56話 霊山の重戦車
十センチほど積もった雪をゆっくりと踏みしめながら、兵子と二人で二層の奥へと足を進める。
初めての階層なので、いつもより罠に注意して進んで居たのだが、雪のせいで足元の罠が見えにくい事以外は、一層とあまり変わらない。
明らかに違う所と言えば、周囲に居るもののけの数だ。
今は気候が冬だと言うのに、近くの木々の上には小さなもののけが何匹も居て、俺達の事を監視しているかの様だった。
「もののけの総数は多いですけど、攻撃はして来ないんですね」
「うむ、二層のもののけ達は、一層のもののけよりも神経が過敏だ。相手と自分の力を見極めて、勝てないと見たら襲って来ない」
「それは、大型のもののけもそうなんですか?」
「そうだな」
こちらが相当強ければ、もののけに襲われる事が無くなると言う事か。
まあ、どちらにせよ俺は弱いので、どんなもののけでも襲い掛かってくる可能性が十分に有る。
今は様子見をされて居る様だが、気を付けて行動する事にしよう。
「そう言えば、兵子さん」
「何だ?」
「満毛須を見た事があると言って居ましたが、どんな形をして居るんですか?」
「ああ、それはな……」
兵子がニヤリと微笑む。
今までにも様々なもののけと出会ってきたが、今回は二層の大型のもののけだ。名前こそ聞いた事がある感じだが、きっとそれ以上の化け物に違いない……
「皆が知って居るマンモスだな」
「そのままかい」
「それはそうだろう。名前はその風貌から付けられるのだから」
それはごもっとも。
しかし、今まで神や妖怪の名を冠していたもののけが、ここに来て普通の動物の名前になったのだ。拍子抜けするのは仕方の無い事だ。
「そうなると、やはり昔の様に、石槍で戦うべきですかね」
「一狼君、君はたまに狂気じみた事を言うよな」
「冗談ですよ。でも、満毛須って言われると、何と言うか……」
流石にそこまで強くないのでは無いか。
そんな事を考えていた最中、小刻みに地面が揺れ始める。
「……来てますね」
「うむ、来て居るな」
振動が少しずつ大きく鳴り、辺りに居たもののけが逃げ始める。
それと同時に、彼方に見え始める満毛須らしき影。
「兵子さん。大きくないですか?」
「ん? 大きいぞ。普通の象くらいはある」
それはとても大きいな。
と言うか、何かおかしく無いか?
「あの、何か真っ直ぐこっちに向かって来てませんんか?」
「そうだな。満毛須が歩く場所は、木が避けるからな」
「木が……避ける?」
確かに、満毛須は真っ直ぐこっちに向かって来ているが、障害物に引っ掛かって居ない。
どんどん大きく鳴る満毛須の影。
そして、遂に俺達の目の前に来た時。
『ヴオオオォォォ!!!!!』
耳が張り裂けんほどの咆哮と共に、俺達目掛けて突っ込んで来た。
「おおっ!?」
全力ジャンプで満毛須の突進を交わして、満毛須を改めて観察する。
見た目はお馴染みの象に茶色い毛が生えた形。違う所は角が真っ直ぐ前に伸びていて、突撃槍のようになっている所か。
「一狼君!」
「はい!」
死角から赤色成章を取り出して、Uターンして来た満毛須に向ける。
まるで避けるそぶりも見せない満毛須。
俺はふっと息を止めた後、正面から向かってくる満毛須の額に、赤色成章の爆破弾丸を打ち込んだ。
(当たった!!)
爆風が巻き起こる中で、俺は静かに沸き立つ。
実は、適合して居ない状態でもののけに銃弾を当てたのは、初めてだった。
「兵子さん! ついに! ついにもののけに弾が当たりました!!」
「ふむ、まさか三ヶ月も掛かるとは思って居なかったよ」
「良し! これで俺も成章を持つ資格が……!」
そんな、沸き立つ俺の横。
風に払われた煙の中からゆっくりと現れる、満毛須の鼻先。
露わになったその姿、全くの無傷。
「またこれかい!」
満毛須が再び突進を初めて、俺達は全力でそれを避ける。
「いきなり最高火力の弾が効かなかったんですけど!!」
「満毛須の皮は厚いからな。効かないのも仕方が無い」
「仕方が無いって……!」
突進、突進、突進。
何度もUターンして攻撃を繰り返して来る満毛須。
単調な直進のみなので、何とか避ける事は出来て居るが、避けるのに必死で攻撃を加える事が出来ない。
「こうなったら! アイツが疲れるのを待って……!」
「満毛須のスタミナはほぼ無限だ」
「それなら、兵子さんのサバサキで……!」
「先程からカウンターで切って居るのだが、皮膚が暑すぎて致命傷にならない」
「で、では、俺の鉄槌成章でカウンターを……」
「君にギリギリで交わして攻撃する技量があるのか?」
それは、出来ませんね。
困ったな。戦いは始まったばかりだと言うのに、既に若干詰んでいるぞ?
と言うか、もののけと戦う時って、いつもそんな感じだな。
「取り敢えず、一度避難するぞ」
そう言って、兵子が手に持って居た手榴弾を投げる。
爆破と同時に現れる大量の紫煙。
どうやらスモークグレネードの様だ。
「臭い付きのスモークグレネードだ。これで臭いでも負えなくなる」
「ど、何処に逃げましょうか」
「元神村だな。あそこまで行けば人数が居る。余程の事が無い限り、村に攻め入って来る事は無いはずだ」
そう言われて、全力で走り始める。
山の出口までは、おおよそで四百メートル位。
上手く足止めできれば、難なく切り抜けられそうな距離ではあるのだが。
「ふむ、復活した様だな」
紫煙をかき分けて、満毛須が現れる。
それと同時に咆哮。
どうやら、怒りが頂点に達した様だ。
「一狼君! とにかく走れ!」
「既に全力で走ってます!」
人類の世界最速はおおよそ四十五キロ。それに対して、象の全速力も四十五キロくらい。
しかし、相手は象では無く、もののけだ。
当然の如く、みるみるうちに互いの距離が近付いて来る。
「兵子さん! こっちです!」
「うむ!」
正規の道は不利と判断して、罠の多い獣道へと入る。
あの体躯であれば、木々や罠が邪魔をして、走る速度が落ちるはずだ。
「……あ」
そう思ったのだが。
満毛須が走る場所は木が避けて行くと言う事を、すっかり忘れていた。
「これは……悪手だったな」
「そんな事を言ってる場合じゃないですよ!」
「しかし、もう満毛須はすぐそこまで来ている」
マンモスとの距離は二十メートル程。
このままだと、あと三秒もすれば、俺達はアイツに吹き飛ばされてしまうだろう。
そう言えば、ここで死んだらどうなるか聞いて居ないが、俺は姫山と立之山、どちらに放り出されるのだろうか。
どちらにせよ、死んだ時点で狩人協会に拘束されるのは確定だ。
(これは、流石に……!)
詰んだ。
そう思いながら、怪しいキノコの罠を避けた、その時だった。
「!?」
後ろから物凄い爆発が発生して、俺と兵子が背中から吹き飛ぶ。
咄嗟の事で受け身が取れずに、背中から落ちる俺。
衣装のおかげで軽傷で済んだが、この規模の爆発を受けたら、兵子がただで済むはずが無い。
「兵子さん!」
「ふむ、驚いたな」
「無傷!?」
「爆風に合わせて飛び、衝撃を抑えた。君も覚えておくと良い」
覚えても無理ですから。
しかし、先程の爆風のおかげで、満毛須との距離も大きく開いた。
肝心の満毛須も突然の爆破で混乱して、こちらを追えずに居る。
今回で狩猟する事は出来なかったが、逃げ切ることは出来るだろう。
「流石は二層のもののけだな。簡単には殺れん」
「殺れんと言うか、既に詰んで居るんですけど」
「そうでも無いさ。少なくとも、先程の罠で足止めは出来ただろう?」
それは、確かにその通り。
見た事の無い茸の罠だったが、一層で見た爆発茸の上位互換だろうか。
もし一層の罠がグレードアップして存在するのなら、それらを上手く利用すれば、満毛須も狩猟出来るかもしれない。
「そうなると、元神村に戻って情報収集ですね」
「そうだな。半落ちの人々は、狩人協会の人間よりも霊山の事に詳しい。情報を集めて、再び満毛須に挑むとしよう」
その兵子の提案に頷き、俺達はそのまま山を下り続けて二層を後にした。




