55話 二層の狩人になる為に
二層に続く山の麓にある切り株に座り、ゆっくりと山頂を見上げる。
今日の天気は晴れ。山頂の一本松が良く見える。
お気に入りの景色を眺めていると、頭を叩かれたので、ゆっくりと振り向く。
そこに居たのは、完全装備の山本兵子。
いつもであれば先生と生徒の間柄なのだが、人間側の狩猟免許をはく奪されたので、今日からはバディと言う間柄になるらしい。
「ふむ、少し待たせたか」
俺の前で腕を組み、ゆっくりと山を見上げる兵子。
いつものように真剣な表情をして居るが、その奥に無邪気な子供のようなワクワク感が見え隠れしている。
一層で狩りをして居た時はそんな事は無かったので、もしかして緊張して居るのかもしれないと思い、山に入る前に少し話をする事にした。
「兵子さん、二層での狩りはした事があるんですか?」
「うむ、狩人協会からの依頼で何度かこなした事はあるが、個人的に狩りをするのはこれが初めてだ」
「教師だったのに、初めてなんですか?」
「ああ、二層で狩りをするには色々と条件があってな。それらの条件が揃わない限り、狩人が二層で狩りをする事は無い」
「そう言えば、専用の免許が必要なんですよね」
兵子がコクリと頷く。
「しかし、例え免許があっても、普通の狩人は二層には来ないだろうな」
「どうしてですか?」
「理由は大きく二つある。一つは、二層に入る前に、半落ち達から逐一許可を得なければいけない事。もう一つは、単純に二層の攻略が難しい事だ」
それを聞いて、顔を引きつらせてしまう。
今までに色々なイベントが起こったが、それでも俺は、まだ狩人として二ヶ月ほどしか活動して居ない。
詰まる所、半人前だ。
そんな状態で遂にここまで来てしまったかと思ったが、来てしまったものは仕方の無い事なので、俺は覚悟を決めて狩りに臨む事にした。
「それでは、一狼君。準備は良いかね」
「はい、大丈夫です」
「では、行くぞ」
お互いに小さく頷き、山の境界線である白いラインを飛び越える。
一層と同じように変わって行く景色。
しかし、やはり二層の変化は、一層の変化とは段違いの変わり方だった。
「兵子さん!!」
「うむ!」
吹き荒れる強風の中で、お互いに大声で声を交わす。
風景は岩と樹木に囲まれた草原。時間は昼間。
そして、天気は……雪だ。
「一狼君! 雪だ! 雪だぞ!!」
「雪ですね!」
「私は南方出身でな! ここまでの雪を見るのは初めてだ!!」
大声で叫びながら兵子が子供のようにはしゃぐ。
それに対して、俺は素直に喜ぶ事が出来ない。
この状況で狩りをするのは、相当に大変だからだ。
「一狼君! かまくらを作ろう!」
「何でかまくら!?」
「ベースキャンプだ! 一時退避だ!」
確かに、この状況では話すらまともにする事が出来ない。
俺達は全力で雪を集めると、お互いに集めた雪をくっつけてかまくらを作り、その中へと全速力で飛び込んだ。
「……ふう」
やれやれとかまくらの端に座ると、兵子がLEDランプを取り出して、鎌倉の中央に置く。
サイズの小さいランプだったので、かまくら全体が薄暗かったが、それでもお互いの顔くらいは見る事が出来た。
「とんでもない天気だったな」
「そうですね。まさか二層での初の仕事が、かまくら作りだとは思いませんでした」
「しかも、一狼君は適合まで使っていたな」
「使わないと寒くて死ぬんですよ」
俺は白火俱槌との適合で体を温めていたが、兵子にそれらしい能力は無く、衣装の防寒のみでかまくらを作って居た。
それでも見た目が元気な所は、流石は熟練狩人と言った所か。
「そう言えば、一狼君」
「何でしょうか」
「私は寒くて死にそうなんだが、どうすれば良いだろうか」
「やっぱりそうですよね!」
俺のツッコミに対して、にこりと笑う兵子。
体が完全に冷えて震えが始まって居ると言うのに、相変らず顔は無邪気なままだ。
もしかして、この状況を楽しんで居るのか?
「一狼君」
「何でしょうか」
「君の適合で体を温めて欲しいのだが」
「蒼炎成章ですか? 使えばかまくらが一瞬で溶けますが」
「そうじゃなくてだな」
そう言うと、兵子が一瞬で間合いを詰め、俺のフードを降ろす。
前が見えなくなる俺。
次の瞬間。俺の胸にどさりと人の体がもたれかかって来た。
「うむ。みるみるうちに、濡れた衣装が渇いて行く」
「あ、あの……兵子さん」
「まあ、良いでは無いか。服が乾くまでだ」
フフッと笑う兵子。
俺は一度大きく息を吐くと、フードを深く被り、体から出ている蒼炎の温度調節に意識を集中させた。
兵子の体を乾かし始めて、およそ五分。
先程まで吹雪いて居た雪も少しずつ収まり、入り口の先がほんのりと見え始めている。
そんな中で、生乾きの軍服を着ていた兵子が再び口を開いた。
「とても……楽しいな」
天井を見上げる兵子。
「二十歳で教師になり、今までずっと人に教える日々を送って居た。そのしがらみから解放されて、今君と狩りに出られるのが、とても楽しい」
顔をゆっくりと動かし、俺の右肩にもたれかかる。
その瞬間、女性特有の甘い香りがフワリと漂い、思わず視線を逸らした。
「そう言えば、一狼君は私の事を、一度も先生と呼んだ事が無いな」
「そ、そうですね」
「どうしてだ? 何故先生と呼ばない?」
「それは、春子さんに名前呼びを強制されてるからです」
それを聞いた兵子がふっと笑う。
「成程、春子さんの命令か。それなら逆らえまい」
「それもありますが、名前呼びだと名称よりも個人を強調出来るから、俺もそうしようと決めて居るんです」
「それでは、下界の生活が大変では無かったか?」
「大変でしたけど、譲る気は有りませんでした」
「ふふ、やはり君は、頑固な性格なのだな」
兵子が再び天井を見上げる。
「だが、私は嬉しかったぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。私は先生などでは無く、狩人として生活したかった。そして、一狼君が来てからは、まさにそのような生活を送る事が出来たからな」
言った後、兵子がゆっくりと立ち上がる。
どうやら衣装が完全に乾いたようだ。
「そして今は、君と一緒に本当の狩人となって居る」
背中で語り、かまくらから出る兵子。
それに続いて、俺もかまくらから外に出る。
「本当に……最高だ」
雪は既に止み、気持ちの良い日差しが辺りに差し込む。
吹雪時々晴れ。
二層の天候変化は、日常に比べて異常に速いようだ。
「さて、一狼君。改めて準備は良いかね」
「大丈夫です」
「うむ。では行こうか」
兵子がゆっくりと歩き出す。
それに少し遅れて、俺も兵子の後ろを歩き始めた。
「一狼君。今回狩るもののけを覚えているか?」
「はい。満毛須ですよね」
「そうだ。まさか、真神を負傷させた相手を狩る事になるとはな」
周囲に注意しながら、ゆっくりと進んで行く兵子。
「狩人になる為の試験とは言え、これは中々に骨が折れるぞ」
「兵子さん、満毛須の事を知って居るんですか?」
「ああ、三年前に他山で一層に降りて来た事があってな。その時に私も招集されて、戦った事がある」
「その時は、狩る事が出来たんですか?」
「いや、部隊が半壊して、満毛須も二層に逃げた」
それを聞いて、いつもの苦笑いを見せてしまう。
「……それって、勿論精鋭揃いで挑んだんですよね?」
「そうだな。色々と試したのだが、傷一つ付けられなかった」
「それはつまり、とんでもなく強いと言う事ですよね」
「そうだな」
簡単に肯定されたので、大きなため息が出てしまう。
「もしかして、端から試験に合格させる気が無いんですかね」
「それは無いだろう。鷹尾さんの話では、頑張って作戦を立てれば、何とか勝てる相手だと言っていたからな」
「頑張れば……ですか」
そのニュアンスからは、明らかに普通では勝てない香りが漂っている。
しかし、俺達は半落ちでは無く人間だ。元々ポテンシャルに差がある事を考えると、それくらい出来なければ、半落ち達の狩人は務まらないのかもしれない。
「狩人協会の時とは難易度が違い過ぎますね」
「そうだな。とても楽しみだ」
「楽しみ……ですか」
子供のような無邪気な背中を見て、俺も小さく笑ってしまう。
狩人になって三ヶ月。俺が臨む狩猟の難易度は、異常な速度で上昇を続けている。
これは、俺の不運なのか。それとも、霊山がその様に俺を導いて居るのか。
何にせよ、俺は目の前の出来事を全力でこなす事にしよう。




