48話 精鋭狩人の実力
午後二時。立之山の狩人代表である火屋敷一之介の指揮により、第一部隊の狩人二十人が立之山へと入山する。
俺達姫山の狩人は、第二部隊での出発予定。
ちなみに、第二部隊の指揮は、一之介の息子である仁之助が執る事になって居た。
(悪い予感しかしないなあ……)
立之山の入り口でヘラヘラと笑う仁之助を見ながら、小さくため息を吐く。
仁之助は一之介との会話の後、忙しなく周りに居る狩人に話し掛けている。
恐らく、山に入ってからの連携の話をして居るのだろうが、話し掛けられた狩人達の苦笑いから見るに、的外れの事を言って居るに違いない。
「権力と言うのは、時に戦力を著しく下げるものだな」
俺の横で兵子が苦笑している。
どうやら、兵子も俺と同じ事を思って居た様だ。
「仁之助さんは、今までにも指揮をした事があるんですかね?」
「一応立之山の名家出身だからな。歳は一狼君と同じくらいだろうが、何度か指揮を執った事はあるだろう」
「では、それほど心配しなくても良い気がしますが」
「気にはして居ない。どうせ我々は奴の命令では動かんしな」
おっと、今集団行動を乱す発言が出ましたよ?
「他の狩人と協力はしないんですか?」
「するさ。だが、奴の命令で動いて居たら、命が幾つあっても足りん。私の勘がそう告げている」
「言い切りましたね」
「他の狩人達もそう思って居るさ。まあ、奴が権力を持って居る以上、例えそう思って居ても、命令を聞かざる負えないのだが」
そんな事を言っておきながら、この人は仁之助の命令を聞くつもりが無い。
そして、当然ながら、俺も彼の命令を聞くつもりは無い。
赤屋敷の一件以来、他山の狩人は信用しないと決めて居たからな。
「ふむ、どうやら準備が整ったようだな」
兵子がそう言うと、仁之助が皆の前に立ち演説を開始する。
「えーと、今時点で第一部隊が入山してから十分が立ちました。作戦では、第一部隊はもののけが山から出られないようにする為に、入り口付近に大規模な罠を仕掛けて待機中です」
それを聞いて、俺は小さく首を傾げる。
「先発隊って、普通は偵察が基本なんじゃ無いんですか?」
「その通りなのだが、今回の狩りに関しては、もののけを立之山の外に出さない事が第一の目標となって居る。それを達成する為に、まずは時間を掛けて自陣を強化する選択を選んだのだろう」
それも一つの選択肢かと思い、無言で頷いて見せる。
しかし、第一部隊が防御を固めると言う事は、必然的に第二部隊の仕事は偵察になるのだろう。
さて、仁之助はどのような作戦を選ぶのだろうか。
「そんで、俺達第二部隊の仕事なんすけど。俺達は第一部隊の作業状況を確認の後、更に山の奥に行って、もののけの偵察任務にあたります」
その言葉と同時に、第二部隊のテンションが少し下がる。
何故テンションが下がったのか。
俺はもののけ狩猟に詳しい訳では無いが、その理由を何となく察してしまった。
「第二部隊は捨て駒ですか」
「一狼君。分かって居ても、それは口にするべきでは無いな」
兵子が俺の事を戒める。
周りを見ると、他の狩人達が俺の事を思い切り睨み付けて居るのが見えた。
「お、おう……」
「しかし、偵察任務にも良い所があるぞ。先行してもののけを狩ってしまえば、その獲物は第二部隊が総取りする事になるからな」
「それは、有りなんですか?」
「有りだな。危険地域に先んじて踏み込むのだ。それ位の権利があって当然だろう」
「権利と言う事は、確定では無いんですね」
「そうだな。だが、私が今そう決めたから、それは絶対だ」
それを聞いた途端、他の狩人達が嬉しそうに声を上げる。
どうやら兵子の言葉を聞いて、俄然やる気になったようだ。
「兵子さーん。指揮するのは俺ですよ? 勝手な事は言わんでくださいよー」
「それに異存は無い。しかし、他の狩人達を鼓舞したいのであれば、目の前に餌をぶら下げる事くらいはして欲しいものだ」
「……ちっ。分かりましたよ。その件については、後で親父に言っときますわ」
仁之助が渋々了承する。
どうやら仁之助は、俺達が第二部隊に居る事が気に入らない様だ。
ただでさえ捨て駒の部隊に配属されたのだ。その上扱いにくい人間が混ざって居たとなれば、腐ってしまうのも仕方が無い。
「そんじゃあ、報酬はそれって事にして、今から各部隊に信号銃を渡すんで」
そう言って、仁之助が各部隊に信号弾を渡し始める。
前列の集団から順々に渡して、俺達の元に辿り着いた時には、既に信号銃は品切れになって居た。
「私達の信号銃は無いのか?」
「あー何か無くなっちまいましたね。だから、二人は適当に頑張ってください」
「ふむ、了解した」
あっさりと答えを返した兵子に対して、仁之助がフッと罠で笑う。
どうやら最初から渡す気は無かった様だが、兵子もそれを了承済みだった様だ。
「そんじゃあ、第二部隊、立之山に入山しまーす」
それだけ言って、前方の集団から順々に山へと入って行く。
俺達はそれを黙って見届けた後、ゆっくりとした足取りで入山した。
立之山に入った途端に景色は変わり、他の狩人達が身を引き締める。
天気は晴れ。季節は夏。風景は湿地帯。
狩りをするには、些か難易度の高い気候だ。
「ふむ、これは苦労しそうだな」
ぬかるんだ足場を眺めながら、兵子がふうと息を吐く。
「一狼君、湿地帯での狩りはした事があるか?」
「……姫山で何度か遭遇して居ます」
「うむ。湿地帯は足元よりも上からの自然罠が多い。前に進む時は十分に注意して進むのだぞ」
周りの景色を見ながら黙って頷く。
それよりも、俺には気になった事が一つあった。
「この景色……ゲームと同じだ」
「ん? どういう事だ?」
「加古さんの作ったローグライクゲームです。あのゲームの中にも、この様な湿地帯のダンジョンがありました」
「成程。まあ、この山は日本三大霊山の一つだからな。他の山に比べて、気候や地形変化の研究も進んで居る。ゲームにされて居ても何の不思議は無いさ」
そう言いながら、兵子が前進を始める。
俺は遅れると不味いと思い、周りを警戒しながら兵子の背中を追いかけた。
ある程度前に進むと大部屋が現れたので、俺達二人はそこで一息吐く。
ただでさえ夏で暑いのに、湿地独特の気候が俺の体力を蝕んで行く。
水分は多めに持って来たつもりだったが、霊山の体力減少効果も相まって、既に最初の水筒は半分になってしまった。
「これは……中々にきついですね」
「立之山は日本でも屈指の難関霊山だからな。普通の狩人では、この辺で既にギブアップして居るだろう」
「そうなんですか……」
小さく息を吐いて、周りに居る狩人達を見る。
各々に休憩を取って居る狩人達。
特に披露している表情も無く、あの仁之助さえ、ケラケラと笑いながら他の狩人と会話をして居た。
「皆タフだなあ……」
「日本中から選抜されて来た狩人だからな。これ位ではビクともせんさ」
「仁之助さんも元気ですね」
「ふむ、一応立之山の狩人だからな。ホームで疲弊する事もあるまい」
それを聞いて、苦笑いを見せる。
近い年齢だから同じくらいの身体能力だと思って居たが、そこは生粋のもののけの狩人。自力が違う。
そうなると、考えるまでも無く、この集団の最弱は俺の様だ。
(しかし! 俺にはゲームで得た霊山の知識がある!)
未来の母である姫山加古が作った、ローグライクゲーム。
不死之山でもその知識が役に立ったが、今回の狩りでもその知識は存分に活かされている。
むしろ、兵子が前を歩いて居た時は、罠を踏まないかとヒヤヒヤする位だった。
「そんじゃあ休憩は終わりで、そろそろ次の行動に移りまーす」
仁之助がそう言うと、今まで集団行動をして居た狩人達が散開する。
このまま全員で前に進むと思って居た俺は、その行動に少し驚いてしまった。
「もしかして、巻き狩りですか?」
「だろうな。もののけを見つけるのであれば、それが一番早い」
「それだと、第二部隊は全滅するんじゃ……」
「我々の仕事はもののけの発見だ。狩猟する事が目的では無い」
「成程」
各々に散って行った狩人達を見ながら、思わず微笑んでしまう。
兵子の言葉を聞いて沸き立った狩人達だが、全員が自分の仕事を理解して、その仕事を全うしている。
どうやら彼らは、最初から獲物を奪い合うつもりは無かった様だ。
「流石は各地の名だたる狩人達ですね」
「ふむ。それよりも、私は仁之助君に少し驚かされた。てっきり保身の為に団体行動するかと思ったが、きちんと全体の事を考えて居る様だ」
真っ先に行動を開始した仁之助の進行方向を見詰めながら、小さく息を飲む。
仁之助が選択した方向は、真正面。
恐らく、一番もののけと遭遇する可能性がある方向だろう。
「うん、マジで足手纏いになるかも知れない」
「気にするな。どうせ最初から足手纏いだ」
「いやいや! 頑張ってますよ!?」
「何を言って居る? 頑張るのはこれからだろう」
それを言われて、ぐうの音も出なくなる。
そう。俺達は立之山を前進しているだけで、もののけにすら出会って居ない。
戦いはまだ始まって居ないのだ。
「さて、そろそろ行こうか」
兵子に促されて、ゆっくりと立ち上がる。
それと同時に、額から落ちる一筋の汗。
このままだと、もののけに出会う前に疲弊してしまいそうだ。
(ゲームでは自分の体力を使う訳じゃ無いからなあ)
そう思い、額の汗を拭う。
実力不足とは言え、立之山の試練に選抜された以上、ここでギブアップする訳には行かない。
とにかく今は、兵子の後を追う事に全力を尽くす事にしよう。




