52話 新しい朝が来た
窓から差し込む光に誘われて、ゆっくりと目を開ける。
最初に目に映ったのは、藁ぶき屋根の天井。
ゆっくりと左右を見回すと、石造りのかまどや木で出来たタライなど、まるで何十年前の家屋かと思うような光景が広がった。
(……タイムスリップでもしたのか?)
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと布団から出る。
外から子供のような声が聞こえてはいるが、この家の中には俺以外に誰も居ない。
恐らく誰かに運ばれてここに居るのだろうが、立之山で倒れてから起きるまでの記憶が無いので、どういう経緯でここに居るのかが理解出来なかった。
(今は……何日なんだ?)
倒れていた時に身に付けていた時計は無くなって居たので、更に周囲を見回して時計らしきものを探す。
すると、正面の柱に時計が設置してあり、そこに今日の日付も書いてあった。
「3日も経ったのか……」
日付の確認が出来たので、ゆっくりと立ち上がる。
まずは、現在の状況の確認だ。
今自分がどういう状態かを正しく理解しなければ、また不用意な出来事が起きてしまうかもしれない。
「外に……出て見るか」
覚悟を決めてゆっくりと置き上がる。
自分の服装は狩り衣装のまま、取り出そうと思えば成章もある。余程の事が起こらない限り、突然殺される事などは無いだろう。
そう思って、入り口と思われる木の扉を開けて見たのだが。
「……!?」
目の前に広がったのは、畑などが連なる牧歌的な風景。
戦国時代などの農村と言えば、分かり安いだろうか。
それよりも、俺はその周りに居る人間達を見て言葉を失ってしまった。
(現実……なのか?)
正面にある畑の周りで遊んで居る子供達。
それぞれに人の形こそして居るが、犬の耳や猫の尻尾などを生やしており、明らかに一般的な人間からはかけ離れている。
おかしい。
俺は立之山で殺されて、そのまま麓に戻ったのでは無いのか?
「……ガ!」
右から声が聞こえたので、ゆっくりとそちらに向く。
それと同時に、持っていた籠を落とす一人の女性。
彼女は俺を数秒見詰めた後、瞳に涙を浮かべて思い切り抱き着いて来た。
「イチロー! イチロー……!!」
俺の胸で名を連呼しながら泣いて居る彼女。
姫山の狩人、果夏鷹子。
「本当に! 本当に良かったガ!」
「た、鷹子さん!? どうしてここに!?」
「どうしてって! ここは半落ちの村だなんだガ!」
半落ち。人間ともののけのハーフの別称。
俺としてはあまり好きでは無い別称だったが、鷹子がここで口にするという事は、半落ちの人達にも馴染んで居る言葉の様だった。
「イチロー……目覚めて……良かった」
「……うん。ごめん、心配かけて」
そう言うと、鷹子が胸から顔を離して小さく頷く。
「鷹子さん。半落ちの村って事は、ここは一層と二層の間って事?」
「そうだガ。最初に兵子が現れて、その後イチローの事をみんなで迎えに行ったガ」
「皆って、姫山の皆の事?」
「違うガ。村の皆だガ」
それを聞いて、不意に周囲を見る。
すると、いつの間にか半落ちの方々が俺達の事を囲んで居た。
「おんやあ? これは逢引きってやつかい?」
「ちげえよ。感動の再開って奴だべ」
「いやあ、あの鷹子が男連れて来るなんてなあ」
鹿、虎、猫。
集まって居る半落ち達は、鷹子に比べてけものの比率が高い。
他の半落ちを見ても、鷹子ほど人間に近い体系の半落ちは見えなかった。
(それよりも……)
煽られて居るのに俺から離れない鷹子。
流石に恥ずかしくなってきたので、俺はゆっくりとした動作で鷹子の腕を持ち、がぎりなく優しく体から引き剥がした。
「鷹子さん。俺は大丈夫だったみたいだけど、兵子さんは?」
「ガ。兵子は一日だけ滞在して、姫山に戻って行ったガ」
「姫山にって、俺の成章が無ければ立之山におりてしまうのでは?」
「この村には他の山に繋がる別ルートがあるのガ」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
目覚めるのに三日も掛かってしまったのだ。兵子であれば限界が来て、立之山を無理やり下山していたかも知れないからな。
「それよりも、イチロー」
「何?」
「さっそくだけど、父にあって欲しいのガ」
その言葉を聞いて、俺は固まる。
え? 何? いきなりのプロポーズですか?
「父はこの村の長なのガ」
「は、はあ、そうなんですか」
「本来であれば、この村には狩人は無断で入れないのガ。だけど、事情が事情で無理やり連れ込んだから、長から審判が下るのガ」
「まさかの裁判制度!?」
「はは、大丈夫ガ。答えを間違わなければ殺されないのガ」
「死刑もありなのかよ!!」
決死のツッコミに対して、周りに居た半落ち達が笑う。
それを見て冗談なのかと思ったが、その後誰も訂正の言葉を言わなかったので、本当に死ぬ可能性がある事が分かった。
「よ、よおし。会いますよぉ」
「ガ、では、こっちの屋敷に来るのガ」
鷹子に腕を引っ張られて、いそいそと歩き出す。
そして、俺の寝ていた屋敷を左に曲がると、直ぐに短い坂道があり、その上に大きな藁ぶき屋根の屋敷が立って居た。
「ここガ」
L字に曲がった大きな屋敷。
やはり古ぼけた印象を感じたが、良く見ると柱や扉の形がしっかりとして居て、現代の建設技術で、わざと昔風の作りにして居る事が分かった。
「それじゃあ、入るガ」
鷹子に言われるままに、扉を開けて中へと入る。
すると、やはり中身も昔風の作りで、中央にある囲炉裏の奥に、一人の男が静かに座って居た。
「ふむ、来た様だね」
そう言って、ニコリと微笑む男。
そう、男だ。
彼は他の半落ち達とは違い、見た目は完全に人間の男だった。
「私はこの村、元神村の長をやって居る果夏鷹尾と言う者だ」
小さく頭を下げる鷹尾。
俺も遅れて頭を下げたが、髪色以外鷹子と同じ場所が無かったので、俺は本当に鷹子の父なのかと疑ってしまった。
「どうやら、私の姿に疑問を持って居る様だね」
突然そう言われて、無言で頷いてしまう。
疑問を持ってしまうのは、仕方の無い事だ。
何故ならば、彼は他の半落ちの様に着物を着ておらず、茶色のスーツをピシッと着こなして居て、まるでサラリーマンのような姿なのだから。
「半落ちにも色々居てね。私の場合は人間達との交流が多いので、姿が人間に近くなってしまったんだよ」
「では、鷹子さんも?」
「うん、鷹子も人間寄りだ。それに、成長期だからね。これからの人付き合いによって、更にどちらかに変化して行くだろう」
それを聞いて、鷹子が少し恥ずかしそうな表情を見せる。
鷹尾はそれに対してはははと笑うと、小さく首を左右に動かしてから、右手をこちらに差し出してきた。
「まあ、立ち話も何だし、座りなよ」
言われるままに、囲炉裏の対面に座る。
鷹子は一度離れた後、台所らしき場所でお茶を作って戻って来た。
「さて、それじゃあ今回の件だけど……」
ゆっくりとお茶を飲み、こちらを見詰める鷹尾。
「村への無断侵入だから、即追放だね」
「うん、良かった。死罪では無かった」
「ははは、死罪なんてそう簡単に出ないさ。まあ、襲う為に村に足を踏み込んだならば、裁判無しで即刻皆殺しだけどね」
笑顔で言う鷹尾に対して、俺は苦笑いを返す。
霊山付近に住んで居る人達は、本当に簡単に皆殺しと言う言葉を使いますよね。
「そう言う事で、直ぐにでも追放と言いたい所なんだけど……」
含みのある答えに首を傾げる。
すると、突然鷹尾の後ろから一匹のもののけが現れて、俺の体をクルクルと登って頭にちょこんと座った。
「その子は、君達が助けてくれた真神だよ」
頭の上でヴォンと吠える小さな狼。
良かった。どうやら足の傷も完全に回復した様だ。
「その真神は私の村で、二層側の監視をして居る一族の者だ。少し前に二層から現れた満毛須のせいで怪我をして、一層に追い立てられてしまって居たんだ」
「満毛須?」
「ああ、二層のもののけさ。その名の通り、毛深い象だよ。二層のもののけは一層とは違って、絶滅種や空想の獣に近い姿をして居る」
その言葉を聞いて、ゴクリと息を飲む。
一層のもののけでさえあの強さだと言うのに、空想の獣を模した二層のもののけとは、どれほどの強さなのだろうか。
(それ以前にだな……)
この村は、そんな二層と一層の間にあり、普通に生活を営んで居る。
それだけで、半落ちと言う人間達の強さが分かるかの様だった。
「そう言う事で、君は私達の仲間である真神を助けてくれた。本来であれば即追放なのだが、これにより、村に滞在する事を許可する」
「ありがとうございます」
「ついでに鷹子を貰ってくれたら、この村の長にもしてあげるけど」
その瞬間、俺は思い切りお茶を吹き出してしまった。
「そ、そう言う話は、きちんと鷹子さんの心情を考えて……!」
「はは、冗談だよ。鷹子に近付く男は私が殺す。必ずぶっ殺す」
「それはそれで怖いんですけど」
「まあ、それ位の覚悟で挑んで来いって事さ」
静かに笑う鷹尾。髪を弄りながらチラチラとこちらを見る鷹子。
さて、どうしようか。
正直な所、殺し合いをするのもやぶさかでは無いのだが。
「これで、話は全て終わりだ。許可した通り、君は好きなだけここに居ても良い。兵子君もそのうち報告に戻って来ると思うから、それまでは寝ていた家を我が家だと思って使ってくれ」
そう言った後、お茶を飲み干す鷹尾。
俺は話がすんなりと進んで、内心でほっとした。
(しかし、兵子さんからの報告……か)
立之山で別れる際に見た兵子の険しい表情を思い出して、少しだけ心が沈む。
俺は立之山の戦いで、火屋敷仁之助に『人間の敵だ』と言われた。
そして、同じ目的で行動していた兵子も、恐らくそうなってしまっただろう。
果たして兵子は、無事にここに戻ってくる事が出来るのだろうか。




