くした。
ボルクは二口で食べ終え、三日分の袋へ手を伸ばした。
「初日のをもう一つ」
「三日分です」とルチア。
「初日を二つ食べれば、荷が軽くなる」
「三日目が重くなります」
シアが袋を抱えて逃げ、レンが術式紐を結んだ。ボルクは追いかけたが、店内では走れない。ガランが入口席から足を出し、さらに止める。
「三日ぶんと言ったなら、三日で食え」
「お前に言われたくない」
出発の朝、アキラは袋の中身を一つずつ説明した。一日目は揚げたての豚カツサンド。二日目は冷ました豚肉と香葉、パンを火で温め、衣板を挟む。三日目は干し肉と蜜玉葱を黒パンへ載せる。匂い、ぬめり、袋の膨らみがあれば食べないことも、シアへ確認した。
「料理人がそこまで言う?」とレン。
「店で出さない時間の方が長い料理ですから」
三人が帰った二日後、ニアが橋の上から落としそうになった小袋を届けた。青靴隊からの手紙と、空になった初日の包み。
――二日目は火を起こせず、冷たい肉を食べた。酸味を絞ったら、思ったよりうまかった。三日目のはまだ食べていない。ボルクが食べようとしたら止めた。
手紙の裏には、食べた場所までシアの細い字で書かれていた。
一日目。橋の手前、崩れた石像の陰。揚げた衣は朝ほど鳴らなかったが、噛めばまだ小さく割れた。ボルクは自分の半分を先に食べ、レンの包みを「中身が同じか確かめる」と開けようとして、指を術式紐にはじかれた。
二日目。風が強く、火を起こせる窪地まで戻れなかった。三人は濡れた外套のまま岩陰へ座り、冷たい焼き豚と黒パンを重ねた。衣板を挟むと、ざく、ではなく、こり、と鳴った。シアが青酸果を多めに絞る。冷えた脂の重さが消え、歩き出す前に水を飲みすぎずに済んだ。
その夜、橋脚の根元へ潜ったレンが、石のずれを測った。ボルクとシアは綱を引く。食べた袋は、濡らしてはいけない測量札を包む紙になった。
手紙が届いた翌々日、三人は本当に戻ってきた。橋の地図には、危ない板と、井戸の位置、新しく渡れる道が書かれている。ボルクは店の扉を開けるなり、空の袋を掲げた。
「三日目が一番うまかった」
「冷たいまま?」
「火で温めた。肉を裂いたら、たれがよく入った」
シアは地図を広げ、レンは空の小壺を返す。誰も腹を壊していない。
地図と三枚目の空袋を照らし合わせて、手紙のあとが分かった。
三日目。北の浅瀬を渡り切り、ようやく小さな火を使えた。干し栗豚と蜜玉葱を鍋で温めると、甘い匂いが戻った。二度焼き黒パンは硬い。だが肉の汁を吸わせると、歯で割れるところまで柔らかくなった。
地図には、三人が見つけた井戸、崩れた板、火を使える窪地の印が増えている。紙の隅には酸果の黄色い染みが一つ、焦げ麦の粉が二粒。食べた時刻の横へ道の状態を書いた跡だった。
ルチアは三日目の欄へ大きく丸をつけた。
「次は四日ぶん頼む」とボルク。
「先に道を直せ」
アキラが言うと、三人は声をそろえた。
「だから食べに戻ったんだよ」
空箱は、料理より重い地図を連れて帰った。けれどアキラが先に見たのは、三日分の袋が一つも残さず空になっていることだった。
喜ぶ前に、ルチアが空袋を一枚ずつ嗅いだ。
「三日目の袋、酸玉葱の匂いが弱い」
「食べたなら問題ないだろ」とボルク。
「三日目まで安全に、同じ味で食べられたかが問題です」
青靴隊は互いの顔を見た。三日目の袋を開けたのは、橋を渡り終えた昼だという。パンの外は乾いていた。衣は初日の音を失っていた。肉は冷たくても硬くなりすぎず、酸玉葱のソースだけがパンへ吸われて味が薄く感じたらしい。
「だから、火香辛料を足した」とボルク。
「私の青酸果も」とシア。
「僕は花蜜を」とレン。
「三日目に青靴だれを作ったのか」とアキラ。
「野営で割合を測れると思う?」
思わない。だから味は毎回違ったはずだ。それでも三人が同じ袋を分け、同じ道を戻った証拠でもある。
シアは三日目の袋を、裏返して卓へ置いた。角に、見覚えのない小さな指の油染みがある。
「三日目は、三人だけで食べていません」
橋の北側に、板を運んでいた家族がいたという。父親と母親は浅瀬へ入り、十歳ほどの子どもが岸で縄と道具を守っていた。昼を過ぎても、家族の鍋は空のままだった。
「一包みを四つに切った」とレン。「干し肉は裂けましたが、二度焼きパンはボルクが剣で割りました」
「今度は四つになった」とボルク。
「三等分より上手でした」とシア。
四分の一になった三日目のパンは、そのままでは硬かった。橋脇の小鍋で干し肉を温め、その汁へパンの切り口だけを浸した。外側には乾いた歯触りが残り、内側だけが甘辛い汁を吸った。
酸玉葱は袋へ染みて弱くなっていた。ボルクは火香辛料、シアは青酸果、レンは花蜜を少しずつ足す。子どもはどれも選ばず、蜜玉葱のついた干し肉から食べた。
「同じ味ではなかったですね」とアキラ。
「四人とも違った」とシア。「でも、三日目の包みがなければ、あの子は家族の鍋まで何も食べなかった」
ボルクの言う「一番うまかった」は、料理人が包んだ時の味だけではなかった。
子どもは食べ終えると、地図へ北の浅瀬を描いた。大人の腰まで水が来る場所と、子どもの膝で渡れる細い道は違う。丸印の横には、小さな足跡が三つ並んでいる。
「料理を食べる場所まで書いた」とシア。
「腹が減った時には一番役立つ地図だ」とボルク。
ルチアは地図を厨房の壁へ広げた。橋脚の沈み、井戸、火を使える窪地、浅瀬。食事の時刻が、三日ぶんの道順になっている。
「次は四日ぶん頼む」とボルク。
「橋の調査は三日だったでしょう」とアキラ。
「四人目の分だ」
ルチアが先に値を言った。
「別料金。同じ大きさ。道の先に子どもがいるとは限らないから、小さくもしない」
「余ったら俺が食う」
「余る前に、自分の初日分を守って」
シアが空袋をまとめる。一日目の袋には衣の粉。二日目には青酸果の染み。三日目には四人の指跡が残っていた。
アキラは新しい注文札へ、三日分の下に一行だけ足した。
――道の先の一人分。体格は当日まで不明。
名前の欄は空けた。子どもとも、橋の家族とも書かなかった。
「四つ目を、今から味見していいか」とボルク。
「まだ作っていません」
「なら初日のを」
「それも次の出発朝です」
ボルクは空になった三つの袋を順に覗き、何も残っていないことをもう一度確かめた。
「三日ぶん、ちゃんと三日で食べたぞ」
「四人でね」とシア。
レンが地図をたたむ。折り目の内側から、焦げた黒パンの粉が一粒、卓へ落ちた。ボルクの指が伸びるより先に、ルチアが布で拭き取った。




