第五話「トマト・ケチャップ」
脱出は、最初の十分だけ順調だった。
エリカンネル五機が先行して通路を確保し、三人は地下から地上階へと上がっていった。エリカが心を通わせるたびに、ヴァンツェたちは監視カメラを潰し、隔壁のロックを解除した。
問題は十一分目に起きた。
施設全体に、警報が鳴った。
「——来たよ」
エリカの声は静かだった。
通路の向こうから足音が近づいてきた。走ってくる。複数。
角を曲がって現れたのは、あの「目を合わせない」人たちだった。ただし今は戦闘服を着ていた。手にスタンロッド。
その先頭に——一人だけ、違う男がいた。
小柄。赤い短髪。そばかすだらけの顔。戦闘服の着こなしがどこか崩れている。目だけが、ぎらぎらと光っていた。
「やっと見つけた」
男はヴィンターを見て、にやりと笑った。
「よお、No.07。久しぶりじゃねえか。——俺のこと覚えてるか?」
ヴィンターの目が細くなった。
「……トマト」
「おっ、覚えてんじゃん。嬉しいねえ。同期のよしみってやつだ」
カリーナはヴィンターの横顔を見た。
(同期——? この人も、強化人間——?)
「トマト・ケチャップ。被験体No.09。——失敗作だけどな」
トマトは自嘲気味に笑った。だが目は笑っていなかった。
「失敗作は失敗作なりに、ここでうまくやってたんだよ。ゾック二号機のテストパイロットまで任せてもらえてたんだ。——なのにお前が来やがった」
「どけ。通る」
「通さねえよ。エリカを連れ戻す。それが俺の仕事だ」
エリカがヴィンターの後ろから顔を出した。
「トマトさん。お願い、通して」
トマトの表情が揺れた。一瞬だけ。本当に一瞬だけ、目の奥に別の感情が走った。
「……ダメだ、エリカ。俺には——」
「トマトさんも、私のお友達でしょ?」
沈黙。
トマトの手が、スタンロッドの上で震えていた。
「……お友達、ね」
三秒の沈黙。
トマトはスタンロッドを——床に落とした。
「……三十秒だけだ。三十秒だけ目をつぶる。俺は何も見なかった。いいな」
ヴィンターはトマトの横を通り過ぎた。すれ違いざまに、小さく呟いた。
「恩に着る」
「うるせえ。——二度と来んな」
トマトの後ろにいた強化人間たちは、指揮官が武器を落としたことで動きを止めていた。エリカが彼らの心に触れ、眠らせた。
カリーナは走りながら振り返った。トマトが壁にもたれかかって天井を見上げていた。
(あの人も——ここに閉じ込められてるんだ。エリカちゃんと同じように)




