53話 命懸けの腕相撲をしようぜ
半落ちの人間達が住む村、元神村。
見た目こそ昔の農村だが、良く見ると所々にもののけ素材が使われていて、部分的に下界の生活より水準が高い。
例えば、畑に水を撒くスプリンクラー。
下界では電気を使って貯水タンクから水を汲み上げて撒くが、ここではもののけの植物を使って地下水をそのまま汲み上げて撒いて居る。
自然を利用した日常生活。
霊山にあるからこその生活ではあるが、特に不便も無く空気も美味しいので、俺はこの場所が気に入ってしまった。
(ああ……やっぱり良いなあ)
畑の柵に両腕を置きながら、遠目に見える山頂を見詰める。
雲一つ無く、綺麗に見える一本桜。
昨日滞在の許可を得てから何度も見ていたが、昼過ぎになってもその光景を見飽きる事は無かった。
「イチロー」
名を呼ばれてゆっくりと振り返る。
そこに居たのは、いつもの狩り衣装では無く、白いワンピースを着た鷹子だった。
「どうガ? この村は?」
「うん、凄く良い場所だ。一生ここに居たいくらいだよ」
「ガッ!?」
鷹子の顔が真っ赤に染まる。
「わ、私はそう言うのは良く分からないガ! ワシの父は歴代最強の狩人と言われていて! イチローが戦っても……!」
「成程、勝てないのか」
「む、無理ガ……普通の人間では、父には絶対勝てないガ……」
逆立って居た鷹子の髪がしぼんで行く。
正直、鷹子と仲良くなるのはやぶさかでは無いのだが、下手に仲良くなるとあの父親に殺されるらしいので、今戦いを挑むのは止めておこう。
それよりも、気になるのは姫山に戻った兵子の動向だ。
(報告……ねえ)
昨日の鷹尾との会話を思い出して、小さくため息を吐く。
実は、あの後にもか専のマイページを開いて見たのだが、しっかりと立之山の件が記載されていて、コメントでも既に敵認識されていた。
そして、俺と一緒に居た兵子も、当然の様に敵認識されていた。
それはあくまでもコメントでの敵対なので、正式に狩人の敵になった訳では無いのだが、今までの経緯を考えれば、必ず何かしらの報復はあるだろう。
果たして、兵子は無事にここに戻って来られるのか。
「おうす、お前がイチローガオ?」
そんな事を考えていた時だった。
「お前、随分と鷹子と仲が良いグルなあ? 貧弱な人間の分際で」
振り向いた先には、半落ちの男が三人。
虎、熊、ライオン。明らかにパワーのある三銃士だ。
「ちょっとツラ貸せマ」
そう言われながら、ゆっくりと囲まれる。
身長は二メートル以上。服装は狩人のベストを着ているので、農業者では無く狩人だろう。腕の太さも俺の倍以上はあり、彼等が腕を振れば俺の頭など簡単にどこかに飛んで行きそうだった。
「トラジ、クマオ、ライガ。イチローに何する気ガ」
「あん? 鷹尾さんから話を聞いてな。どんな奴か見に来たんだガオ」
「お前達に見せるイチローなんて無いガ」
そう言って、鷹子が俺の腕を引き、その場から去ろうとする。
しかし、その圧倒的な肉の包囲網から逃れる事は出来なかった。
「退くのガ」
「いんや、退かねえ。イチローの力を試すまではマ」
「力? 人間と力比べをしたいのガ?」
「ああそうだ。力比べガル」
虎の半落ちがゴリゴリと指を鳴らす。
圧倒的な力の差を感じるのだが、三人の語尾が妙にアニメチックなので、少しだけ和んでしまうな。
もしかして、半落ちは思ったより楽しい人達なのか?
「マァァァァァ!!!!」
突然熊の半落ちが叫び、近くにあった巨大な岩を森の外に投げ飛ばす。
軽く見積もって、岩の重量は五百キロ以上。
やはり半落ちは、下界の人間とはスペック自体が違う様だ。
「そう言う事で、勝負マ」
「無理です駄目です絶対死にます」
「ああ? お前それでも漢ガオ?」
「時には引くのも漢として当然の行為だと」
「はっ、お前の鷹子に対する気持ちは、そんなもんなのかグル」
その言葉で、やっと気が付く。
どうやらこの三人は、鷹子に好意を持って居る様だ。
「鷹子は気高くて強い女マ。お前にはつり合わないマ」
「鷹子は俊敏で料理上手グル。お前では持て余すグル」
「鷹子はエッチな体してるガオ。お前では太刀打ち出来ない……」
「おい三人目」
俺のツッコミを受けて我に返る三人。
当の鷹子は俺の横で顔を真っ赤にして俯いて居る。
つまり、こういう事か。
「あなた方三人は、俺が鷹子さんと仲良くして居て、気に入らないと」
『その通り』
「何と言うか……どの時代の不良だよ」
三人を見ながら小さくため息を吐く。
しかし、こんな風にストレートに感情を向けられるのは、嫌いでは無い。
まだ下界に住んで居た頃は、陰湿な罵倒や虐めの方が圧倒的に多かったからな。
「そう言う事で、お前の事を半殺しガオ」
「いやいや、そう言う物騒なのは止めましょうよ」
「欲しい物は力で奪う。これが、この村の掟グル」
「物騒な村だなあ」
そう言いつつ、本当なのかと鷹子に視線を送る。
何も言わずに微笑む鷹子。
どうやら、あながち嘘では無いらしい。
「それじゃあ、殺し合いは危険なので、腕相撲でどうですか?」
「殺し合いの方が簡単マ」
「まあ、そう言わずに。すぐそこに丁度良くテーブルもありますし」
「ふん。まあ、お前は唯の人間ガオ。それで勘弁してやるガオ」
フンと鼻を鳴らし、三人が机の方へと向かって行く。
どうやら殺し合いは回避した様だが、現時点で両腕がバラバラになるのは、確定したようなものだ。
さて、これから両腕無しで、どうやって生活を送ろうか。
「イ、イチロー……」
「ああ。大丈夫だよ。腕が使えなくても生活は出来るから」
「負け確定ガ!?」
「いや、負けるよ? 必ず負ける。腕が無くなる」
「じゃあ、何でやるのガ!」
何でやるのかって?
その答えは簡単だ。
「これからも、鷹子さんと仲良くしたいから」
それを言った途端、鷹子が顔を赤くして視線を落とす。
本来であれば危険な事は回避すべきなのだろうが、こういう相手には真っ向勝負した方が手っ取り早い。
これからの生活に関しては、腕が無くなってから考えよう。
「それじゃあ、最初は誰ですか?」
テーブルの端に立ち、対戦相手を待つ。
最初に現れたのは、熊の半落ちのクマオだった。
「オレサマ、オマエ、マルカジリ」
「そう言うの。どこで覚えて来るんですか?」
「ネットサーフィンだマ」
「成程。エスプリが効いて居る」
熊がサーフィンするなや。
とにかく、第一回戦だ。
いつの間にか村中の人間が集まっている気がするが、気のせいにしておこう。
「それでは! レディー……!!」
審判の犬半落ちが右手を高らかに上げる。
そして。
「ゴゥッ!」
ゴング。
と、同時に瞬殺。
俺は左手をテーブルに思い切り叩き付けられて、その反動で体が一回転した。
『ウオオオオオオオ!!!!』
盛り上がる半落ち達。
掌が痛くてまともに立てない俺。
この光景は、ある意味で公開処刑の様だな。
「イチロー!」
悲しそうな表情で近付いて来る鷹子。
俺は彼女に支えられる前に立ち上がり、打ち付けた手を軽く振る。
「いやあ、凄い力だった。白火俱槌の手甲が無ければ骨粉砕だったなあ」
「反応が軽いガ!?」
「まあ、覚悟してますから」
そう言って、再び机の前に立つ。
次に現れたのは、虎半落ちのトラジ。
「お前の腕を引き千切るグル」
「やる前からそう言うの止めて下さい」
対戦。
左手を内側に思い切り引かれて、反対側にあった畑まで吹き飛ぶ。
それを見た半落ち達は、腹を抱えて盛大に笑い合った。
「イチロー!」
「あ、うん、凄い力だった。白火俱槌の毛皮が無ければ……」
「もうやめるのガ!」
その言葉を聞いて、俺は首を傾げる。
「……何で?」
「腕相撲で勝った所で、ワシとイチローの関係は変わらないガ」
「そんな事は知ってるよ」
目を丸める鷹子。
「じゃあ、何で……」
「三人とも本気だったから。茶化す訳には行かないだろ」
最初に会った時からずっと感じていた。
彼らは新参者を茶化す訳でも無く、本気で鷹子の事を心配していた。
だからこそ、俺は体一つで、本気で彼らのやる事に答えているんだ。
「ガオ。最後は俺ガオ」
机の前に立つライオンの半落ち、ライガ。
彼は他の二人より一回り体つきが大きい。
恐らく、この中でも一番の強者だろう。
「何か言い残す事はあるガオ?」
「そうですね……多分これが最後なんで、全力を尽くしたいと思います」
「ふん、それじゃあまるで、今まで全力じゃ無かったみたいガオ……」
話の途中でライガが気付く。
俺の体から放たれて居るのは、青白い炎。
どうやら、周りに居る全員も気が付いたようだ。
「オ、オマエ、その衣装……」
「まあ、両腕吹き飛ぶ覚悟はして居たんですが、衣装の元であるシロが、それを許してくれないみたいなので」
ふうと息を吐き、コミカルな熊のフードを被る。
白火俱槌適合。
これで、俺はもうこいつ等には負けないだろう。
「卑怯だとは言わないでくださいよ。俺だって、鷹子さんと仲良くしたいんで」
「む、むむ……」
「では……」
ゴング。
と、同時に瞬殺。
ライガの腕はテーブルを叩き割り、その反動で三回転して地面に崩れ落ちた。
『ヴォラァァァァァァ!!!!』
近くにある策に上がり、左腕を振り上げる。
高揚が頂点に達して始まる乱闘騒ぎ。
それに加わり、右に左に半落ちどもをバッタバッタとなぎ倒す俺。
(平和が一番!!)
これは所詮村の喧嘩だ。狩りの様に生死を掛けたものでは無い(と、思う)。
それに、こうやって体を動かして居れば、嫌な事も忘れられる。
今はこの村に順応して、来るべき日に備える事にしよう。




