42話 姫山狩人に常識無し
深い橙色に染まった空。
俺達は傷付いた白火倶槌を連れて、ゆっくりと姫山を降りる。
やがて、入り口が見えてくると、そこには仁王立ちの兵子と、姫山の仲間達が待っていた。
「兵子さん……」
「ふむ、来ると思って居たぞ」
チラリと横を見る兵子。
そこには、生気を失った未来が、地べたに座り込んで居た。
「さて、事情を聞こうか」
山の入り口を挟み、起こった事を一から順に説明する。
説明が全て終わると、兵子は深く頷き、再び未来の事を見た。
「成程。それは大変だったな」
「はい、そう言う事なので……」
「待て」
俺達が山を降りようとした時、兵子がそれを止める。
「君達が山を降りると言う事は、狩猟大会をギブアップすると言う事だ。ギブアップすれば、大会中は山に入れなくなるぞ?」
その言葉の後、未来が顔を上げる。
作り笑い。
俺でなくとも、その場に居る全員が、それを分かってしまっただろう。
「私は大丈夫だから! 一狼達は狩猟大会を頑張って!!」
元気な声。
「白神君には色々やられたけど、姫山の狩人が弱い訳じゃないから! 一狼達がそれを証明して来てよ!」
握った拳が小刻みに震えて居る。
見える。
形は無いが、彼女の痛みが……見える。
「だから……!」
「ひょいっとな」
「あー!!」
そう言う事なので、俺達は彼女の言葉を無視して、山を降りました。
「何で……!」
「うるさい黙れ」
未来を上から睨み付ける。
未来は俺の睨みに対抗したが、やがて心が折れて、静かに下を向いた。
「あの、私……」
「未来、俺に嘘を吐いたな」
「あ、あれは仕方なく……!」
「仕方なくなんか無い」
上から言葉を遮る。
作り笑いすら出来なくなる未来。
そんな未来に向けて、俺は。
「……ありがとうな」
お礼をした。
「……え?」
「いやー。未来のお陰で、狩人の知識がまた増えたよ。やっぱりもののけの狩人って、凄い人達なんだな」
「いや、あの……」
「ああ、シロポンな。白神が置いて行ったから、秋名が回収した。山を降りたら返せよって言ったんだけど、聞かなくてさ」
「へー……って! 違くて!」
未来が立ち上がる。
「何で私を責めないの!? 私は嘘をついてたんだよ! それに守人の事だって……!」
腕を伸ばして未来の言葉を遮る。
涙目の未来。
彼女の痛みは、もう十分に伝わった。
「未来……」
「一狼……」
「さっきからギャーギャーうるさい」
『えぇぇぇ!?』
その場の全員がドン引く。
「一狼君、それは無いだろう」
「狼さん、今のはありません」
「イチロー、ひどいガ」
「紳士的では無いね」
「おお……総攻撃か」
その場に居る全員の睨みを無の心で避けた後、未来へと近付く。
俯いて居る未来。
そんな彼女を見て、俺は微笑む。
「統制のやり方は、色々あると思う」
未来がゆっくりと顔を上げる。
「もののけの狩人にとって、戦闘力は重要な要素だとは思う。だけど、それを持って居るだけで、その人が統制に優れている人間だとは言えない」
「……でも、私はその強さすら、嘘で誤魔化そうとしたよ」
「そうだな。そして、簡単にバレた」
未来が唇を噛む。
「多分、白神が来なくてもバレただろうな」
「……そうだね」
「だけど、それがバレたからと言って、俺達は誰も未来に失望してないぞ?」
それを聞いた未来が目を丸める。
「俺は何も知らなかったけど、未来は未来なりに、守人として頑張ろうとしたんだろ? その結果を、俺達が否定する訳無いじゃないか」
「それでも、私は……」
「後悔するなとは言わないさ。だけど、俺も姫山の狩人として、未来に言える事がある」
未来に視線を合わせる為に屈み、にこりと微笑み掛ける。
そして、言った。
「未来は守り手として、姫山を守れて居る」
風が吹く。
姫山の麓から、とても優しい風が。
「未来は素人である俺が死なない様に、衣装を作ってくれた。未来は俺が狩人の和に入れる様に、いつも笑顔で接してくれた」
それらは、俺が姫山に来た時に、ごく自然に行われた事。
しかし、それがなければ、俺は姫山で何度も死に、狩人の和にも入れなかっただろう。
未来が居てくれたからこそ、俺は己を偽る事も無く、自由にここに居られたのだ。
「白神が言っていた、統制を図ると言う行為は、霊山を守る為に必要な事だと思う。だけど、姫山の狩人を自由にしている未来のやり方も、間違ってない」
「……」
「だから……」
だから。
「未来のやり方は、間違ってない」
もう、涙を流さなくて良い。
いつもの様に、笑ってくれれば良い。
その笑顔に、幼かった頃の俺も、今の俺も、救われて来たのだから。
「……うん」
雫の溜まった瞳を擦り、微笑む未来。
見せてくれたのは、いつもの笑顔。
これで良い。
これで俺は、姫山の狩人として、堂々とやりたい事が出来る。
「そう言う事で……」
ゆっくりと立ち上がり、皆の事を見る。
「俺はもう一度、姫山に入ります」
「……へ?」
「言われっぱなしは癪だからな。俺も姫山の狩人として、姫山を守れて居る事を証明しないと」
「……一狼。先生が最初に言っていた事、きちんと聞いてなかったの?」
「そうだぞ一狼君」
兵子が俺の事を睨む。
「姫山に入るのならば、我々も連れて行くべきだろう?」
「先生まで!?」
「姫山を否定されたのだ。その狩人である私達が行かなくてどうする」
「で、でも……!」
「無駄だよ、未来」
未来が全員に視線を送る。
その全員の瞳が、俺達が姫山に入る事を、否定して居なかった。
「姫山の狩猟大会は、確かに終わりました。ですので、ここからは私用です」
「夜は少し苦手だガ、関係ないガ」
「同胞を蹂躙するのは、忍びないですねえ」
「夜戦は得意種目なんだよねー」
「未来を傷付けた人。許さない」
全員が名乗りを挙げる。
未来はポカンとした表情をして居たが、やがてため息を吐き、やれやれと言う表情を見せた。
「分かりました。私も行きます」
「だろうな。しかし、今回の戦いは激化する事が必死だ。怪我をしている未来君とシロ君は、山の入り口を守って貰うぞ」
「分かりました」
「鷹子君は二人のサポートを頼む」
「了解ガ」
兵子がこちらに向く。
「一狼君は白神か」
「ですね」
「ふむ、好きにやれ。他の五人は遊撃だ。白之山の狩人だけでなく、全ての狩人をターゲットとする」
「え!?」
「未来君、何を驚いている? 姫山をコケにされたのだ。我々の実力を示すには、これが一番だろう」
「それは…どうでしょう?」
「ふむ、異論は無しと」
各々が武器を携えて、姫山の麓に集う。
陽は既に落ちて、辺りは月の明かりで仄かに見えるだけ。
姫山に来て初めての、夜の遊撃戦だ。
(……ああ、良い夜だなあ)
ぽっかりと浮かんだ満月を見ながら、徐に黒夜叉のフードを被る。
黒夜叉適合。
思考が否応無しに深くなり、普段見えない山の奥まではっきりと見える。
「各々、準備は良いか?」
兵子の声に全員が頷く。
皆が今装備している一式は、夜戦使用などではなく、普段通りの装備だ。
しかし、今の俺には分かる。
姫山の狩人が装備している一式は、どちらかと言えば夜戦向きに出来ている。
(つまり……姫山は夜の方が強い)
万全。
俺達は、目的を達成出来る。
「それでは……」
皆がゆっくりと歩き出す。
「姫神サーカス、倣え!」
姫山の入り口で立ち止まり、綺麗に横並びする一同。
妲木戦の時にもやった儀式。
この行為で、俺達は狩人としての指揮を高め、ついでに格好良い感じに酔いしれる。
まあ、それは俺だけかも知れないが。
「目標、霊山に居る狩人の全滅!」
「了解!」
「一同! 入山!!」
全員が走り出す。
兵子と秋名は右に。春子と又吉は左に。そして、残りの狩人は正面に。
さあ、皆殺しの始まりだ。




