50話 仲間
信号弾を打ち上げた後、早々に逃走を図った仁之助。
おそらく、他の精鋭狩人達が集まった後、一斉に攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。
軽薄そうな話し方をして居たので、直ぐにでも突進して来てくれると思って居たのだが、予想外に冷静だったので、俺は少しだけ感心してしまった。
(とは言え、困ったな……)
真神の治療をして居る兵子を眺めながら、小さくため息を吐く。
元よりアウェーで不利だと言うのに、人数を掛けてゆっくりと仕掛けられたら、いずれは消耗して真神を奪われてしまう。
ハッキリ言って、俺達が自由に動ける時間は少ない。
「ふむ、治療完了だ」
真神の治療を済ませた兵子が、ゆっくりと立ち上がる。
状況が悪いと言うのに、余裕の表情をして居るのは相変らずだ。
「さて、一狼君。我々は今、窮地にあるようだ」
「その様ですね」
「そこでだ。何か良い案は無いだろうか」
選択を投げてきた兵子に対して、思わず苦笑いを返す。
威勢良く啖呵を切ったのは良いが、何も考えていなかった様だ。
「とりあえず、逃げるのが良いと思います」
「そうだな。しかし、このまま山を降りる事は不可能に近い」
「兵子さんでも無理なんですか?」
「うむ。残念ながら、敵方には一之介が居るからな」
火屋敷一之介。仁之助の父親であり、この立之山の試練の狩人隊長。
化物と呼ばれていた兵子が無理だと断言する程なので、余程の実力なのだろう。
「これは……若干詰んで居るな」
「やる前から断言しないでくださいよ」
「済まない。しかし、私は正直者なのでな」
その言葉に対して、再び苦笑する。
確かに今の状況であれば、並みの狩人なら既に詰んで居るだろう。
しかし、残念ながら俺達は、あの変人揃いの姫神の狩人なのである。
「成章で姫山にワープしましょう」
「ワープか。成程、一狼君もいよいよ常識から外れて来たな」
「まあ、姫山の狩人なので」
それを聞いた兵子がふっと笑う。
「しかし、成章ワープだと、ここの狩人達も付いて来てしまうのでは無いか?」
「そうですね。ですから、ある程度の距離まで引き離す必要があると思います」
「ふむ、中々に難儀な事だな」
そう言いながら、兵子は胸元のボタンを外し、ゆっくりと服を脱ぎ始める。
何事かとドキドキしていると、兵子は持って居た真神を無理やり胸の谷間にねじ込み、顔だけ出してボタンを掛け直した。
「それで、逃走する方法だが……一狼君?」
「あ、はい。どうぞ」
「恐らく仁之助君達は、私達が姫山にワープ出来る事を知らないだろう」
「でしょうね。あからさまに常識から外れてますから」
「そこから考えると、無暗に移動を繰り返すよりも、真っ直ぐに二層を目指す方が、逃走出来る確率が高くなると考える」
その言葉に対して、同意の頷きを見せる。
「そこで問題になるのが、敵の今の陣形だ」
「確か、巻き狩りを使って居るんですよね」
「そうだ。巻き狩りはまず相手を包囲する事から始まる。我々の今の状況も考えて、敵は上方にも待機しているだろう」
「だけど、それしか方法が無いと思います」
「そうだな。そこでだ」
こちらを真っ直ぐに見詰めて来る兵子。
姫山の狩人を指導する立場に居る彼女の事だ。きっとこの状況を打開する、良い作戦を考えてくれるだろう。
「特攻しようと思う」
「よーし、作戦でも何でも無え」
「そう言うな。今の最善はこれしかないのだからな」
残念ながら、その通りだと思う。
しかし、そうするのであれば、ゆっくりと真神を治療せずに、早急に移動した方が良かった気もするのだが。
とは言え、今更そんな事を言っても仕方が無いので、俺は効率的に真神を逃がす手段だけを考える事にした。
「一番手っ取り早いのは、兵子さんが単独で突っ切る事でしょうね」
「しかし、私一人では成章ワープは出来ないぞ?」
「そうですけど、二層に真神を逃がす事は出来ると思います」
「確かにそうではあるが、それは駄目だ」
兵子の表情が少しだけ曇る。
そして、少しの間を空けて言った。
「一狼君を残して一人で逃げるなど、私には出来ない」
その言葉に対して、少しだけ頬が緩んでしまう。
ああ、何と嬉しい言葉だろうか。
下界に住んで居た時は、家族以外に俺に優しくしてくれる人間は居なかった。
(だけど、だからこそ……)
酬いたい。
彼女がやりたい事を、叶えてあげたい。
「では、こうしましょう」
ほころんだ顔を彼女へと向ける。
「俺が囮になって、兵子さんを逃がします」
「ふ、一狼君は私の話を、全く聞いて居ないのだな」
「聞いて居ましたとも。ですけど、それが今の最善でしょう?」
俺の答えに対して、兵子がうんざりした表情を見せる。
兵子だって分かって居るのだ。
この状態では、どうあがいても俺が足手まといになる事くらい。
「幸いではありますが、俺には白火俱槌の衣装があります。兵子さんの口ぶりからするに、この衣装は防御力に長けているんですよね?」
「その通りだが、身ぐるみを剥がされたら意味を成さないぞ?」
「それに関しては、勝算があります」
俺はニヤリと微笑んで見せる。
「要するに、身ぐるみを剥がされなければ良いんです」
「成程。君はこの状況で、頭がおかしくなってしまったのか」
「おかしいのは俺達の恰好です」
「否めないな」
お互いに冗談を言い合って笑う。
状況は困難ではあるが、中々に楽しいな。
下界に住んで居た時は、他人とこんな気持ちになる事など無かった。
「まあ、聞いてくださいよ」
俺は近くにあった木の枝を取り、地面に書き始める。
「敵は狩人の精鋭達です。こちらに兵子さんが居る以上、一直線に山を登るのが最善だと、絶対に気付くはずです」
「それは、確かにその通りだな」
「当然、山の上方に多くの狩人を配置する。そこで、俺が先に行って山を駆け回る事によって、敵を翻弄します」
「君も言って居た通り、相手は狩人の精鋭達だぞ? この状況であれば、私一人を足止めすればどうにでもなる事くらい、とっくに気付いている」
「気付いて居るけど、それは出来ません」
木の枝を離し、ゆっくりとフードを被る。
「俺が白火俱槌と適合して、敵方を蹂躙するので」
それを聞いた兵子が、俺の事を見て目を丸める。
俺の体から静かに溢れる青白い光。
それは、白火俱槌の衣装と適合した証。
「一狼君……君は普通じゃないな」
「普通ですよ。他のもののけの狩人達が、それに『気付いて居ない』だけ」
ごくりと息を飲む兵子。
俺だって白火俱槌と適合するまで、その答えには気付かなかった。
だけど、今までの適合とは違い、生きている白火俱槌と適合した事によって、それに気付いた。
「衣装にしたもののけと意志を同じくする事で、適合率は高まる」
「そんな事は、当の昔に狩人達に認知されて居る。それでも安定して適合出来ないからこそ、適合のメカニズムはまだ解明されていないのだ」
「そうなんですか? でも……」
俺は続きを言いかけたが、言わない事を選択する。
言った所で、どうせ兵子は理解出来ない。
俺だって、今白火俱槌と適合しているおかげで、その感覚を体感で理解して居るだけなのだから。
(言葉って、案外不便な物だなあ……)
適合して居る白火俱槌と共に笑う。
そう、この感覚だ。
これを知った今、俺は沢山のもののけと適合出来るようになっただろう。
まあ、出来た所で、意志を共有出来なければ暴走してしまうのだが。
(うん、気を付けよう)
ゆっくりとフードを外しながら、石神との一件を思い出す。
必要以上の適合は、俺から人間性を奪う。
適合すれば大きな力を手に入れる事は出来るが、それは目標を達成する為の手段であって、己の力を誇示するものでは無い事を、忘れてはいけない。
「まあ良い」
ふうと息を吐き、立ち上がる兵子。
向けられる真っ直ぐな視線。
その瞳の奥にハッキリと映る、俺への信頼の光。
「一狼君。二層の入り口で待ってるからな」
答えよう。
正し、それは俺の力で成すものでは無い。
俺に力を貸してくれる、人外の仲間達と一緒にだ。




