58話 帰って来たローグライカー
翌日。午後一時五分。
完全装備で二層の麓に立ち、兵子の事を待つ。
やがて、ゆっくりとした足取りで現れる兵子。
今回は前回の装備とは違い、小さなポーチを腰に付けていた。
「待たせてしまったか?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ、そうか」
最初の狩りと同じような会話。
しかし、今回は前回の狩りとは違い、万全の準備をしている。
後は、その万全の準備が満毛須に嵌るかどうか。
作戦の要は、長時間陽動をする俺の体力だ。
「カロリーブロックは用意したか?」
「はい。一応四箱分用意しました」
「良し。どれくらい追いかけられるかは分からない。少しでも隙が出来たのなら、定期的にブロックを食して体力を回復させる様に」
兵子の言葉に無言で頷く。
立之山では途中で体力を失い、危うく狩人協会に囚われてしまう所だった。
体のダメージは痛みで直ぐに判断出来るが、腹減りは腹が減るまで判断する事は出来ないので、小刻みに軽食を取る事にしよう。
「それでは、行くか」
「はい」
改めて装備を確認した後、兵子に並んで白いラインを越える。
次の瞬間、いつものように空間が歪み、岩と林に囲まれた風景が現れた。
「前回の風景と変わりませんね」
「うむ。どうやら今までに殺された者は居ない様だな」
それを聞いて、一つの疑問が思い浮かぶ。
「そう言えば、二層で人が死んでも、一層の風景は変わるんですか?」
「いや、一層と二層は、半落ち達が住む中層で別れている。それぞれの場所で死ない限り、風景が変更する事は無いよ」
「そうですか。それならば安心ですね」
この作戦は、先んじて俺が書いたマップの配置が、最重要になって来る。
そんな中で、一層で誰かが倒されて突然風景が変われば、作戦は台無しになってしまうだろう。
「さて、安心を手に入れた所で、再び死地に足を運ぶ事になるのだが」
「そうですね」
「一狼君。その腰に巻いているベルトは、もしかして……」
ベルトを眺める兵子に対して、小さく頷いて見せる。
俺が巻いている万能ベルトは、何と雷鎚の皮で作られた物だった。
「元神村の倉庫で埃を被って居た物を見つけて、お借りしました」
「ふむ、白火俱槌と適合しつつ、雷鎚の力で霊山を飛び回る訳だ。最早人智を越えた化物の所業だな」
「それを言ったら、今までの狩りで全て無傷の兵子さんも化物でしょう」
俺の言葉を聞いて、兵子がニヤリと笑う。
「化物コンビか。中々に面白いでは無いか」
「面白くは無いです」
「さしずめ、姫山の亡霊だな」
「そこはモンスターでは?」
成程、この人は言いたい事を言っているだけだな。
だけど、姫山の亡霊か。何か格好良いぞ。
兵子も気に入ったようだし、俺達のバディ名はそれにしておこう。
「それじゃあ、姫山の亡霊……やりますか」
「ふむ、そうだな」
兵子がふうと息を吐く。
「作戦開始だ」
爆音。
正面にあった木々が吹き飛び、土煙の中から現れる巨大な影。
第二層最初のもののけ、満毛須。
『ヴオァァァァァァ!!!!』
厚い体毛に包まれた茶色い獣が、獲物が戻って来たと嘶く。
その瞬間に兵子は左に走り、俺は正面に向かってジャンプした。
「成章!!」
ホルスターから成章を引き抜き、零距離から銃弾を撃ち込む。
頭に一撃食らい、憤怒する満毛須。
予定通り、最初の目標を俺に向ける事が出来た様だ。
『アアアアアア!!!!』
くるりと体を一回転させて、既に先を走って居る俺に向かって走り出す。
さあ、命懸けの追いかけっこを始めようじゃないか!
「まずはぁぁぁぁ!!!」
フードを被って白火俱槌と適合した後、近くにあった巨岩を掴む。
適合による筋力強化。軽々と空に浮かぶ巨岩。
俺はそれを横に振りかぶり、満毛須に向けて思い切り投げつけた。
『ヴォッ!!』
走りながら長い鼻を一振りする満毛須。
巨岩は満毛須の鼻に軽々と弾かれて、明後日の方向に飛んで行った。
(やっぱり効かないか)
圧倒的な体躯とずば抜けた筋力。
あの感じだと、満毛須に物理的な攻撃はほぼ効かないだろう。
「ならば……!」
雷鎚と適合して思い切り空に飛ぶ。
鳥のように空を裂く俺の体。
それを利用して木から木へと飛び移り、満毛須を左右に翻弄する。
『ヴァァァァァ!?』
俺に気を取られながら走って居た満毛須は、足元に生えている大爆発茸に気付かず、群生地に飛び込んで大爆発が起こった。
「まず一撃!」
一箱目のカロリーブロックをかじりながら、高速で山の奥へと姿を消す。
満毛須は少しの時間のたうち回って居たが、すぐに我を取り戻し、小さくなった俺の事を再び追いかけ始めようとする。
しかし。
「次は私の番だな」
一線。
俺を追いかけようとした満毛須は、兵子のサバサキで四肢を傷付けられて、再びその場に膝を付いてしまった。
「貴様の皮は確かに厚い。しかし、動きに合わせて的確に急所を突けば、膝を付かせる事くらいは出来るさ」
ふっと笑い、兵子が走り出す。
満毛須は直ぐに立ち上がって鼻を鳴らすと、素早く体を切り返して、兵子に向かって全速力で突っ込んで行った。
「流石に速いな!」
数十メートルの逃走の後、簡単に差を詰められる兵子。
体から直線に伸びた満毛須の牙が、兵子の背中を的確にとらえる。
しかし、それを簡単に許すほど、俺達の連携は甘く無かった。
「ほいと」
その言葉と共に空に舞うのは、雷鎚と敵適合した俺。
死角から通常の成章を取り出して、背中に向けてぽとりと成章を落とす。
次の瞬間、成章は満毛須の背中にめり込み、その重量で満毛須が横向きにひっくり返った。
「兵子さん!」
「うむ!」
すかさず兵子がサバサキを抜き、二本の牙を切り裂く。
少しの間を置いて、牙はドスりと音を立ててその場に削げ落ち、満毛須がゆっくりと立ち上がって咆哮した。
「順調だな」
「そうですね」
敵の戦闘力を調べ、機動力を奪い、攻撃手段を削る。
対複数戦では時間が掛かり過ぎて出来ない事も、相手が単体で有れば時間を掛けて行う事が出来る。
後は油断せずに満毛須の体力を削って行けば、いずれは勝てるはずだ。
「これで、後は例のポイントにおびき寄せれば……」
そう思った、次の瞬間だった。
突然景色がグニャリと動き、見て居た景色ががらりと変わる。
忽然と姿を消した満毛須。
想定外の出来事が起こり、俺の額から汗が零れ落ちる。
「これは……不味いな」
「うむ、満毛須を見失ってしまった」
恐らく二層で誰かが死に、地形が変わったのだろう。
兵子が横に残ってくれたのは幸いではあったが、これでは止めを刺す様の罠の場所が分からない。
「今回の霊山は、我々の味方では無いようだな」
「そうですね。でも……」
まだ終わった訳では無い。
俺はフードを被り、もののけとの適合を全開にする。
「俺が最後の罠の位置を探ります。兵子さんは満毛須の足止め、良いですか」
「大丈夫だが、私にも限界があるぞ」
「何分頂けますか?」
「そうだな……」
兵子が顎に手を置いて考える。
そして。
「五分だな」
言った瞬間、目の前の林がバラバラに砕かれて、満毛須が勢い良く現れた。
「一狼君! 頼むぞ!」
「了解です!」
満毛須に切り込んで行く兵子を尻目に、全速力で林の中を飛び回る。
北、西、東……。
一定の距離を保ちながら飛び回ってみたが、肝心の罠が見つからない。
「くそっ!」
これ以上兵子から離れてしまうと、五分以内に戻る事が出来ない。
それとも、罠は既に五分以上かかる場所まで離れてしまったのか?
(……いや、必ずある!)
霊山の気候は気まぐれだが、誰か一人だけに恩恵を与えない。
平等では無いが、無慈悲でも無い。
俺達が満毛須を倒す為に必死になって居れば、霊山は俺達にもチャンスを与えてくれている筈だ。
(……まさか)
今までの霊山の変化を考えて、罠がありそうな場所を思い付く。
しかし、これは一つの賭けだ。
この場所に無かったら、この狩猟で満毛須を狩る事は出来ずに、最悪試験にも落ちてしまうかもしれない。
だけど、そんな意地悪な場所だからこそ、そこにある可能性は高い。
「兵子さん!」
満毛須と戦って居る兵子の上を飛びながら、罠のある方を指差す。
兵子は一瞬だけ迷ったが、直ぐに俺が何を言いたい悟り、満毛須の足の下に滑り込んだ。
「こっちだ!」
赤色成章を鼻先にぶち込み、満毛須の意識をこちらに向ける。
空に向かって咆哮した後、俺に向かって突進を始める満毛須。
兵子が足を重点的に狙ってくれていた為、突進の速度が落ちて居る。
これならば……!
「おおおおおおお!!」
雪の積もる平地を全力で走る俺。
脇目も振らずに全速力で突っ込んで来る満毛須。
そして。
『ヴォオオオオアアアアッ!!!』
ある一定の場所に辿り着いた途端、身をよじって悲鳴を上げる。
最後の罠。それは、百芽から生えた超硬度の刃。
実験をして居ないので強度に不安こそあったが、芽から生えた刃は見事に満毛須の体を貫き、満毛須はそのまま地面へと倒れた。
(殺った……のか?)
バッドフラグ。
いつもの状況だと、満毛須が最後の力を振り絞って立ち上がる。
そう思って、咄嗟に成章を呼び出したのだが。
「ふん、流石に心臓が遠いな」
満毛須の影からゆっくりと現れたのは、一人の女性。
サバサキを右手に携えた、山本兵子。
「とどめを刺すまでは、絶対に気を抜かない。狩りの基本だ」
「……その様ですね」
「とは言え、我々はチームで満毛須を狩る事に成功した。これからは、私と君は先生と生徒では無く、正当なバディだ」
サバサキを鞘に納めて、兵子がにこりと微笑む。
行き当たりばったりでは無く、きちんと目標を決めて行った狩猟。
本当の意味で『狩り』を成功させたのは、これが初めてだ。
(……やっとか)
目から零れ落ちそうになった雫を拭い、ゆっくりと空を見上げる。
木々の影から見えるのは、燦々と輝く太陽。
それを見ながら、今の気持ちを忘れないように、深く心に刻み込む。
(さあ、始めよう)
与えられた環境での狩りは、これでお終いだ。
俺は自分の意思で狩りを選び、自分のやるべき事を成す。
まずは狩り免許の再取得を喜び、次の狩猟に備えるとしよう。




