46話 本物になりたくて
六月になった。
四月にもののけの狩人になり、怒濤のボスラッシュを繰り返してきたのだが、五月の半ばからは姫山も大人しくなり、静かな狩猟の日々が流れていた。
そんな穏やかな日々の中で、俺が何をして居たかと言うと……。
「巻き狩り……忍び狩り……」
狩りの勉強だ。
他の狩人達は毎日姫山に入り、自主的に狩りを行って居たが、俺は必要な時だけしか山に入らず、それ以外の時は学校の書物庫で、文献を漁っていた。
「巻き狩りは、パートナーを使った追い込み漁みたいな狩りで、忍び狩りは……」
書庫の中央にある机に書物を並べて、黙々と座学に勤しむ。
古い書物が山のように積まれた、小さな書庫。
窓も一つしかなく、陰気な部屋ではあったが、それが逆に秘密基地の様で、俺はこの場所を気に入って居た。
「……うーん」
読んで居た本のページをパラパラと捲り、パタンと閉めて机に置く。
最初の頃に比べて、内容は理解出来る様になってきたのだが、いざ実践となると、どうも本の様に上手く行かない。
その度にここに戻って、何度も復習を繰り返して居るのだが、それでも狩りが上達して居る気にはなれなかった。
「何でだろうなあ……」
「何が?」
「うえっ!?」
突然女子の声が聞こえたので、変な声と共に顔を上げる。
すると、そこには先程まで居なかったはずの未来が、ニヤニヤした表情で立っていた。
「み、未来か……」
「うん、未来です」
「驚かさないで、普通に入って来いよ」
「驚かしてないよ。一狼がここに入っていくのを見たから、タイミングを見てこっそり入って来ただけ」
「こっそりの時点で、驚かす気満々だと思うんだが?」
「甘いね一狼。狩人の基本は周囲の気配に直ぐに気付く事。つまりこれは、狩りの修行でもあるのだよ」
どこの師匠だよ。
「で、一狼は何をしてるの?」
「狩りの勉強。今までの狩りで経験不足を感じたから、せめて知識だけでも学んでおこうと思って」
「ふうん、成程ねえ……」
俺が机に置いた本を手に取り、パラパラとページを捲る未来。
「あれ? これって、もののけの専門書じゃなくて、普通の動物の専門書?」
「そうだよ。いきなりもののけの本を読んだって、分かる訳無いから」
「ふうん。でも、これだと……」
「余り意味が無いぞ」
後ろから声が聞こえて、ビクリと身体を震わせる。
何事かと振り向いてみると、今度は部屋の奥にある窓の前に、兵子が立っていた。
「貴女達は忍びですか」
「ふむ、気配を消して動く事だけを言えば、同じ部類の人間と言えるだろう」
「それじゃあ俺も、忍者に気配を消す術を習うべきですかね」
「学びたいのなら紹介するが?」
忍者居るのかよ。
……いや、もののけの狩人すら居たのだ。今更忍者が居ても驚くまい。
「所で兵子さん。余り意味が無いって、どういう意味ですか?」
「ああ、もののけと通常の動物とでは、動きや習性が違うからな。下手をすれば、その知識が逆効果になる場合もある」
「それじゃあ、どうしてこの書庫には、普通の狩り本があるんですか?」
「見栄えの為だな」
それを聞いた俺は、うんざりして机に頭を打ち付けた。
「……何なんだ、この学校は」
「体裁の為に取り敢えず作った、ハリボテの学校だからな」
「そこはオブラートに包みましょうよ」
「私は嘘が苦手だ。しかし、ここにはもののけの専門書もきちんとある。それを読めば、少しは狩りの参考になると思うぞ」
横に回り込んだ兵子を見る為に、ゴリゴリと音を立てて首を捻る。
「今、少しはって言いましたよね?」
「うむ」
兵子が腕を組む。
「正直に言って、もののけの狩り方に関しては、正解が無い」
はい、努力の全否定来ました。
俺が真面目に励んだ一ヶ月は、全く無意味だった様です。
「何の為の一ヶ月だったんだ……」
「考えても見たまえ。巻き狩りなどのように、複数の人間でもののけを追い込んだ場合、その人間達はどうなると思う?」
「……獲物を狩れるのでは無いでしょうか」
「否。散り散りになった人間が一人ずつ狩られて行き、最後は全滅だ」
残念ながら、兵子の言って居る事は、的を得ている気がする。
今まで戦った主クラスのもののけに巻き狩りを使えば、機動力で皆殺しにされてしまうだろう。
「では、一狼君。複数人でもののけを狩る場合、どうする事が最適解だと思う?」
兵子に言われて考えてみる。
少しだけ悩んだが、今までの狩りの経験から考えると、最適な方法は一つしか思い浮かばなかった。
「気付かれないように獲物に近付いて、一斉攻撃すれば良いと思います」
「うむ。最初に正解が無いとは言ったが、過去の例から見ても、それがもののけを狩る基本だと、私は思う」
成程。正解こそ無いが、過去の討伐例を参考に、成功率の高い作戦を実行するのが効果的だと言う事か。
それならば、今まで俺が勉強して来た狩りの方法も、その作戦と組み合わせて使えば、多少は有効かもしれない。
「良かった……勉強が完全に無駄だった訳では無かったみたいだ」
「最初にきちんと言った筈だぞ? 余り意味は無いとな」
「いや、後半の講義が無ければ、そうは思えませんでしたよ?」
「そうか?」
そうです。
「まあ良い」
そうですよね。
「それよりも、明日からは色々と忙しくなるから、今日は早く帰って休むのだぞ」
それを言われて、思わず首を傾げる。
授業には真面目に出ていた筈だが、忙しくなる事は何も聞いていないぞ?
「テストでもありましたっけ?」
「全く、一狼君は私の話を何も聞いて居ないんだな」
「はあ、済みません」
大事な事を聞き逃していた様なので、素直に謝罪する。
すると、兵子は一度コホンと息をして、俺に向かって真っ直ぐに言った。
「大規模狩猟だ」
よし、やっぱり聞いてねえ。
「聞いてませんね」
「先生、言ってません」
「ふむ、そうだったか」
そう言って、兵子がふっと笑う。
この人は本当に謝らないな。
「まあ聞け」
それだけ言って、兵子が語り始める。
「立之山と言う霊山があってな。まあ、日本三大霊山の一つなんだが、そこの山では六月になると、二階層に居る幻獣クラスのもののけが、一階層に下山して来るのだ」
「それは、確定のイベントなんですか?」
「うむ。理由は明確には分かって居ないのだが、必ず現れる。そんな事から、このイベントは『立之山の試練』と呼ばれ、日本中の狩人が招集されるのだよ」
淡々と話して居る兵子に対して、俺の表情は暗い。
遂に来てしまった、大規模狩猟への招集。
雷鎚を狩ったせいで招集される様になってしまったが、正直今の俺の実力では、そのイベントは早過ぎるだろう。
「あの……行くのは俺だけですか?」
「いや、今回は私も招集されている」
「他の狩人達は?」
「未来君は免許が無い。猫と又吉師匠は姫山の管理。鷹子君は里帰り中だ」
成程、これは選択肢が無い奴だ。
姫山は他の霊山と比べても、中々に危険な霊山だと思うのだが、どうしてこんなに狩人が少ないのだろうか。
「もしかして、姫山って狩人が不足して居るんですか?」
「そうでも無いのだが、皆が自由に行動して居るので、常駐の人間は常に少ない」
「あー成程。凄く理解」
まあ、姫山の狩人だからな。
とは言え、俺が行くとなった場合、もう一つの問題が発生する。
「困ったな。俺は前回の狩りで、衣装を全部ロストし居るんですけど」
「ふっふっふ、それに関しては、私に任せて貰おうか」
それを言ったのは、目の前で得意げに腕を組んで居る未来だった。
「もしかして、新しい衣装を作ってくれるのか?」
「作ると言うか、実はもう製作済みです」
「……高い?」
「激高。激レア。高性能」
「よーし、胃がキリキリするぞ」
楽しそうな表情をして居る未来に対して、俺は苦笑いを返す。
ただでさえ成章と言う爆弾を抱えて居るのに、更に搾取対象となる衣装を手にしたら、俺は生きて帰って来れる自身が無いぞ?
「なあ未来。普通の衣装は無いのか? もののけの相手だけでも必死なのに、狩人にも狙われたら、俺何も出来ないんだけど」
「それは絶対に無いから、安心しても良い」
そう言い切った兵子に対して、首を傾げて見せる。
すると、兵子はふっと笑った後、とても嬉しそうな笑顔で言った。
「相手にするもののけが強すぎて、他の狩人を狙う暇など無いからな」
絶句。
そう言えば、幻獣クラスって、主クラスより更に上のもののけだったな。
果たして俺は、無事に生きて帰って来る事が出来るだろうか。
「……頑張ります」
何とか言葉を捻り出した後、作り笑顔ではははと笑う。
それに合わせて笑う二人。
どうやら過酷な狩りになる様だが、選ばれた以上、自分に出来る事を見つけて頑張る事にしよう。




