60話 姫山演舞 前談
六月末日、早朝。
元神山の下り口に三人の狩人が集い、軽食を取って居る。
三人の名は、桧山一狼。山本兵子。果夏鷹子。
かつては姫山サーカスと呼ばれる狩人協会所属の狩人だったが、今は姫山の亡霊達と呼ばれ、狩人教会から指名手配が掛かって居た。
「一狼君。そこのサンドイッチを取ってくれ」
「それじゃあ、そっちのおにぎりを下さい」
「ふむ、鷹子君はもう食事は良いのか?」
「大丈夫ガ」
各々が軽く会話を交わし、黙々と食事を取る。
これから始まるのは、家族を取り戻す為の狩人協会との戦い。
言ってしまえば、人間との殺し合いだ。
「兵子さん、衣装と怪物の調子はどうですか?」
俺が尋ねると、兵子は腰からサバサキを抜き取り、近くの木目掛けて振る。
一瞬の出来事。
兵子がサバサキを鞘に戻すと、木はゆっくりと音を立ててその場に倒れた。
「この木は戻って来た時に、キャンプファイヤーに使おう」
「そうですね」
「鷹子君は新衣装の様だな」
兵子が鷹子の方を見る。
鷹子は今まで万能ベストに迷彩服を着ていたが、今回は銀杏の葉がプリントされた、着物型の軽甲冑を装備していた。
「これが本来の私の衣装ガ」
「ふむ。そして、一狼君だが……」
自分を指名されて、ふっと鼻で笑う。
「最早君は何をしたいか分からないな」
そう言われた、俺の衣装。
上半身の白火俱槌のパーカーはそのままに、腰には雷鎚の万能ベルト。ズボンは脛の部分に満毛須の毛皮を取り付けて、防御力を上げている。
そして、一番の改造部分はパーカーのフード。
今までは未来の作った熊の顔が付いて居たのだが、それを外して元神村に保管してあった黒夜叉の頭を無理やり縫い付けた。
「いやあ、鷹尾さんが元神村の素材を使って良いって言ったので、自分なりに改造してみたんですよ」
「それは構わないが、見た目が完全に山賊だぞ?」
「まあ、全体的に能力は高いので」
「それはそうだろう。全素材を金額で示したら、恐らく数百万……」
「それは言わないでください」
兵子の言葉を遮り、無の心で聞き流す。
金額の事を考えると、全力で戦う事が出来なくなるからな。
「何にせよ、これが現時点での俺の最強衣装です」
「何と言うか……統一感があるようで全く無いな」
「そうですね。でも、どうやら俺はそう言う狩人のようなので」
それを言うと、兵子がフフッと笑う。
「まあ良い。今回の相手はそれでも役不足かもしれないからな」
その言葉を聞いて、周囲に緊張が走る。
果たして俺達は、狩人協会の精鋭狩人を倒して、家族を取り戻せるのだろうか。
「イチロー。緊張してるガ?」
「うん、緊張して居るし、申し訳なくも思ってる」
「ガ?」
「だって、俺の家族を取り戻す為の戦いに、二人を巻き込んでしまって居るから」
それを言った瞬間、鷹子が不機嫌そうな表情を見せる。
「イチローの家族は、私の家族ガ」
「え? は? それは……」
「そうだな。一狼君の家族は、私達の家族だ」
ああ、そう言う事でしたか。
突然の告白かと思って、ちょっとドキドキしましたよ。
「それよりもだ、私は一狼君に言って居なかった事があるんだが」
「はい?」
「実はな。私は先んだって、狩人協会に果たし状を出しておいたんだ」
平然と話し、黙々とサンドイッチを頬張る兵子。
そして、それを呆然と見詰める俺。
「……今何と?」
「狩人協会に、先んじて喧嘩を売って来た」
「何て事を……」
「いやな? 折角狩人同士が戦い合うのだ。これを大々的に公表して、更なる技術の向上をするのも一興だと思ってな」
兵子の言葉にうんざりした表情を見せる。
この人の発想は、本当に常人の斜め上を行って居るな。
「それで、どのような果たし状を書いたのですか?」
「ああ。これだ」
兵子が懐から紙を取り出し、俺に差し出して来る。
そこには、この様な内容が書いてあった。
『某日。我々元神村の狩人一同は、桧山一狼を大将として、姫山に攻め込みます。我々が勝てば、一狼の家族である二人を頂きます。負けた場合は、大人しく投降すると共に、我々が二層で集めた全武装を狩人協会に献上します』
全て読み終わった俺は、生きて来た中で一番大きなため息を吐いた。
「これって、果たし状じゃなくて、宣戦布告ですよね」
「うむ、戦争だ」
「元神村巻き込んでいるじゃないですか!!」
それを聞いた兵子が、お茶を飲んで豪快に笑った。
「いやあ、先日一狼君の家族の話を皆にしたらだな。一狼君の家族は最早我々の家族と同じだから、一枚かませ……祭りに参加させろと言われてな」
「隠すどころか祭りになってますよね!?」
「面白そうだから狩人協会にそのまま話を持って行ったら、あっさり受理されたよ」
「狩人協会よ!!」
「まあ、二層の素材は貴重だからな。渡りに船という訳だ」
嬉しそうに話す兵子に対して、俺も仕方なく苦笑いをする。
ずっと思って居たのだが、もののけの狩人と言う人種は、人生を面白おかしくするのが大好きなのか?
俺としては、ただ家族を取り戻せれば、それで良いと言うのに。
「そう言う事で、今回は元神村と姫神村の合戦だ」
「まるで戦国時代の様ですね」
「なあに。死人が出ても、お互いの村に戻されるだけだから大丈夫だ」
「確か、半落ちは山に取り込まれ安い筈なんですが」
「ふっ、姫山はこんな楽しい祭りで神隠しをするような山では無いよ」
じゃあどんな霊山だよ。
「まあ、そう言う事で、今の姫山には名だたる精鋭狩人が揃っているだろうな」
「最悪だ……最悪な事が起こってしまった」
「最悪では無いガ。むしろ最善ガ」
「え? どこが?」
「元神村の狩人は、皆半落ちだガ。人間が勝てる訳が無いのガ」
それを聞いて、俺の時間が一瞬止まる。
成程、確かにその通りですね。
「まさかの勝ち確か……」
「いや、一狼君が死んだ時点で我々の負けだぞ?」
「はい!?」
「果たし状を見ただろう? 一狼君が総大将だと」
そう言われれば、そんな事が書いてありましたね。
つまり、この村で一番弱いであろう俺が負ければ、この戦は負けると。
「よーし、一番後ろで待機して居よう」
「一狼君は総大将の器では無いな」
「俺は家族の為なら何でもしますよ」
「では、最前線に出て戦い、家族に自らの成長を見せるのが一番だろうな」
「ぐぬっ!」
それを言われると、何も言い返せない。
振り回され続けて来た人生の中で、家族だけはずっと俺の味方で居てくれた。
そんな家族に、恥ずかしい姿を見せる事は出来ない。
「……はあ」
全てを諦めて、大きくため息を吐く。
どちらにせよ、俺に逃げ場など最初から無い。
最初から最後まで全力で戦い、生き残る事だけが勝利の道だ。
「元神村狩人! 全員集合ガオ!」
後ろから声が聞こえて、ゆっくりと振り向く。
そこに居たのは、各々がフル装備に身を固めた、元神村の半落ち狩人達。
「相手は人間みたいだが、手は抜かないグル」
「久しぶりの祭りヴル。楽しみヴル」
「帰ったら酒盛りニャ」
獅子、虎、猫、豹……
どう考えても強いであろう半落ち達が、俺達の後ろにずらりと並んで居る。
これは、狩人協会にとって、良い実践訓練になるだろう。
まあ、ご愁傷様とも言えるのだが。
「それじゃあ……行きますか」
『オウ!!!!』
俺の気の抜けた掛け声と共に、皆が一層へと入って行く。
その背中を見ながら、小さく息を吐く三人。
彼らの意気込みに負けないように、俺達も精一杯頑張るとしよう。




