朝市の鉄板で、百個の卵包み
朝市で百食売るには、店の一人前は大きすぎた。
「食べれば分かります」
アキラは試作品をルチアへ渡した。
大粒の黄金平原光麦を肉味噌と炒め、薄焼き月卵で包んだもの。屋根から落ちてきたニアへ作った朝飯を、働く人向けに一回り大きくした。
ルチアは半分食べ、残りを皿へ置いた。
「朝の荷下ろし前に、これ全部?」
「腹持ちはします」
「腹が働く前に、体が止まる」
ピコも一個を両手で持っている。
「銅貨二枚なら買わない。一枚なら大きすぎる」
「値段と大きさが逆では?」
「一枚で、食べながら歩けて、昼前にもう一個買える方がいい」
朝市の客は、食堂の椅子へ座る客ではない。
百個の材料は用意してある。月卵、肉味噌、黄金平原の大粒光麦。だが大きいまま百個作れば、時間も卵も足りない。
アキラは試作を半分にした。
拳より少し小さく、平たい三角。薄焼き卵を一枚で二個包む。下半分へ香葉を巻けば、片手で持てる。
「今度は小さい」とガラン。
「朝市の客用です」
「俺も朝市の客だ」
「二個買ってください」とルチア。
旧東門朝市の鉄板を借りた。
アキラが光麦と肉味噌を炒め、ルチアが会計、ピコが三角へ押し固める。ニアは焼けた分を、門から遠い荷車列へ運ぶ。ベルンとサラは香葉を切った。
月卵を鉄板へ薄く流す。
縁が乾いたら長いへらを差し、一枚を半分へ切る。三角の麦飯を載せ、二辺を折る。完全に閉じず、上から肉味噌の焦げが少し見えるようにした。
朝鐘前、最初の十個が並ぶ。
だが、ルチアは売り台を覆った布をまだ外さなかった。
「焼けたのに?」とピコ。
「十個とも、同じ重さ?」
ピコは答えず、木板の上を見た。最初の三角だけ、ほかより角が丸い。手で押し固めるうち、匙へ取る量が少しずつ増えていた。
ルチアが秤へ載せる。一個目と十個目では、大粒光麦の匙半分近い差があった。
「銅貨一枚で大きさが違えば、後から来た客ほど得になります」とアキラ。
「僕の手が慣れたから大きくなった」
「なら、慣れた手で最初の大きさへ戻して」
売り物にしない一個を割り、基準にする。中へ入る肉味噌は木匙一杯。光麦はその二倍。春豆は二粒まで。三角の厚い部分でも、ピコの親指の幅を越えさせない。
形を揃え直している間にも、荷車が二台通り過ぎた。アキラは布の向こうを見た。
「先に売り始めて、次から直せば」
「百個目だけ正しくても、最初の客は戻らない」とルチア。
急ぐ朝市で十個を待たせるのは怖い。それでも、急ぐ客へ不揃いを渡してよい理由にはならなかった。
ニアが荷車列から戻り、翼で風を遮る。朝市の鉄板は、店の竈より風を受けた。右端の卵だけ先に乾き、折ると角が裂ける。
「私、ずっとここに立つ?」
「百個ぶんは無理です」とアキラ。
ベルンが空の黒パン箱を横倒しにし、風上へ置いた。完全に塞げば炭が弱るので、鉄板との間は掌一枚ぶん開ける。炎は見えなくても、薄焼き卵の縁が乾く速さが中央へ近づいた。
「パン箱の場所代」とベルン。
「手伝い賃に入っています」とルチア。
「なら、パン屋の焼き印を客へ向けておく」
宣伝だけは自分で足した。
十個を作り直した時、朝鐘までまだ少しあった。今度はどの三角も同じ厚さで、香葉から出る長さも揃っている。
ルチアが布を外した。
百個と決めたのは、見栄のためではなかった。朝市の場所代を払い、卵と肉の仕入れを引き、手伝った三人へ銅貨を渡しても、店の朝飯を削らずに済む数をルチアが計算した。
「九十個なら、売れ残っても店で出せます」とアキラ。
「百個なら、売れたときに次の麦を買える」とルチア。
「売れなかったら」
「九十個分を店で出して、十個ぶんは私たちのまかない」
ピコは十個という数字を聞き、目を丸くした。
「失敗したら十個食べられる?」
「あなた一人ではない」
朝市の鉄板は、店の竈より風を受ける。アキラは前夜から光麦を炊き、冷ましておいた。熱いまま包めば卵が破れ、朝市で待っている間に湯気が逃げてべたつく。肉味噌は汁気を飛ばし、細かく刻んだ栗豚の端を混ぜる。食べながら歩く客に、たれが腕へ垂れないように。
月卵は一度に百枚焼けない。ニアが配達用の木板を運び、ピコが香葉を水で湿らせ、ルチアは銅貨と釣り銭を分ける。アキラは鉄板の端から卵を流し、一枚ずつ薄く広げた。
「大きすぎない?」とニア。
「昨日のより一回り小さいです」
「私の胃には二回り小さい」
「あなたは朝飯を二本食べる人でしょう」
最初の客は、夜番を終えたミミナだった。朝市の入口で、鎧の留め具を外しながら立ち止まる。
「城壁から、卵の匂いがする」
「一個、銅貨一枚です」とルチア。
ミミナは包みを受け取り、立ったまま一口かじった。香葉の下で光麦がまとまり、肉味噌の甘辛さが先に来る。大粒の麦は噛むほど甘いが、炊きたてより軽い。月卵は端だけ少し焼けて、香ばしい。
「夜番明けでも、一個食べられる」
「二個は?」とピコ。
「眠くなる」
アキラはまな板の端に残っていた麦を、卵包みへ足さずに戻した。二個目も、同じ重さで包んだ。
次に来たのは、魚籠を背負った女だった。銅貨を一枚握り、卵包みと向かいの揚げ菓子を見比べる。
「甘い方は、午後まで腹が鳴る」と彼女。
「これは昼まで持つ?」
「肉を少し多くしました」とアキラ。
女は一口食べ、もう一口を急がなかった。
「二個目を昼前に買えるなら、明日もここへ来る」
ハンナは空いた包みを捨てず、前掛けの紐へ挟んで去った。アキラはその後ろ姿を見てから、次の卵を鉄板へ流した。
昼へ近づくと、鉄板の前には短い列ができた。ニアが空へ飛び、上から「卵包み、あと二十!」と叫ぶ。ルチアはすぐに止めた。
「数を大声で言わない。急がせると、食べる前に買う客が出る」
「売れればいいんじゃないの?」
「食べて戻らなければ、明日の百個は重いだけ」
残り十個になったころ、ボルクが青靴のまま現れた。
「五個」
「一人二個まで」とルチア。
「なぜ」
「次に来る人が一個食べるため」
「俺は次に来ないのか」
「来るなら、明日も一個買える」
ボルクは不満そうに二個受け取り、片方をレンへ投げ、残りをシアへ渡した。自分の分がなくなったことに気づいてから、三人で笑った。
最後の一個は、朝の魚籠の女が買った。昼前に戻ると言った通り、空の包みを持って来た。
「二個目。明日も同じなら、荷揚げの仲間にも言う」
アキラは、最後の卵包みを渡す前に鉄板を見た。卵の端が一枚分だけ残っている。ピコがそれを集め、まかないの椀へ入れた。
「十個食べる話は?」
「売れたから、端だけです」
「失敗も食べてみたかった」
「明日は一個、焦がすかもしれません」
ルチアは帳面を閉じ、黄金平原の札へ完売の字を書いた。その横に、もっと小さく加える。
――二個目を買った客、一人。
百個目を渡したあと、鉄板には売り物にならない麦粒が残った。
中央の粒は豆蜜が濃く焦げ、肉脂を吸って黒い。端の粒は色が薄く、春豆の皮と蜜玉葱の汁が乾いている。店の竈なら鍋を持ち上げられるが、朝市の大鉄板は地面と同じくらい頑固だった。
ピコが中央の一粒を剥がして噛む。
「苦い。けど肉の匂い」
端も食べる。
「こっちは甘い。卵は乾いてる」
「同じ百個なのに」とニア。
「同じに焼けていませんでした」
売り切れた後で気づいた。中央の客は肉味噌と強い焼き目を食べ、端の客は春豆と乾いた卵を食べていた。同じ値段でも、実際の一口は同じではない。
「明日は中央を肉多め、端を豆と玉葱に分けます」とアキラ。
「勝手に客を分けるの?」とルチア。
夜番明けなら肉、これから働く人なら豆と、料理人が決める根拠はない。眠い人が軽い物を欲しがる日も、荷揚げ前に肉を食べたい人もいる。
「では、選べるように」
「選ぶ前に、端で豆がちゃんと焼けるか試す」
残った材料は、卵一枚ぶんにも満たない。二商品完成とは書けなかった。
片づけを終える前に、朝の魚籠の女が二枚目の空包みを手に引き返してきた。百個目を買った本人である。
「名前を聞いてなかった」とルチア。
「ハンナ。明日は荷揚げを三人連れてくる」
「あなたを入れて四人?」
「私を入れたら四人」
「さっき二個食べたでしょう」
「一個目と二個目は別の腹」
ルチアは数え方を認めなかった。
「中央の肉を十二個、取っておいて」
「一人三個になる」
「働く女を小さく見るな」
「胃ではなく、次の客の一個を見てる」
鉄板を挟み、二人はしばらく睨み合った。ハンナは六個まで下げ、ルチアは一人二個上限を変えなかった。
「四人で六個なら、二人が一個?」とピコ。
「半分ずつ交換する」とハンナ。「肉の方と、豆の方が本当にあるなら」
その一言で、予約は料理名ではなく試験条件になった。
中央肉味噌三個。端春豆三個。端の卵が乾きすぎたら、六個とも今日と同じ包みへ戻す。来なければ一般販売へ回す。前金は六個ぶんだけで、十二個ぶんは取らない。
「明日も百個?」とニア。
「八十」とアキラ。
「まだ決めない」とルチア。「月卵と香葉が届いた数から」
黄金平原への返事にも、百個完売だけを書かなかった。
――大粒光麦は、忙しい朝に一個ずつ売れました。二個目を買った客は一人。鉄板の中央と端で焼け方が違います。次便へ増やす前に、月卵と包み葉の数も確かめます。
ニアが返事を鞄へ入れる。
「明日、赤と緑の札を持ってくる?」
「まだ色を決めません」とアキラ。
「肉は赤でしょう」
「豆は緑」とピコ。
「勝手に完成させないで」
ルチアが二人から色紐を取り上げた。
洗い終えた鉄板へ、ピコが光麦を三粒ずつ置いた。中央の三粒はすぐ茶色くなり、端の三粒は白いままだった。
「ほら、もう二種類」とピコ。
「それは朝飯じゃなく、掃除のやり直し」
ルチアは木べらで六粒を落とし、赤と緑の紐を自分の前掛けへしまった。
「明朝、中央三個と端三個を焼く。ハンナたちが半分ずつ食べて、それから色を決める」
「売るのは?」
「食べたあと」
ピコは返事の代わりに、もう一度鉄板へ濡れ布を滑らせた。中央へ触れた水だけが、しゅっと短く鳴った。




