41話 真の強者と偽る弱者
「おお! 行ける口だねえ!」
「ガウガウァ!」
現在時刻、14時23分。
俺の目の前に映っているのは、昼間から酒を飲んで、ベロベロに酔った大人二人。
いや、片方はもののけだから、一人と一匹なのか?
兎に角、青年青女の模範となる筈の二人が、率先してはっちゃけて居た。
「ほれ、もう一杯」
「ガウガウガァ!」
「良いねえ! どんどん行こう!」
春子が白火倶槌の持つ樽に酒をぶち込む。
勢い良く飲み干す白火倶槌。
その光景は見ていて楽しいが、あの大量の酒は、どこから持って来たんだ?
「春子、飲み過ぎ」
「えーいーじゃん。新しい友達が出来たんだしさあ。つか、秋名も飲みなよお」
「未成年」
「ちぇー。良い子ぶっちゃってさー」
言った後、春子が大ジョッキの酒を一気に飲み干す。
底無しの酒飲みが二人。
このまま続けていたら、二人の後ろにある大樽五つも直ぐに無くなってしまうだろう。
「そんで、シロちゃんはさー」
「シロちゃん!?」
「あん? 白火倶槌だからシロちゃんじゃん?」
「いや、まあ、良いけど……」
相手は霊山の守り神と呼ばれる程のもののけなのだが、大丈夫なのだろうか。
それ以前に、先程から成立する筈が無い会話が成立しているのは、やはりお酒のお陰なのだろうか。
「えーそんな事言ってぇ。本当は良い子がいるんでしょ?」
「ガウ? ガウガウ」
ふむ、どうやら色恋沙汰の話の様だ。
少し気になる所だが、酒を飲めない俺ではあの会話には参加出来ないだろう。
それよりもだ。
「……ふぅ」
小川に足を浸けて、小さくため息を吐いている未来。
最初は元気だったのだが、今は寂しそうな背中を見せている。
「どうかしたのか?」
気になったので、近付いて声を掛ける。
すると、未来はビクリと肩を浮かした後、作り笑いをこちらに向けてきた。
「いやぁ、別に何も無いよ?」
「ふうん、そうか」
それだけ言って、横に座る。
少しの沈黙。
俺は未来が自分から話をしてくれる事を、黙って待つ。
「……一狼はさ」
そして、会話が始まる。
「色々と凄いよね」
「何が?」
「家族の事とか、狩りの腕とか」
「……」
またこれだ。
未来は俺がここに来て以来、何かにつけては俺の事を誉めてくる。
最初の頃は嬉しい感情もあったのだが、最近は余りにもしつこくてうんざりしていた。
「……まあ、そうかな」
その結果。
今日は皮肉を返す事にする。
「姫山のボス級も三体狩ったし、不死之山でも白火倶槌を守れた。普通の狩人じゃこんな事は出来ないだろうな」
「うん……そうだね」
「でも、未来はこれからだろう? 前回の戦いで怪物も手に入れたし」
「……だね」
未来がベルトに携えたシロポンを擦る。
「そう言えば、未来の怪物の特性って、何なんだ?」
「……え? ああ、特性ね!?」
慌てた表情でシロポンを抜く。
「この銃の特性は、私以外の人間だと弾が出ないって感じかなぁ!」
「ふうん、試しても良いか?」
「それは駄目!」
急に突っ張る未来。
「ど、とうせ出ないんだから、試しても意味無いでしょ? それに、万が一一狼になついたら、私の怪物が無くなっちゃうし!」
「俺の成章は誰にでもなついてるんだけど」
「一狼のは良いの! いっぱいあるし!」
成章は大戦時代に作られた量産銃だ。数だけならば、千丁以上は存在している。
とは言え、自分だけの武器だと思っていた成章が複数存在していると言うのは、俺としては気分が良くなかった。
「まあ、そうだな。成章は沢山あるし、他の人になつかれても、大した事は無いか」
しかし、敢えて皮肉で返す。
俺は怪物や衣装に恵まれて、短期間で普通の狩人以上になった。
未来はそう言う事にして欲しいんだろ?
「そう考えると、もののけの狩人って大した事無いよな」
軽く言った後、頭の上で腕を組む。
「手に入れた道具次第で、少し前まで一般人だった俺でもエースになれる。昔から狩人をやってる人達は、何でわざわざ専門的に訓練なんてやってるのかね」
「それは……何でだろうね」
「こんな事になるのなら、黙って一般人を集めて、怪物の適合者を集めた方が早いんじゃないかな」
「それは……!」
未来が思わず立ち上がる。
その、次の瞬間だった。
「貴様の様に安易な考えを持つ輩を、もののけの狩人にしない為だよ」
男の声。
それに少し遅れて、俺の腹に銃弾が打ち込まれ、俺は派手に吹き飛んだ。
「一狼!」
「ふん、隙だらけだな。これだから下界上がりは好きになれない」
ビリビリと痺れる腹を抑えながら、ゆっくりと正面を見る。
すると、小川の縁の茂から、一人の見知らぬ男が姿を現した。
「確かに貴様の言う通り、今のもののけの狩人は、実力不足の者も多い」
俺の居た場所までゆっくりと歩き、上から俺を見下ろす。
「しかし、幼い頃からもののけを学んだ者は、狩人としてのルールとモラルを守る。貴様の様な下賎な者と一緒にするな」
再発砲。
俺は咄嗟にフードを被って頭を防御したが、それでも吹き飛ばされて、地面に頭を強く打ち付けた。
「……くっ」
「少し寝て居ろ。俺は『こいつ』に話がある」
そういって、男が未来の方に振り向く。
その瞬間に他の三人が飛び出したが、男が未来に銃を向けたので、動けなくなってしまった。
「久しぶりだな」
「……白神君」
白神と呼ばれた男。
灰色の長髪に細い瞳。武装は白い毛皮をあしらえたベストに、灰色の迷彩ズボン。腰には濃い茶色の万能ベルトを巻いている。
そして、特筆すべきは、彼が軽々と片手で持っているライフル。
形は昔の火縄銃の様だが、各所に様々な色の鋼材が使われていて、いかにも特殊な十打という雰囲気が漂って居た。
「もか専で特性付きの衣装を開発したと見たが、まさか一般人に持たせて居たとはな」
「……一狼は一般人じゃないよ」
「一般人だ。成章に適合しただけのな」
白神が周囲を横目で眺める。
「それに加えて、この大会でも一般人と組んで狩りをしている。しかも、もののけとまで馴れ合ってだ」
白火倶槌を睨み付ける白神。
対して白火倶槌は微動だにせず、むしろ周りの林を警戒している様だった。
「お前は姫山の守人だろう? 一体何をやっているんだ?」
「それは……」
未来が視線を落とす。
緊迫した雰囲気が漂う大部屋内。
「あのさー。ちょっと聞きたいんだけどお」
そんな中で、春子が気軽に声を上げる。
「守人って、一体なんなの?」
「そんな事も知らないのか?」
「知らないよ。一般人だからね」
春子の挑発。
白神はそれを歯牙にも掛けず、小さく息を吐いてから説明を始めた。
「守人と言うのは、霊山の管理者の事だ。姫神家は代々姫山の守人を勤めている」
「そんじゃあ、君も守人なの?」
「ああ、俺は白之山の守人だ」
「ふうん、成程ねえ」
納得した表情を見せる春子。
白神はそれを確認すると、再び未来の事を問い詰め始めた。
「改めて聞くが、お前は姫山の守人として、本当に姫山を守れて居るのか?」
「守れて……いるよ」
「そうか?」
白神が俺を睨み付ける。
「俺が聞いた話だと、あの男が他の霊山で、色々と迷惑を掛けている様だが?」
「それは……」
「それに、他の狩人も各々自由に行動して、統制が取れてないと聞いたが」
「そんな事は……!!」
未来が叫んだ瞬間、茂みから狩人が複数現れて、その場に居る全員を包囲する。
全員が同じ武装。
どうやら白神の部下である事は、間違いなさそうだ。
「統制とは、こういう事を言うのだ」
各々が姫山の狩人の背後を取り、完全に行動を封じている。
その姿は、まるで軍隊の様だ。
「さて、もう一度問おう。お前は本当に、姫山を守れて居るのか?」
「わ、私は……」
「守れて……いるさ」
それを言ったのは、俺だった。
「未来は姫山の事を……!」
着弾。
俺の頭で銃弾が弾けて、再び意識が飛びそうになる。
「貴様には聞いていない」
圧倒的な実力差。
俺には銃を撃った瞬間すら見えなかった。
「しかし、今ので分かった。やはりお前は、姫山の守り手としては不十分だ」
「……」
「沈黙か。まあ良い。俺はこの件を狩人会議に掛けて、貴様を解任するだけ……」
話の途中で未来がシロポンを振り上げる。
しかし、銃口が白神に向くと同時に、白神がシロポンをスルリと奪い取った。
「くっ……!」
「その判断は悪くない。だが、それをやるならば、アイツが撃たれた時点でやるべきだったな」
悔しそうにしている未来を、白神が上から見下ろす。
そして、言った。
「仲間が攻撃された時点で動けなかったお前に、守人を担う資格は無い」
止めの一言。
確信を突かれた未来は、完全に言葉を失ってしまった。
「ふん、悪くない銃だ。相変わらず工作技術だけは確かな様だな」
シロポンを一通り眺めた後、白火倶槌に銃口を向ける。
しかし、俺は知っている。
その銃は未来以外の人間が撃とうとしても、弾が出ない……
『ボッ!』
「ガァァァ!!」
シロポンから火炎弾が放たれて、炎に包まれた白火倶槌が地面を転がる。
これは、どう言う事だ?
その銃は未来以外の人間では、弾が出ない筈なのだが。
「火に強い白火倶槌を焼く炎か。弾の品質も悪くない。これならば、技術者として生きた方が、余程の価値が……」
「ま、待て……!」
混乱した頭で言葉を捻り出す。
「何でそれを撃てるんだ!? それは未来の怪物じゃないのか!?」
「……何を言っている?」
首を傾げる白神。
……ああ、そうか。
間違えた。
聞くべきでは無かった。
「この銃は……」
もう分かった。
分かってしまった。
だから、言わないでくれ。
……そう思ったのに、白神は。
「怪物などでは無い」
言ってしまった。
「お前は山を降りて、大人しくしていろ」
言葉の後、無慈悲に銃の引き金を引く。
撃ち抜かれる頭。
撃たれたのは……姫神未来。
「貴様ら一般人は撃つ価値も無い。自分達の足で山を降り、二度と山に入るな」
そう言った後、銃のはシロポンを地面に落とし、茂みの先へ消えて行く。
同時に消える部下達。
残された一般人は……動けない。
(俺は……)
フラッシュバックする未来への態度。
何も知らずに言ってしまった暴言。
もう……取り戻す事は出来ない。
(俺は……!!)
俯き、歯を食い縛る。
強く。
強く。




