第二話「目を合わせない人たち」
施設の中は、思ったより普通だった。
白い通路。等間隔の蛍光灯。床は磨かれている。掲示板にはシフト表。食堂の営業時間。作業服に着替えた二人は、どこから見てもただの施設職員だった。——たぶん。
(……心臓まだうるさいんだけど。さっきのザクIのせいで)
すれ違う人間が、おかしかった。
三人とすれ違った。誰もカリーナたちを見なかった。見ないようにしていた。目が合いそうになると、すっと逸らす。
(……なんだろう、この感じ)
「ヴィンター少尉。ここの人たち、変です」
「どう変だ」
「目を合わせない。全員」
「気づいたか」
彼は足を止めなかった。ただ、声を落とした。
「この施設の作業員の多くは、外から雇われた人間じゃない。俺と——同じような処置を受けた人間だ」
(……強化人間)
「ただし、成功はしていない」
カリーナは振り返った。通路の向こうで、二人の作業員が壁に寄りかかって立っていた。口が動いていない。会話をしているように見えて、していない。ただ二人で、同じ方向を見ていた。
「感情の表出が鈍くなる。他人への反応が薄くなる。目を合わせられなくなる」
「……少尉は、ああならなかったんですね」
「ああ」
「なんで」
答えはなかった。ヘッドセットに手を当てて、歩く速度を上げただけだった。
(あの無人のザクIを動かしていたのは——この人たちの、誰か)
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地下への貨物用エレベーター。偽造カードが通った。最下層のボタンが光る。
箱が降り始める。駆動音だけが響いた。
「カリーナ」
「はい」
「一つ聞いていいか」
(この人が許可を求めるのは、初めてだ)
「なぜ来た」
「命令だからです」
「命令なら報告書を書けばいい。わざわざ来る必要はない」
「准将の命令です。同行しろと」
「リゼット准将が選択肢を与えなかったとは思えない。あの人はそういうやり方をする」
カリーナは口を結んだ。
(見透かされてる)
准将は確かに言ったのだ。「断ってもいい」と。穏やかな声で。選択肢という名前の檻だった。断れば、別の誰かがこの少尉の隣に立つ。それが——
(それが、嫌だった。理由は、自分でも——)
「……自分で来たかったから来ました。それじゃダメですか」
「構わない」
エレベーターが止まった。扉が開いた。
空気が変わった。
消毒液。機械油。そしてもう一つ、名前のつけられない匂い。古い病院の奥から漂ってくるような——
ヴィンターが立ち止まった。ヘッドセットに手を当てた。目を閉じた。
十秒。十五秒——
「聞こえる」
「何がですか」
「声が。——この先にいる」
「誰が」
彼の足が速くなった。
「少尉——待ってください」
「俺の妹だ」
カリーナの足が止まった。
「この施設に、閉じ込められている」
「……妹?」
ヴィンターは振り返らなかった。通路の奥へ歩いていく。背中が暗闘に溶けかけていた。
カリーナは追いかけた。
(妹。この人に、妹がいたの——)
追いかけながら、心の中で一つだけ決めた。
(妹さんに会ったら、何か温かいものを食べさせてあげたい)




