第七話「ポンコツ」
ゾック二号機のコックピットは、思ったより広かった。
通常型の操縦席。操縦桿。ペダル。計器パネル。——ただし、座席の横に、別系統のインターフェースが露出していた。ケーブルが束ねられ、電極パッドのようなものがぶら下がっている。使われた形跡はなかった。
(これは——エリカちゃんが繋がれるはずだったもの……?)
「カリーナ。後席に座れ。火器管制はお前がやれ」
「了解です。——少尉」
「何だ」
「ポンコツだったらどうします」
「ポンコツだ」
「断言しないでくださいよ!」
メインスイッチ。動力炉が唸る。足元からの振動。ホバーが吹いた。——浮いた。
そして横に滑った。
「——壁!壁です少尉!」
「修正中だ」
「修正できてないです!」
ゾック二号機が格納庫の壁面をかすめて、何とか安定した。ホバー移動。滑る。慣性で流れる。操縦桿を少し倒しただけで機体全体がずるりと横移動する。
(これ——本当にモビルスーツなの……?)
ゾック二号機は格納庫を抜け、搬入通路に入った。天井が低い。クローが壁面を削る。金属の悲鳴。
「通路に入れるサイズじゃないですよねこれ!」
「入れているだろう」
「壁削ってるじゃないですか!」
「通れればいい」
通路の先に、光が見えた。もっと大きな格納庫。施設の最深部。
そこに——
白い巨体。
全高六十メートル。ゾックの形状をそのまま三倍に拡大したような、冗談みたいな化け物。メガ粒子砲のバレルが全身に並び、クローの一本一本が、通常のモビルスーツよりも大きい。胴体に「MA-03」の表記。Gmadのロゴ。
ビグ・ゾック。
(——うそでしょ)
その胸部に、青白い光が灯っていた。コアユニット。
——エリカはまだそこにはいなかった。
ビグ・ゾックの足元で、エリカンネルたちが群がっていた。エリカの友達。小さなヴァンツェたちが、巨体に取り付き、何かをしようとしていた。エリカの姿が、そのうちの一機の上に見えた。白いスーツのまま、ヴァンツェの装甲の上に立って、ビグ・ゾックの胸部ハッチに手を伸ばしている。
——自分から入ろうとしている。
「エリカ!!」
ヴィンターが叫んだ。
同時に——格納庫の反対側から、声が響いた。
「止めろ!その子を中に入れるな!」
ディルク・ヘルマン所長だった。
白衣。眼鏡。痩せた中年の男。その後ろに武装した警備兵が四人。
「エリカ・ノイマン! お前はこの施設の最も重要な資産だ! 勝手な行動は許可していない!」
(資産——? この子のことを——?)
エリカが振り返った。ヘルマンを見た。それからヴィンターを見た。
「お兄ちゃん。ごめんね。——私がやらないと、この中の人たちが壊れちゃう」
「入るな!」
「この人たちは——私に優しくしてくれた人もいるの。ごはんを運んでくれた人。毛布を多めに持ってきてくれた人。——見捨てられないよ」
エリカの目に涙はなかった。決意だけがあった。
そしてエリカは——ビグ・ゾックの胸部ハッチに、手を触れた。
ハッチが開いた。
青白い光が溢れ出した。
エリカの身体が、光の中に吸い込まれていった。
「——エリカァァァ!!!」
---
ビグ・ゾックが動いた。
六十メートルの巨体が、格納庫の天井を突き破った。コンクリートと鉄骨が降り注いだ。警備兵たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。ヘルマン所長が倒れた瓦礫の下敷きになりかけ、グレゴリーに引きずり出された。
ビグ・ゾックは施設の壁を突き破り、コロニーの地表に出た。人工の太陽光を浴びて、白い装甲が輝いた。
——だが、その動きは異常だった。
ゆっくりと、しかし確実に、ビグ・ゾックはコロニーの端——宇宙港の方角へ向かっていた。
(コロニーの外へ出ようとしてる——エリカちゃんが、操縦してるの?)
ゾック二号機は施設の残骸の中から這い出した。片方のクローが瓦礫で凹んでいた。
「追うぞ」
「追うって——あの大きさですよ!?」
「追う」
「どうやって戦うんですか!?」
「戦わない。エリカを取り戻す」
ゾック二号機がホバーで滑り出した。ビグ・ゾックの後を追って、コロニーの地表を横切る。住宅区画からは遠い。工業地帯。人影はまばらだ。
ビグ・ゾックがコロニーの宇宙港に到達した。港の外壁を——メガ粒子砲で撃ち抜いた。
穴が開いた。コロニーの外壁に。真空が吹き込む前に、自動隔壁が作動した。だがビグ・ゾックは構わず穴を広げ、その巨体を宇宙空間へと押し出した。
(コロニーの外に——出た)
「カリーナ。ノーマルスーツのヘルメットを確認しろ」
「確認って——宇宙に出るんですか!?」
「出る」
「出るんですか!? このポンコツで!?」
「出る」
ゾック二号機が、ビグ・ゾックが開けた穴を通って、コロニーの外に出た。




