固め卵派と半熟派、正解は二つ
「卵は固い方が腹にたまる」
「固い卵は、口の水を全部持っていくわ」
ガランと少女は、月卵一個を間に置いて言い争っていた。
少女の名はミラ。旧東門で布問屋を営む家の娘で、雪桃の日から五日に一度、乳母と甘味を食べに来る。
今日は甘味が売り切れていた。
代わりに昼飯を頼もうとして、ガランが食べている固め卵の鶏飯を見た。
「あれを、卵だけ半熟で」
注文はそれだけだった。
ところがガランが横から言った。
「月卵を半熟にすると、肉の味がぼやける」
「聞いてないわ」
「料理人へ教えた」
「その料理人は、もう作り始めているでしょう」
アキラは鶏出汁を温めていた手を止めた。
蜜玉葱と薄切り琥珀鶏を小鍋へ入れ、豆蜜を少量。光麦飯へ載せる親子飯にするつもりだった。
「固めと半熟、二杯作ります」
「どちらが正しいか決めるの?」とミラ。
「食べる人が決めます」
「逃げたな」とガラン。
「二人とも譲らないので」
「私は注文しただけよ。勝手に勝負へ入れられたの」
ミラの方が正しかった。
ガランは咳払いし、残っていた自分の固め卵を大きく噛んだ。黄身が口の水を持っていくという指摘には、鶏出汁を飲むことで答える。
「あの人、いつも人のご飯を決めるの?」
「門を通る荷車の行き先まで決めたがります」とルチア。
「道を間違えてるからだ」
「私は道じゃないわ」
乳母が笑いを隠すため、布で口元を押さえた。
アキラは冷却棚から、その朝の青印がある月卵を三個出した。二個ではない。
殻割れなし。採卵時刻あり。青印は、薬草院が半熟提供用の群として検査した印だった。印のない月卵を、黄身が流れる火入れには使わない。
「一個多い」とルチア。
「半熟は、鍋から上げたあとも熱い麦で固まります。最初に一口分だけ試します」
「試しの分も払うわ」とミラ。
「出来が悪ければ売りません」
「食べられるのに?」
「食べられることと、頼んだ半熟かどうかは別です」
ミラは少し考え、頷いた。ガランは「卵は卵だ」と言いかけたが、少女に睨まれて鶏肉を噛んだ。
固め用の小鍋には、鶏出汁を浅く張る。蜜玉葱を透き通るまで煮て、薄切りの琥珀鶏を広げた。肉同士が重なると火の入りが遅れる。表面の色が変わったところで裏返し、中心まで熱を通す。
豆蜜は鍋全体を甘くするほど入れない。木匙の先に薄く一筋。煮汁の塩気の角だけを丸くする。
溶いた月卵を全量、鍋の外側から中央へ細く回した。強く沸かせば卵が散り、肉と玉葱を抱かない。蓋をして火を弱める。表面の揺れが止まり、匙で押しても透明な液が出ないところまで待った。
半熟用は卵を二回に分ける。
最初の半分を入れ、肉と玉葱をまとめる。白身の透明さが消えたら火を止め、残り半分を流す。鍋を傾けると、黄色い表面が一枚の布のようにゆっくり動いた。
「その、まだ表面が揺れている方」とミラが身を乗り出す。
アキラは一匙だけ熱い光麦へ載せた。
厨房から卓まで、七歩。
ミラの前へ着いた時には、揺れていた卵の縁が固まっていた。匙を入れると黄身は流れず、柔らかい塊で麦へ乗る。
「半熟?」とミラ。
「半熟と固めの間です」
「逃げ道を増やしたな」とガラン。
アキラは試し椀を自分へ下げた。
「これはまかないにします」
「捨てないなら、私が食べても」
「あなたが頼んだ物ではありません」
ミラは不満そうだったが、試し椀へ伸ばしかけた匙を戻した。
熱は火を止めた瞬間に消えない。小鍋と熱い光麦、それに温めた椀が、火から下ろした卵を固め続ける。
二度目は、盛る順を変えた。
光麦を椀へよそい、中央を深く掘らず、広く浅くならす。鶏と玉葱は先に載せる。半熟卵は火から下ろした小鍋の中で十数え、底の熱が落ち着いてから、最後に表面だけへ滑らせた。
白身は透けていない。黄身は匙の背で触れると戻る。生の冷たさはなく、湯気の中でゆるく揺れた。
「厨房から走ればよかったのに」とピコ。
「熱い鍋を持って走らない」
「じゃあミラを厨房へ呼ぶ」
「客席はここです」とルチア。
「店って不便」
「だから七歩を料理に入れます」
固めはガランの前、半熟はミラの前へ置かれた。
交換用に、それぞれ一匙ずつ小椀へ取り、卓の中央へ並べる。
「頼んでない」と二人が言った。
「食べなくても構いません」
まず自分の椀を食べる。
ガランの固め卵は、鶏肉、蜜玉葱、出汁を一塊にしていた。匙で切れば形を保つ。噛むと黄身がほくりと崩れ、そのあとに豆蜜を含んだ鶏の汁が戻る。
ミラの半熟卵は、匙を入れた場所から黄身が光麦の粒へ流れた。出汁を吸った麦の表面がなめらかになり、肉を噛む前から卵の濃さが舌へ届く。柔らかい白身は、蜜玉葱と一緒にすくうと形を残し、飲み込む時だけほどけた。
「固めは水を持っていかないぞ」
ガランが言う。
「出汁が入っているもの」
ミラは自分の半熟を食べながら答える。
「半熟は肉がぼやけていないわ」
「肉を食う前に卵を食っているだけだ」
「それの何が悪いの」
「門番は夜に食う。黄身が服へ落ちたら、夜番中ずっと卵くさい」
「私は夜番をしないわ」
「だから腹にたまる方を教えた」
「昼に甘い物を食べに来た私へ?」
ガランは返事に詰まった。
彼の固め卵には理由がある。冷えた門で急いで食べてもこぼれにくい。だが、その理由をミラの椀へ勝手に載せる必要はなかった。
「子どもだから、って言えばいいのに」とミラ。
「何がだ」
「半熟より固い方を食べろと思ったんでしょう」
乳母が止めようとしたが、ミラは匙を置かなかった。
「家でも、青い服が着たいと言うと、子どもは桃色が似合うって言われる。酸っぱい果実が欲しいと言うと、甘い方を置かれる。食べてから嫌いと言いたいの」
「腹を壊す物は止める」
「これは青い検査印があるって、料理人も最初に見せたわ」
今度はガランが黙った。
アキラは口を挟まない。検査印と殻を確かめ、加熱状態を見て出すか止めるか決めるのは料理人の仕事だが、好き嫌いの返事まで代わる仕事ではない。
二人は中央の小椀を見た。
ガランが先に手を伸ばす。
ミラも同時に匙を入れた。
「それは私の固めよ」
「交換用だ」
「半熟を食べなさい」
「先に固めを守った」
「守らなくても逃げないわ」
結局、ガランは半熟の小椀を、ミラは固めの小椀を食べた。
どちらも一口で空になる。
「どうでした」とアキラ。
「固めも悪くないわ。端の、出汁を吸ったところは」
「半熟も食える。飯が熱いうちなら」
「条件が多いですね」
「好みとはそういう物よ」
ミラは残った半熟を、今度は鶏肉と一緒にすくった。黄身だけなら先に舌へ広がる。肉と重ねれば、琥珀鶏の弾力を噛んだあとで甘い卵が戻る。同じ椀の中でも、匙の入れ方で順番が変わった。
「半熟は肉をぼかすんじゃないわ。肉の前へ来たり、後ろへ来たりするの」
「落ち着きがない卵だ」
「食べる人が動かしてるのよ」
ガランは自分の固め卵を崩してみた。大きく切れば黄身が最後まで残る。細かく刻んで麦へ混ぜると、固めでも出汁を吸った粒の間へ黄色が散った。
「固めも、動くぞ」
「あなたが今、無理に動かしたからでしょう」
「匙で食う料理だ」
「私だって匙よ」
二人は相手でなく、それぞれの椀を忙しく混ぜ始めた。勝負が終わったのか続いているのか、作ったアキラにも分からない。
乳母はミラの口元についた黄身を布で拭いた。
「お召し物は、仕立て上がるまで半年着る物です。お嬢様がお選びになった青が、冬にはお嫌いになることもございます」
「だから桃色にするの?」
「いいえ。冬に嫌いになったら、青をお選びになった日の話をいたします」
「ずっと着なさいって?」
「次は布を買う前に、冬も着るかお訊きします」
乳母はガランを見なかった。だが、門番は固め卵の欠片を噛みながら、耳だけ赤くした。
「俺は服を売ってない」
「卵を売ってもいないわ」とミラ。
ガランは椀を置いた。
「次からは、注文が終わってから言う」
「食べ終わってからにして」
「冷めるだろ」
「じゃあ、私が一口食べてから」
「遅い」
「それくらい待って」
「門では荷車を待たせない」
「私は荷車じゃないって、二回目よ」
ガランは腕を組んだ。しばらく考え、一口目のあと、と指を一本立てた。
ミラも指を一本立てる。
「一口目のあとなら、聞いてあげる」
謝った者はいない。それでも次の注文では、少女の最初の一口まで、門番の口を閉じておく決まりだけができた。
ルチアは値札の裏で原価を数えた。材料は同じでも、小鍋を二つ洗い、半熟は注文後に七歩ぶんまで見て仕上げる。昼の混雑時に何杯でも受ければ、ほかの客を待たせる。
「固めはいつでも。半熟は一度に三杯まで。追加料金はなし」
「なぜ三杯?」とミラ。
「アキラの手が二本、ピコの手が二本。ピコはまだ熱い鍋を持たないので、実際に使えるのは二本です」
「俺の二本、数えただけ?」
「将来分です」
ピコは一度口元を上げたあと、「将来分」という言葉に気づいたらしく、眉を寄せた。
ミラは乳母の財布を見た。乳母は黙って首を横へ振る。前払いに使う銅貨だけは、ミラが自分の小袋から出した。
「次の五日目。目隠しで食べ比べるわ」
ガランも一枚置く。
「固めを当てる」
「半熟を好きだと認めるかもしれないわよ」
「お前が固めを頼むかもしれん」
「頼むかもしれない。でも、あなたに決められたからじゃない」
ガランは銅貨を指で弾いた。回った一枚をミラが手のひらで止め、二枚まとめてルチアへ渡す。
次の喧嘩を予約して、二人は席を立った。
卓には丸い跡が三つある。固め、半熟、それから半熟になりきれなかったアキラのまかない椀。
ミラは出口で振り返った。
「その試しに作った卵も、ちゃんと食べてね」
「はい」
「固めと言わずに」
アキラがまかない椀を持ち上げると、卵はもう完全に固まっていた。
ガランは固まった卵を見て、口の片端を上げた。
「時間切れです」とミラ。
今度は、ガランが言い返せなかった。




