同じ目線の高さ2
「‘スキルは後で試すとして、今日は帰るか’」
色々と激動の一日だった。
ザイハンシには逃げられ、ヘルンはいなくなった。
戦いによる肉体的な疲労も精神的な疲労もある。
今の状態で何かを考えようとしても上手くいかないのは分かりきっている。
俺が少し前を歩いてやると、クリアスは大人しくついてくる。
合成は成功したものの、やはり空気は重い。
町中はいつもの同じような騒がしさが流れていく。
ヘルンがいようといまいと、変わらないのだ。
「おや、魔獣を合成したのかい?」
宿に入ると掃除をしていた女主人が俺のことを見る。
連日青年の冒険者を尾行していたので、宿にももう結構な日数泊まっている。
宿を経営してる夫婦ともすっかり顔見知りになっていた。
ただ俺はきっと知っているウルフとは違うものとして見られているのだろう。
「おめでとう。強そうになったじゃないか」
魔獣を合成したらとりあえず褒めておく。
これはこの世界の常識だ。
「ありがとう、ございます」
ただ今ばかりは素直に喜びきれないところがある。
クリアスはなんとか笑顔を浮かべている。
「またピンクの着けてるのかい。まあ、可愛らしくていいね」
俺がウルフの時と同じくピンクの布を身につけていることに、女主人は気がついた。
だからといって中身まで同じだとは思いもしないはずだ。
「今日はもうお休みなのかい?」
「ええ、ちょっと疲れちゃいまして」
「そうなのかい。じゃあ掃除も静かにするようにするよ」
常識に従って褒めただけで、女主人も悪い人ではない。
クリアスと俺は笑顔を浮かべる女主人にお礼を言って部屋に戻る。
「ふぅ……ちょっと疲れちゃいましたね」
クリアスはベッドに腰掛ける。
いつか別れは来るだろう。
俺はそう覚悟しているところはあったが、クリアスにとってはきっと突然の別れだった。
「‘少し寝ろ’」
俺はクリアスの頭を押してベッドに寝かせる。
寝ても何も変わらないが、少しぐらい落ち着く。
「‘クリアス?’」
「ラクさんはどこにもいかないでくださいね……」
布団をかけてやると、クリアスは俺の手を掴んだ。
やっぱり不安にはなっているようだ。
「‘俺は死なないし、どこにもいかないよ’」
俺はベッドに腰掛けて、クリアスの頭を撫でてやる。
四足歩行の時はこんな器用な真似できなかったが、今なら余裕である。
鋭い爪はあるので、クリアスを傷つけないように気をつける。
「ラクさんの手は……あったかいですね」
少しクリアスの目が眠たげにトロンとしてきた。
「ヘルンさんは……幸せだったでしょうか?」
「‘さあな。でも俺の目で見た時に、あいつは幸せそうだったよ’」
「……なんて言ってるか分かりませんね。でもラクさんは、ヘルンさんとお話ししてたんですよね」
俺が喉を鳴らして返事をしても、クリアスには分からない。
でも俺の目を見てクリアスは笑顔を浮かべる。
「そんな目をしているなら……きっと、悪くなかったんでしょうね」
俺の目から何かを感じ取ったのか、クリアスは笑顔を浮かべたまま目を閉じる。
やがて、クリアスはスースーと寝息を立て始めた。
「‘おやすみ’」
クリアスが眠りに落ちたことを確認して、俺はベッドから立ち上がる。
俺もちょっとは寝ようと思う。
そんなに動き回ったわけじゃないが、合成で体力使ったのか落ち着いてくると体の重たさを感じ始めていた。
ただその前にやることがある。
「‘ええと、この辺に’」
俺は荷物を漁る。
そして取り出したのは手鏡。
クリアスが朝に身だしなみを整えたりする時に使うものだ。
「‘顔はケモノか’」
鏡を使ってすることなんて、自分の姿を見ることしかない。
いまだに俺は俺がどんな感じになっているのか全貌をわかっていない。
まずは鏡で顔を映した。
ウルフの時とそんなに変わらない凛々しいケモノ顔をしている。
ほんの少しだけ人っぽくなった、とも言えるかもしれない。
相変わらず額にはツノが生えている。
「‘ワーウルフってやつか?’」
鏡の角度を変えて体も確認する。
なんとなく分かっていたが、全身に毛が生えていて俺は二足で立っている。
ただ骨格的には人よりもケモノに近そうな雰囲気がある。
「‘……尻尾も健在か’」
二足歩行になったが、人というより立ち上がる方向に適応したウルフという感じ。
いわゆるワーウルフという魔物が今の近い感じだった。
まあ、ウルフよりは強いかもしれない。
スキルは増えたし、なんとなく魔力も増えたような気もする。
「‘順調な感じはあるな’」
だいぶ人型に近づくことはできた。
辛い出来事も乗り越えて、俺は俺の目的に向かう。
「‘……なんだかベッドが小さく感じるな’」
これまではヘルンと一緒に寝ても大丈夫だったぐらいだけど、今は俺だけでいっぱいになってしまった。
目を閉じる。
今は寝ておこう。
次に起きた時には、また歩み出さねばならない。




