47話 立之山と極悪道化師
六月某日。立之山の麓にある、狩人待機用の広場。
気高くそびえ立つ三大霊山の一つを前にして、各地から招集された名のある狩人達が、散りじりに待機している。
そんな広場の端で、持って来た弁当を黙々と食べて居る二人。
姫山の狩人、山本兵子と桧山一狼。
「……あの、兵子さん」
「何だ?」
「何かもの凄く見られて居るんですけど」
被って居るフードの隙間から、恐る恐る周囲を窺う。
フード越しに見える狩人達は、各々に武器の手入れなどをしながら、チラチラとこちらに視線を送って居た。
「ふむ、見られて居るな」
「ですよね。気になって、まともにご飯を食べられません」
「そんな事を言いながら、君が手を付けたおにぎりは、それで五つ目だ」
それはまあ、育ち盛りですから。
それにしても、この注目度は異常だ。
俺達が食べて居る弁当は確かに美味いが(春子の手作りだから当然だ)、他にも食事をして居る狩人は存在している。
「何で俺達だけが、こんなに見られて居るんでしょうね?」
「それはまあ、あれだ」
兵子がお茶を一口飲む。
「我々が浮いて居るからだろうな」
やはりそうなのか。
他の狩人達は最新の装備で見た目が狩人っぽいのに、俺達だけはいつも通りの突飛な衣装だからな。
これで目立つなと言われても、到底無理な話だろう。
「どうして俺達は、いつもこんな衣装を着て居るんでしょうね」
「これが最適解だからだな」
「成程、最適解ですか」
ふうと息を吐き、お互いの衣装を眺める。
兵子の衣装は、姫山でも見た旧日本軍の緑色の制服。
それに対して、俺の衣装は……
(また熊かよ!)
そう。熊だ。
未来が作ってくれた衣装は、熊の顔がフードになって居る、フサフサのパーカー。
白火俱槌の毛で作った一級品らしいのだが、熊の顔の部分がコミカル過ぎて、違和感しか感じられなかった。
「何故俺達はいつもこうなのだろうか……」
「まあ、姫山だからな」
「その一言で納得出来るようになってしまった、自分が悲しいです」
小さくため息を吐き、五つ目のおにぎりを頬張る。
「一狼君は悲観的に捉えて居る様だが、君の新しい衣装は、中々に凶悪だぞ?」
「それは、見た目ですか? それとも性能ですか?」
「ふむ、両方だな」
言った後、兵子がお茶を一口飲む。
「白火俱槌の毛を織って作った布に、白神から送って貰った鉱石の粉末を塗した一品。その防御力は、見た目を遥かに凌駕している」
「その見た目のせいで、持ち主の俺でも、その凄さが全く分からないんですが」
「トラックに撥ねられても無傷だ」
「それって、衣装が無傷でも、俺は衝撃で死ぬパターンですよね」
「そうだな」
そうだなて。
しかし、単純な防御力アップは、俺にとってもありがたい。
狩りの実力が低くても、生きて居れば何かしらの役に立てるかも知れないのだから。
「それにしても、良くシロ君が毛を狩る事を許可してくれたな」
「未来の話では、毛は直ぐに生え変わるらしいので、快く許可してくれたそうです」
「いや、そう言う話では無くてだな」
持って居たお茶を置く兵子。
「相手は主クラスのもののけだ。パートナーとしてもののけを使う者も多少は居るが、主クラスのもののけと慣れ合う人間など、前例が無い」
「そうなんですか?」
「うむ。そこから考えても、その装備はやはり異常だ」
そうは言われましても、白火俱槌は既にうちの家族な訳で。
「もしや、一狼君の家族は、猛獣使いの一族なのか?」
「それを言ったら、兵子さんの衣装の方が、余程猛獣使いっぽいですけど」
「私のはただの軍服だ。まあ、もののけの素材は使って居るがな」
それだけ言って、兵子が弁当を片付け始める。
俺は兵子の言った言葉が少し気になったが、視線の先で代表らしき人間が皆の前に現れたので、俺も弁当を片付け始めた。
弁当を片付け終わり、近くにあったロッカーに私物をしまうと、タイミング良く代表者が皆に向けて話を始める。
「あー、本日は集まって貰って、本当にありがとう」
立之山の入り口に置いてある高台に上がり、話し始める一人の狩人。
「何やら場違いの狩人も何人か居る様だが、錚々たる面子が集まってくれて、俺達立之山の一同も、興奮を抑えざる負えない気持ちで居る」
それを聞いた周りの狩人達が、声を出して笑う。
あの代表の視線の向きから考えると、場違いの狩人とは、間違いなく俺達の事だろう。
「兵子さん」
「何だ?」
「もしかしなくても、姫山の狩人って嫌われて居るんですか?」
「理由は分からんが、まあそうだな」
いや、理由は分かりますよ?
不死之山では狩人達を無差別に攻撃したし、ゴールデンウイークの時は、他の霊山の狩人達を皆殺しにしましたから。
「まあ、それは置いておくとして」
代表が話を続ける。
「今回の立之山の試練も、例年通り過酷な狩りになると思われる。総合的な指揮は我々が執るが、緊急時は各々が考えて、独自に動く様にしてくれ。以上」
それだけ言って、壇上を降りる狩人。
少しすると、各山の狩人達が他の山の狩人と合流して、戦い方について話を始める。
どうやら山に入ってからの連携の相談のようだが、俺達二人の居る場所には、誰一人やってくる事は無かった。
「……もしかして、俺達って単独で動くんですか?」
「そうだな。残念ながら我々姫山の戦い方は、他山の狩人とは連携が難しい」
「単純に嫌われて居るからなのでは?」
「うむ、否めない」
ですよね。
何はともあれ、俺は他人とのコミニュケーションが苦手なので、少々ホッとしている。
ここに居る狩人達は、日本中の霊山の代表達だ。俺達など居なくとも、もののけを撃退する事が出来るだろう。
「あー、何か田舎臭いにおいがするなあ」
そんな事を考えて居ると、一人の狩人が俺達の前に現れてしまう。
「ああ、なあんだ。姫山の奴等か。そんな衣装を着てたから、何処かのサーカス集団かと思ったよ」
出会って早々に失礼な発言を連呼する男。
サラサラの金髪に尖った目つき。服装は赤と黒の迷彩服を着て居て、見た目だけは美形だなと言う印象を持った。
「火屋敷君。久しぶりだな」
「ちっす兵子さん。そんで、その熊野郎は誰なんですか?」
「桧山一狼。うちの山の新人だ」
「そいつが一狼? 極悪道化師の?」
おかしいな。その二つ名は、もか専には記載されて居ない筈なのだが。
何にせよ、出会って五秒で突っかかって来るのは止めて頂きたい。
「……桧山一狼です」
「火屋敷仁之助だ。名前くらいは聞いた事あるだろ?」
「いえ、知りません」
「だろうなあ!」
仁之助がケラケラと笑う。
赤屋敷の時も思ったが、屋敷名を持つ人間は、こんな人種ばかりなのか?
「一狼君。火屋敷家は、霊山で取れた素材の物流を、生業にしている一族だ」
「まあ、うちの会社は、金を持ってる奴にしか売らないけどな」
成程。セレブ御用達と言う事か。
確かに、彼の装備している狩服は洗練されていて、他の狩人に比べて機能性が高そうに見える。
そんな事よりも、重要なのは背中に背負って居る銃だ。
「成章……」
「お? やっぱり分かっちゃう?」
仁之助が成章を手に取り、銃口をこちらに向けて来る。
「終炎成章。火屋敷一族に伝わる成章だ」
得意げに語る仁之助。
その成章にはボンベのような物が付いて居て、筒先は真っ直ぐでは無く、少し横に広がって居る。
そんな風貌から、俺はその成章がどういう物かを一瞬で理解した。
「火炎放射器ですか」
「ああ。だけど、そこらの火炎放射器とは違うぞ。俺の終炎は幻覚の炎をまき散らし、獲物を傷付けずに焼死させる」
「それは凄いですね」
「だろ? お前の成章とは格が違うんだよ」
言った後、ヘラヘラと笑う。
残念ながら、俺はその成章を『見た時点で』複製出来るのだが、それを言うと面倒そうなので、黙って居る事にした。
「仁之助。こんな所で何をしている」
その言葉と共に、仁之助の後ろからガタイの良い男が現れる。
茶色い短髪に少しの顎髭。服装が仁之助と同じだったので、恐らく仁之助の父親か何かだろう。
「今日はお前も指揮を執るんだ。連携を強化したいのならば、一つの集団に固執せずに、もっと周りの狩人達に顔を見せて歩け」
「へーい」
ふっと鼻を鳴らして、その場から消えて行く仁之助。
それを見届けた後、男は視線だけをこちらに向けて来た。
「……兵子。久しぶりだな」
「一之介も相変らずだな」
馴れ馴れしい挨拶を交わす二人。
兵子が他人を呼び捨てにするのは初めてだったので、俺は驚いてしまった。
「兵子が来るとは思って無かったぞ」
「今回は姫山に狩人が居なくてな。仕方無く私が参加する事にした」
「ふむ、まあ良い」
フンと鼻を鳴らす一之介。
「兵子。ゴールデンウイークの様な真似はするなよ」
「あれはレクリエーションだ。今回の狩りでやる筈も無かろう」
「どうだろうな」
それだけ言って、男が俺達の前から去る。
その背中には、仁之助と全く同じ成章を背負って居た。
「兵子さん、あの人は?」
「火屋敷一之介。仁之助の父親だ」
皆に声を掛けて歩く彼の後ろ姿を見ながら、ふうとため息を吐く。
やはり、姫山の狩人と言うのは、他山の狩人からすれば、厄介者でしか無い様だ。
「さて、一狼君。我々も準備をするか」
「そうですね」
兵子の言葉に頷き、二人で狩り道具の点検を始める。
他山の狩人と一悶着はあったが、今回の相手は幻獣クラスのもののけだ。
せめて足手まといにならない様に、気を付けて行動する事にしよう。




