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真ん中だけ冷たい雪桃プリン

 初夏の昼、子どもたちは氷の匂いを追ってきた。


「氷に匂いはないでしょう」


 ルチアが言う。


「雪桃にはある」


 ニアは木箱を両腕で抱え、鼻先だけを上へ出していた。


 箱の隙間から、桃に似た甘い香りと白い冷気が漏れている。


 外は朝から暑かった。石畳の照り返しで、旧東門の影まで熱い。ニアの後ろには、市場の子どもが四人、ピコを先頭に並んでいた。一番後ろの少女だけは布問屋の娘らしい涼しげな服で、そのさらに後ろから乳母が息を切らして追ってくる。


「俺は子どもを連れてきてない」とピコ。


「箱の匂いを追ったら、勝手についてきた」


「配達人が尾行されないで」


「食べ物以外なら大丈夫」


「一番駄目でしょう」


 箱を開ける。


 雪桃が六つ、白い布の中に並んでいた。


 外見は淡い桃色。触れると皮は常温だが、中心から冷たさが返ってくる。半分に切ると、果肉は外側が柔らかく、種の周りだけ白く透けていた。大ぶりなので、一個の芯から子どもの匙に合う薄切りが六枚ほど取れる。


「黄金平原の試し荷。暑い日に売れるか、農園が知りたいって」


 ニアが送り札を出す。


「代金は?」とルチア。


「試食結果と、売れた分の半分。あたしの運賃は別」


「やっと仕事らしい話を持ってきた」


「いつも仕事してる!」


 子どもたちが箱を覗く。


 一人の男の子は、朝から何も食べていないらしい。母親が暑さで食欲が落ちたと、ピコへ相談したという。


「冷たいだけなら、切って食べるのが一番早い」とピコ。


「それでは農園も町も、料理を知らなくていいでしょう」


 アキラは雪桃を一切れ味見した。


 外側は普通の熟した桃に近い。果汁が多く、舌へ柔らかく崩れる。中心へ近づくほど冷たく、果肉は梨のように少し締まっていた。


 温かい物と合わせたい。


 冷たさを消さず、果汁を受け止める物。


「プリンにします」


「ぷり?」と子どもたち。


「月卵と花乳を蒸した甘い物です」


「すぐできる?」


「すぐには」


 四人の肩が落ちた。


「試作ができるまで、黒パンを食べれば」とルチア。


「甘い物を待ってるのに?」


「空腹で甘い物だけ食べるよりいい」


 子どもたちは小さな黒パンを一切れずつ買った。無料にはしない代わり、ルチアは花乳を湯で薄め、小さな杯へ一杯ずつつけた。


 アキラは月卵を割り、花乳へ樹蜜を溶かす。沸かさず、人肌より少し温かいところで止める。卵へ少しずつ加え、泡立てないよう混ぜ、布でこす。


 器へ雪桃の中心を一切れずつ置いた。


 上から卵液を注ぐ。


「冷たい桃を最初から入れるの?」


 ルチアが訊く。


「中心だけ冷たいままなら、蒸し上がっても少し残るかもしれません」


「外側との温度差は見える?」


「卵液の輪は見えます。桃は冷たい輪のままです」


 弱い蒸気へ器を入れる。


 布を挟み、蓋をする。


 しばらくして一つを確かめた。


 器の縁は固まり始めている。だが桃の周りだけ、卵液が水のまま揺れていた。


 冷たさに加え、桃の果汁が出て固まりを邪魔している。


「真ん中に穴ができた」とピコ。


「冷たい物を残すために、周りを失敗してる」


 アキラは器を蒸し鍋から出した。


 食べられない失敗ではないが、プリンではない。桃の周りだけ卵の甘い汁になっている。


「飲める?」


 ニアが匙を持つ。


「火が通り切っていません」


「待つ」


「失敗まで食べようとしないで」


 試作は桃を外し、十分に加熱してまかない用へ回す。


 二回目は、月卵と花乳だけを器へ入れた。弱い蒸気で、縁が固まり中央が一つに揺れるまで加熱する。余熱を入れ、冷却石を敷いた棚へ移した。


「桃は後からです」とアキラ。


「最初からそうすれば」とルチア。


「一緒に蒸したかったんです」


「料理人は、たまに鍋の中で全部仲良くさせたがるわね」


 前世の新作でも、ソース、具、飾りを一皿へ詰めたことがある。


 客が好きだったのは、もっと単純な卵の味だった。


 冷えたプリンの中央を、小さな匙で丸くすくう。そこへ雪桃の冷たい芯を置いた。周りには、柔らかな外側の果肉を薄く重ねる。


 樹蜜を小鍋で温める。


 色が薄い琥珀から濃い茶へ変わり、泡が小さくなったところで火を止める。少量の湯でゆるめ、熱い焦がし蜜にした。


「冷たい物へ熱い蜜?」とピコ。


「全部を冷たくしません」


 桃へは直接かけず、プリンの縁へ細く流す。


 四つの器を子どもたちへ出した。


 最初に男の子が匙を入れる。


 縁のプリンは冷たく、月卵の黄身と花乳が滑らかにほどける。焦がし蜜の当たった場所だけ温かく、少し苦い。中央の雪桃を噛むと、さらに一段冷たい果汁が出た。


 男の子は、二口目を大きくすくった。


 ほかの三人も食べ始める。


 さっきまで「すぐ」と繰り返していたのに、誰も喋らない。


 ニアとピコも試食用の小さな器を持っていた。


 ニアは翼を半分広げ、冷気を逃がさないよう器を囲う。


「翼で器を囲ったら、冷たさが逃げないの?」とピコ。


「気持ちの問題」


「地上の練習は?」


「匙を落としてない」


 四人の子どもが、ほとんど同時に器を空にした。


 男の子は空の器をアキラへ差し出す。


「おかわりは銅貨一枚」とルチア。


 男の子は母親から預かった小袋を開いた。銅貨は一枚だけだった。


 迷っている横で、ほかの子ども三人も空器を差し出す。


「三人で一杯を分ける」と一人が言った。


「四人です」と男の子。


 ルチアは少し考え、二杯目を四つの小器へ分けた。


「量は四分の一。代金も四分の一ずつ。次から銅貨を割らず、四人で一枚持ってきて」


「今日のは?」


「ピコの売れ残り情報料から仮払い」


「俺の?」


「四人を連れてきた紹介料と相殺」


 ピコは文句を言いかけ、四人の小器を見た。


「じゃあ次、俺の分も入れて五人で一枚」


「薄すぎる」とニア。


「あたしも入って六人」


「もっと薄い!」


 二杯目を分けたころには、通りからも甘い匂いを追って客が入り始めた。


 ニアは空箱へ、子どもたちが描いた六つの丸と「真ん中を残す」の伝言を入れた。


「農園に何て報告するの」


 アキラが訊く。


「切って売ってもおいしい。でも、真ん中だけ冷たいと、もう一回空の器を出したくなる」


 ニアは箱を閉じる。


「今度は落とさないでください」


「食べ物は落とさない」


「帳面は落としたでしょう」


「あれはご飯が落ちたの」


 区別する場所が違った。


 四人のうち、涼しげな服の少女だけは、二杯目の小器をすぐには食べなかった。


「溶けるわよ、ミラさま」


 ようやく追いついた乳母が、肩で息をしながら言う。


「プリンは溶けないでしょう」


「雪桃の冷たさは半刻ほどです」とニア。


「では、半刻まで残す」


 ミラは器の中央を避け、縁から小さくすくった。冷たいプリンと、少し温かい焦がし蜜。三匙目で桃の芯へ触れた途端、目を丸くする。


「遅れて雪が来た」


 隣の男の子が、自分の器を覗いた。


「僕のも来る?」


「真ん中まで食べれば」とミラ。


 男の子は急いで匙を進めた。けれど芯だけを先に掘り出そうとして、柔らかいプリンを器の外へ押し出しかける。ピコが器を押さえた。


「雪の前のところも食べないと、もったいない」


「急いだ方が冷たいよ」


「急ぐと、途中を味わえない」


 ピコがそんなことを言うので、アキラは顔を見た。


「何」


「いえ。売れ残りを一番に取りに行く人が」


「売れ残りは急ぐ。食べるのは俺の速さ」


 言われてみれば、同じではなかった。


 四人はそれぞれ違う場所から匙を入れた。縁を一周してから芯へ行く者。外の桃肉とプリンを交互に食べる者。最後まで冷たい芯を残すミラ。最初に芯へ触れた男の子は、その後だけゆっくり食べた。


 六つの雪桃は、その日のうちにプリンと切り売りで使い切った。冷たい芯だけを欲しがる客には、柔らかな外側も一緒に食べることを条件にした。


 残ったのは、白い皮と種、空の木箱。アキラが傷のない皮を分けると、ルチアが止める。


「何にする気?」


「干せば、香りは残るかもしれません」


「売るなら、冷たい桃と同じ名前にしないで」


「温かい乳茶に、一片だけ」


「雪がないのに雪桃茶?」


「雪を待つ桃茶」


 ピコが先に名をつけた。


 メルは洗った皮を一片だけ嗅ぎ、乾燥後にもう一度確認すると言った。食べられる皮でも、濡れたまま重ねれば傷む。アキラは布の上へ間を空けて並べた。


 ニアは配達箱へ、子どもたちの丸い絵と送り札を入れる。空の器も見本として入れようとし、ルチアに止められた。


「農園へ店の器を送らないで」


「返事と一緒に戻る」


「あなたの屋根代と同じくらい信用できない」


 ニアは渋々、器を出した。その代わり、丸めた布を箱の四隅へ詰める。六つ運んだ朝より、箱の中は丁寧だった。


「次は、お父さまも連れてくる」とミラ。


「次の雪桃が届いたら?」とアキラ。


「その前。五日後」


「雪桃はないかもしれません」


「ほかの真ん中を食べる」


 ミラは言い切り、乳母と帰っていった。何の真ん中を出すかは、料理人もまだ知らない。


 ニアが木箱を抱えて扉へ向かう。今度は子どもが四人とも道を空けた。


「農園へ何て伝えますか」


「六つとも売れた。四人で一杯も買った。次の数は、農園が無理なく冷やして送れる分」


「もっと欲しい、ではなく?」


「もっと欲しい。でも、落とさず運べる数から」


 ニアは扉から出た。真昼の暑い通りへ大きな青い翼がまっすぐ広がっても、今度は誰も箱を追いかけない。箱の中で、子どもたちの描いた六つの丸が、かさりと一度だけ鳴った。

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