51話 人害の力
ポツポツと降り始めた雨の中、頭からフードを外して、大木に背を預ける。
時は兵子と別れてから30分ほど。
俺が狩人達を引き付けている間に、兵子は狩人達の網を掻い潜り、二層へと続く道の向こうへと消えて行った。
これで、俺の仕事は完了だ。
「ふう……」
小さくため息を吐き、自分の手を見ながら、先程までやっていた事を思い出す。
俺達を追う精鋭狩人の撹乱作戦。
実行するまでは、とても困難な作戦になると思っていたのだが。
「……楽勝だったなあ」
ポツリと呟き、空を見上げる。
作戦が始まったと同時に、俺は白火倶槌との適合して、包囲して居た狩人達の中へと突っ込んだ。
狩人も流石に精鋭揃いで、直ぐに陣形を立て直し、俺を殺す為に行動を開始した。
だが、そこまでだった。
(……元々のポテンシャルが違い過ぎる)
熊の時速は50キロ。握力も150キロほどあり、嗅覚に関しては、犬の7倍も優れているらしい。
しかも、それは普通の熊の話であって、白火倶槌はその全てを超越している。
そんな化物が、人間の思考を持って襲って来たら、どうなるだろうか。
「まあ、皆殺しだよね……」
言った後、小さく苦笑する。
圧倒的だった。
精鋭と呼ばれていた狩人達は、応戦しようと努力はしたが、白火倶槌のスピードとパワーには対抗出来なかった。
おかげで俺は、周囲に居た狩人の殲滅に成功して、今こうして一休みする時間を手に入れている。
やはり、もののけ適合は人の理から大きく外れている様だ。
「ああ、疲れた……」
空から落ちて来る雫を体に受けながら、ズルズルと腰を深く沈める。
見え始めたのは、厚い雲に覆われ始めた小さな空。
今はまだ雨は小降りだが、もう少ししたら本格的に降ってきそうだ。
(さてと、そろそろ移動をしないと)
狩人達の事は一掃したが、俺がやるべき事は残って居る。
この後は、第二層を目指して歩き、兵子と合流しなければならない。
適合の反動で体中がギシギシと音を立てていたが、俺は無理やり立ち上がり、ゆっくりと息をしながら山を登り始めた。
「はあ、はあ……」
一定のペースを保ちながら、ゆっくりと山を登り始める。
本当は少しでも急ぎたいのだが、足に力が上手く入らない。
それどころか、歩く度に足が鉛の様に重くなり、前に進むのが難しくなる。
(これは……)
適合による予想以上の消耗。
白火俱槌と言う化物の能力を使うのだ。ある程度動けなくなる事は、容易に想像する事が出来た。
しかし、ここまで動けなくなるのは予想外。
俺は遂に歩く事が出来なくなり、その場に倒れ込んでしまった。
「早く……兵子さんの所に……」
体から力が抜けて行く。
昼に食べた食料エネルギーも底をついてしまったようだ。
それでも、前に進まなければいけない。
何故ならば、俺は大切な人と、大切な約束をした。
だから、俺は……
「ラッキー。やっぱりへたってんじゃん」
後ろから声が聞こえたので、ゆっくりと仰向けになる。
その先に見えたのは、手に持った銃を空に向けている一人の男。
「他の奴等けしかけて体力減らしたのは正解だったな」
火屋敷仁之助と終炎成章。
銃口から小さな炎がボッボと吹き出し、今にもはち切れそうに見える。
「仁之助さん……何しに……」
「はーい、五月蠅いよー」
言った後、腹に渾身の蹴り。
俺はゴロゴロと地面を転がり、泥だらけになって大木の前で止まる。
「あー超気持ちいい」
空を仰いでゲラゲラと笑う仁之助。
俺は地面に顔を伏したまま、動く事が出来ない。
「いやー、やっぱり姫山の狩人って馬鹿だよねえ」
仁之助が銃口で俺の事をひっくり返す。
「今日会ったばかりの真神を逃がす為に、いつも一緒に居る仲間を置き去りにする。そんで、その仲間の衣装も結局奪われて、利益は何も無しと来た」
腹に落ちて来る仁之助の左足。
その反動で俺の体は九の字になり、再びだらりと地面に落ちる。
「これじゃあ! 何のために! 狩人をしてるんだか!」
蹴り、蹴り、蹴り。
蹴られる度に俺は地面に転がり、泥水を浴びて汚れて行く。
「お前貧乏なんだろ? 金を稼ぎたくて狩人になったんだろ? それなのに、何やってんの? 真神を二層に逃がす? 笑えねえ!」
そうだ。
俺は貧乏生活から脱出する為に、もののけの狩人になった。
だけど、今の俺は何をして居る?
金ずるをおめおめと逃がし、大切な友人が作ってくれた衣装を汚されて、山の泥水をすすって居る。
これが、俺の望んだ生活だったか?
「これだから、下界上がりの狩人は……笑えねえ」
止めの蹴り。
俺の体は軽々と宙に浮き、先にあった大木に打ち付けられた。
「飽きた。もう殺すわ」
仁之助がコキコキと首を鳴らし、終炎成章をこちらに向ける。
狙った対象物だけを燃やす事の出来る火炎放射器。
あれで攻撃されたら、俺だけロストして衣装は奪われてしまうだろう。
「おう、何か言いたい事あるか?」
仁之助が最後の言葉を掛けて来る。
そう、これが最後の言葉。
この警告が終われば、俺は奴の成章で焼き尽くされてしまうだろう。
「ああ? 何だ、もう言葉が出ねえか」
「……あ、ああ」
喉の奥から言葉を漏らし、ゆっくりと大木に背を預ける。
こみ上げて来るのは、笑い。
真っ直ぐ仁之助の子を見て、静かに小さく笑い続ける。
「は、はは……」
「なんだあ? 気味が悪いなあ」
「ああ、うん。良いんだ。これで良い」
仁之助が首を傾げる。
もう、色々と考えるのは止めよう。
俺はこいつが大嫌いだ。
そして、兵子との約束を果たせそうの無い自分も、大嫌いだ。
「だから……これで良い」
白火俱槌のフードを被る。
その瞬間、仁之助が終炎成章をこちらに向けて、銃口から火炎を放った。
「はははは……!」
高々と声を上げる仁之助。
その笑いは、獲物を薬と言う行為による優越感か。
それとも、気に入らない者を燃やす楽しさを示す狂気か。
どちらにしても、俺の嫌いな笑い方だ。
「焼けろ! 焼けろ焼けろオオオオ!!」
周囲に炎が飛び散る。
辺り一面を炎が多い、俺へと少しずつ迫って来る。
これでもう、俺に逃げ場は無い。
「焼けろ! 焼けろ……!?」
「……」
だから、俺は立ち上がる。
立ち上がり、真っ直ぐに仁之助の事を見詰める。
「……おい、何で焼けねえんだ?」
終炎成章から放たれた炎は、既に俺へと燃え移って居る。
とても熱い。
だけど、もう熱くない。
「おい!」
仁之助の怒号に合わせて、大きく一歩前へと歩く。
ずしん。
その音と共に、仁之助がゴクリと息を飲んだ。
「お前! 何で……!」
「白火俱槌の毛皮は……炎に強いんだ」
再び一歩。
それに合わせて、仁之助も一歩下がる。
そして。
「あ、ああ……」
仁之助が震える唇でそれを眺める。
それは、当たり前の様に俺の死角から現れて、銃口を仁之助に向けている。
「何で! 何でお前が終炎成章を……!!」
「同じじゃない」
言葉が勝手に零れる。
「白火俱槌の炎と成章が共鳴した上位武器だ。お前のとは違う」
「そ、そんな物が存在するはず……!」
「今作った」
蒼く輝く成章。その銃は衣装から放たれる青い炎を吸い込み、目の前に存在する全ての対象物を焼き尽くす。
そうだな。名前を付けるのであれば。
「蒼炎成章」
銃口から蒼い炎が勢い良く吹き出す。
刹那の間に周囲に広が蒼き炎。
成章では燃えないはずの木々を焼き尽くし、短時間で周囲を草木の無い広間へと変えて行く。
そして、その中心に居た仁之助は。
「ぎゃああああああ!!!!」
悲鳴。
蒼い炎に包まれながら、地面をゴロゴロと転がって居る。
「……熱いか」
「熱い! 熱い熱いアツい!!!!」
「それが、今までお前に焼かれた奴等の痛みだよ」
それを聞いた途端、急に仁之助が笑い始める。
下品に響く仁之助の笑い。
俺は蒼炎成章の炎を納めて、真っ直ぐに仁之助を見詰める。
「終わりだ! お前はもう終わりだ!」
仁之助が叫ぶ。
「お前はもう狩人じゃねえ! 姫山でも不死之山でも立之山でも! もののけじゃなく人間ばかりを殺しまくった! 人間の敵だ!!」
仁之助の言葉にゆっくりと頷く。
その通りだよ。
俺はもののけを狩らずに、人間ばかりを殺していた。
だけど、後悔は無い。
後悔は無いんだ。
「俺が死んでも立之山には親父達が居る! お前は親父達に捕まって裁判にかけられて! 人の世から放り出されるんだ!」
「良いよ。なんとでもしてくれ」
「結局最後は俺の勝ち! 俺の勝ちなんだぁぁぁぁ!!!!」
周囲から厚手のツルが現れて、体力を失った仁之助を引きずって行く。
彼がこれから向かうのは、立之山の麓。
そして、それを見届けた後、俺もそこへと誘われるだろう。
「先に麓で待ってるからなああああははははああ!!!!」
断末魔。
仁之助は山に引きずられて、その場から姿を消しって言った。
「……」
やがて、訪れる静寂。
周囲の木々は全て焼け焦げて、俺と成章だけが残って居る。
俺は数秒その場で突っ立って居たが、体の限界を迎えて、その場に仰向けに倒れてしまった。
(ああ、これで……)
本当に終わった。
俺は兵子の元に辿り着けず、山から降ろされて罰を受ける。
少しだけ、ほんの少しだけ悲しい気持ちだ。
だけど、もう良い。
疲れた。
(……)
頭の上から足音が聞こえて来る。
男女が入り混じった、数人の足音。
恐らく、山の麓に居た狩人達が止めを刺しに来たのだろう。
(まあ……仕方ないよね)
もしかしたら、兵子が暴走して大変な事になるかもしれない。
それによって、姫山の狩人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。
全部、俺のせいだ。
だから、俺はここでお終いで……良い。
「……寝よう」
ゆっくりと目を閉じる。
次に見える景色は、薄暗い牢獄の中か。それとも、無作為に放り出された、下界のどこかか。
とりあえず、起きたらご飯を食べる事にしよう。
貧乏生活のおかげで、食べられる雑草は知って居る。多少腹を壊すかもしれないが、それでも死ぬ事は無いさ。




