想いに応えて3
「‘意外と深いんだな’」
家の奥に階段があった。
こんなふうに踏み込まれると想定していなかったのか、床に隠せるようになっていた階段は開きっぱなしで簡単に見つけられた。
狭い階段は二人並んで降りるにもギリギリ。
ユベーラの前、先頭のベアラステは非常に窮屈そうに階段を降りている。
「な、何だ!」
「冒険者ギルドだ!」
階段を降りていくと広い空間があった。
そんなところにクマがヌッと出てくるのだから周りも驚く。
「‘濃い人間のニオイ……チッ’」
地下には人のニオイが充満している。
俺は思わず鼻にシワを寄せてしまう。
多くの人間がいる。
しかもかなり衛生状態が悪そうなニオイがしている。
「‘奴隷市場ならしょうがないか……’」
奴隷なんて見た目がそれなりであればいい。
いちいちしっかりと綺麗にしておく必要もないから人間のニオイが充満しているのだ。
「ザイハンシの居場所を言え!」
そこに血のニオイが混じる。
ベアラステが太い前足を振るって近くにいた男を無惨に切り裂いた。
地下にいて、囚われておらずに自由にしている者は全員、奴隷を扱う悪人だ。
慈悲はない。
相手に冷静になる時間を与えないユベーラの先制攻撃だった。
「向こうだな」
動揺を隠せなかった男がチラリと奥の方を見た。
ピヨハンシはそちらにいると睨んだユベーラは、ベアラステを引き連れて奥に向かっていく。
俺とクリアスも、ミャルエスカたちの後ろからユベーラについていく。
「そっちは……」
「邪魔をするな」
ユベーラを止めようと、少しだけ冷静になった一人が手を伸ばす。
しかしユベーラは剣を抜いて、伸ばされた手を切り落とした。
「全員大人しくしろ!」
後ろの方では冒険者ギルドの人たちも地下に雪崩れ込んできている。
騒ぎが広がりつつある。
地下は牢獄のようになっていた。
鉄格子の向こうには鎖に繋がれた人が閉じ込められている。
奴隷なんてものを初めてだが、なかなか気分の悪いもんだ。
クリアスも顔を歪めている。
そっと背中に触れてやるとクリアスが俺を見る。
こんな状況では互いが互いを支えるしかない。
言葉もなく俺とクリアスは見つめあったまま一度頷く。
「チッ……冒険者ギルドだと!」
「奴らを止めろ!」
相手だっていつまでもぼんやりしてはいない。
剣を抜いて俺たちに襲いかかってくる奴も出始めた。
「‘クリアス!’」
「あぎゃっ!?」
後ろからクリアスを狙って切り掛かってきた奴がいた。
俺はクリアスを抱きかかえるように引き寄せると、切り掛かってきた男の顔面を逆に爪で切り裂く。
「あ、ありがとうございます……」
「‘俺の前にいろ’」
前にはボルスティがいてくれるので、後ろさえ気をつければいい。
「‘このニオイは……!’」
周りを警戒しながら最後尾をいく俺の鼻に不快なニオイが感じられた。
鳥クサイ、奇妙なニオイだ。
「ザイハンシはどこにいる!」
「はっ! 何のことかわからないな」
先の方ではユベーラと犯罪組織の男たちの衝突も起こっている。
「‘クリアス’」
「何ですか?」
「‘ザイハンシのやつはあっちだ’」
地下は一定間隔で壁に松明がかけられていて明るい。
しかしある通路には一切明かりがなく、暗くなっているところがあった。
「あっち……何ですね?」
クリアスは俺の意図を察してくれた。
「分かりました」
クリアスが前にいたボルスティに伝え、ボルスティが先頭のユベーラにピヨハンシの居場所を伝える。
「あっち……ベアラステ、こっちを頼む」
「あっ、そっちは!」
犯罪組織の相手をベアラステに任せて、ユベーラは暗い通路に向かう。
通路の先には牢屋はなく、扉が一つだけあった。
妙な緊張感。
ユベーラが扉に手をかける。
「‘うっ! 何だこれ!’」
「ラクさん、どうかしましたか?」
扉が少し開いて中から空気が漏れ出してきた。
あまりに強力なニオイに殴りつけられたように俺はふらついた。
「‘何のニオイだ……’」
思わず手で鼻を覆う。
クサイ。
濃い血のニオイ、何かが腐ったようなニオイ、目には見えていないが、まるで固形物のようなドロっとした空気が流れてきている。
「うぅ……何だこれ……」
これだけ匂えば普通の人にだって分かる。
悪臭にユベーラも顔をしかめている。
「何だ……もう次の時間か? 足りない……もっとだ……」
扉がゆっくりと開く。
俺たちの後ろからほんのりと届く光だけでは部屋の中を照らすのに足りない。
ただ暗闇の中に浮かぶ真っ赤な目はよく見えていた。
「何だ……お前ら、誰だ!」
真っ赤な目が先頭のユベーラを睨みつける。
俺が見られたわけじゃないのに背中がゾクリとするような冷たい感覚。
「いや、誰でもいい……この渇きを癒してくれるなら……人だろうと魔物だろうとかまわない」
ピヨハンシがゆらりと立ち上がる。
動かないでほしい、と俺は思う。
ピヨハンシが動くと部屋の中の空気が動いて悪臭が波のように襲いかかってくる。
「ミャルエスカ、明かりを」
「あ、ああ……」
異様な雰囲気にミャルエスカも押されている。
「……何という姿だ」
「半人半魔物というところか」
「‘人でも魔物でもなさそうだな。ただの化け物だ’」
ピヨハンシは酷い姿だった。
顔にはところどころ羽が生え、破れたシャツから見える右半身は羽毛に覆われたコカピヨスのような姿をしている。
左半身は人の姿。
けれども皮膚は怪しく黒ずんでいて、すごく気色の悪い感じになっていた。
とてもじゃないが、俺はあれを人とも魔物とも思えなかった。




