人か、魔物か2
「‘バケモンがさらにバケモンになったな’」
「うぅ……」
首のない裸の死体を前に、俺たちは重たい沈黙に包まれていた。
頭がどこにいったのかも分からない死体をこんなことにした犯人はピヨハンシだった。
ピヨハンシはさらなる変化を遂げた。
コカピヨスと合わさった直後は、羽毛に覆われた鳥のような体をしていた。
しかし羽毛が抜け始め、気づいたらピヨハンシの体は普通の人のものとなっていたのだ。
俺がブッ刺した傷は跡形もなく消えていた。
ただヘルンが潰した目だけは戻っていない。
「人間的な理性が戻ってきたようだな」
どうしてピヨハンシが男を殺したのか。
見られたから、ということもあるのかもしれない。
だがおそらく目的は服だろう。
ピヨハンシは男を殺して服を奪い取った。
裸であったことを嫌がっての行動で、魔物の意識よりは人の意識で動いていると推測できる。
「しかし、人の首を素手でねじ切るとはね……」
見た目通り死体には首がないのだが、それはピヨハンシがやった。
ピヨハンシは男の頭を鷲掴みにするとそのままひねってちぎり取ってしまった。
明らかに人間の力ではない。
「早く止めねばな。これ以上被害者を出すわけにはいかない」
服という目的があるにしても、最初の被害者が出てしまったことは間違いない。
幻影のピヨハンシにためらいなど微塵もなく、人を殺すことに何の感情もなさそうだった。
何かのきっかけがあれば大量殺人に発展してもおかしくなさそうだと俺も見ている。
「頭もなければ誰だか特定もできないな。申し訳ないが燃やして処理してしまおう」
死体の遺族を探してやるような時間はない。
しかしそのまま死体を放置して、魔物に食い荒らされるのも忍びない。
ユベーラは魔法で死体に火をつける。
「……ここまで来ると町が近いな」
燃える死体を背に俺たちは再びピヨハンシの幻影を追いかける。
被害に遭った人はかわいそうだが、全裸の幻影を追いかけることに少しの抵抗はあった。
服を着てくれて助かったという思いはある。
クリアスも少し気まずそうだった。
「こいつ、町に向かっているな」
ラグルドが険しい顔をする。
死体があったところから幻影を追いかけて進んでいくと、町が見えてきた。
ピヨハンシの幻影はそのまま町に向かっている。
もしかしたらもう大きな被害が出ているかもしれない。
そんな嫌な予感が頭をよぎる。
「大丈夫そう……ですけどね」
クリアスが目を凝らすようにして町の様子を確認している。
中規模程度の町は、いつも通りの風景といった感じで人の往来が見えている。
ピヨハンシが暴れた雰囲気はない。
「何にしても町に入られると厄介ね」
ミャルエスカが眉をひそめている。
大地の記憶は本人たちだけじゃなく、周りの人にも見えている。
加えて範囲内全てのものを再現してしまう。
町中に入ると往来の人全てが再現されて消費される魔力が爆増する。
さらにはそこらを歩く人が幻影を見てしまい、ちょっとした騒ぎになることだろう。
騒ぎになるのはユベーラたちとしても避けたい。
「ミャルエスカの魔力も心配だ。早めに休んで……」
「‘クリアス’」
「何ですか、ラクさん?」
町中に入ってきて、ミャルエスカは大地の記憶の発動を止めた。
今のところ町中に騒動の痕跡はなく、町中を歩く人は意外と多い。
ひとまず人の往来が減る夜に追跡を再開しようという話になっていた。
「‘少し俺に任せてくれないか?’」
しかし俺には秘密兵器があった。
「何ですか、それ?」
俺は手に持っていたデカい羽をクリアスに見せつける。
これは道中拾ったものだ。
「‘こいつはあの鳥野郎の羽だ’」
途中でピヨハンシの羽が抜け落ちた。
ほとんどは風に飛ばされて、俺たちが追いかけた時には無くなっていたのだけど、木に引っかかっているものを見つけて持ってきていた。
「まさか……ニオイで?」
どうにか意図を伝えたくて、俺は羽を軽く鼻に近づけてニオイを嗅ぐような仕草を見せる。
伝わったようでクリアスは驚いたような顔をする。
「どうかしたの?」
「ミャルエスカさん、もしかしたらですけど、追いかけられるかもしれません」
「本当?」
「ラクさんのお鼻ならニオイを追跡できるかもしれないんです」
コソコソと話す俺とクリアスに、ミャルエスカが気づいてくれた。
俺なら嗅覚でピヨハンシを追いかけられる。
クリアスは必死にそのことを説明してくれる。
「本当なのか?」
ミャルエスカがユベーラに視線を送る。
「た、たぶん、ですけど……」
クリアスは俺のことをチラリと見る。
言葉が通じない以上は意思疎通が完璧とは言えない。
それでも今回はちゃんと通じている。
「……少しやらせてみようか」
どうせ夜まで活動はできない。
それなら俺にやらせてみてもいいだろう。
「じゃあラクさん、お願いできますか?」
「‘よし’」
ダメでも夜になれば追いかけられる。
気楽に試してみればいい。
俺はピヨハンシの羽を鼻に当てて、魔力と意識を集中させる。
魔物と人が混ざったピヨハンシは、言いようもない独特のニオイがしている。
そのニオイは割と長いこと空気に痕跡を残す。
「‘持っといてくれ’」
「あ、はい」
俺はクリアスに羽を渡して、息を吐き出す。
そして胸いっぱいに空気を吸い込んでいく。
「‘あっちだ’」
ピヨハンシのニオイが町中に残っていることを俺の鼻が感じ取った。




