第三話「エリカ」
最下層の通路は狭く、天井が低かった。壁面のパネルにMIPの三文字が刻まれている。
(連邦の施設に、ジオン系企業の資材……)
ヴィンターの足取りに迷いがなかった。声が導いているのだろう。カリーナには聞こえない声が。
通路が枝分かれしていた。左は暗い。右は——微かに光が漏れている。ヴィンターは右を選んだ。
分厚い扉。防音処理。電子ロック。偽造カードは——通らなかった。赤いランプ。
「開きません」
ヴィンターはヘッドセットを外した。
(——初めて見た。この人がヘッドセットを外すところ)
表情が変わった。微かに。眉が上がり、目が細くなる。大量の音が一斉に流れ込んできたような——
ヴィンターがパネルに手を置いた。五秒。ランプが赤から緑に変わった。
「……何したんですか」
「向こう側にいる誰かが、開け方を教えてくれた」
(向こう側の——誰か?)
扉が開いた。
小さな部屋。白い壁。窓はない。蛍光灯が一本。簡素なベッド。テーブル。水のコップが一つ。
ベッドの上に——少女が座っていた。
毛布を膝にかけて、まっすぐにこちらを見ていた。怯えてはいなかった。
プラチナシルバーの髪。青い目。白い肌。百三十八センチの小さな身体。痩せていた。だが——目に、力があった。
「遅い」
最初の言葉が、それだった。
ヴィンターは扉の前で立ち止まっていた。唇が開いたまま閉じない。
「……エリカ」
「三日前から来るってわかってた。声、ずっと送ってたのに。お兄ちゃん、聞くの遅いんだから」
カリーナは息を呑んだ。
(この子——待っていたんだ。ずっと。怯えてたんじゃない。待ってたんだ)
「遅くなった」
「知ってる。いいよ、来たんだから」
エリカはベッドから降りた。裸足で床に立ち、ヴィンターに歩み寄って、その軍服の胸に額をつけた。泣かなかった。声も出さなかった。ただ額をつけて、三秒だけ、目を閉じた。
カリーナは通路側に立ったまま見ていた。
(——この人にも、感情があったんだ。ずっとあったんだ)
エリカが顔を上げて、カリーナを見た。
「誰?」
「カリーナ。お兄ちゃんの——」
「知ってる。お兄ちゃんの隣にいる声の大きい人でしょ」
「……え、声、聞こえてたの?」
「聞こえるよ。心の声ならぜんぶ聞こえる」
エリカの青い目がカリーナをまっすぐに見た。
「カレーが好きなんでしょ。今すごくお腹すいてるでしょ」
(——!!!)
「……なんでわかるんですか」
「心の中でずっとカレーカレーって言ってるから」
カリーナの顔が熱くなった。ヴィンターが横を向いた。
(いまこの人、笑った?笑ったの?見えなかったんだけど!?)
「——行こう。ここを出る」
エリカは頷いた。迷いはなかった。
「うん。でもその前に、一つだけ」
「何だ」
「私のお友達も連れていく」




