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43話 怪物の適合者達

 姫山の入り口付近で未来達と別れた俺は、藪を切り裂いて一直線に進む。

 途中で様々な罠が張り巡らされていたが、黒夜叉に適合している俺に対しては、ただの障害物でしか無い。

 そんな中で、高速で突き進む俺の背中に付いて来て居る人影が、一つだけあった。


(猫さん……)


 猫屋敷小夜子。

 俺はもののけの力を使って、木々を飛び回っていると言うのに、小夜子は地面を走りながら、自然体で付いて来る。

 元々優れた狩人だとは思っていたが、まさか三種のもののけと適合している俺に、付いて来られるとは思っていなかった。


「猫さん、何で俺に付いて来るんですか?」


 木の上から話しかけると、猫は素早く夜之雫を抜き、正面に発砲する。

 命中。

 前方に居た狩人は音を立てる事も無く、その場に倒れて消えて行った。


「護衛が必要だと感じたからです」

「それはどうも」

「それと、狼さんに話がありまして」


 俺は飛びながら首を傾げる。


「狼さんは、未来さんが好きなんですか?」

「色恋沙汰!?」

「少々興味がありまして」


 危うく正面の木に衝突する所だったが、身を捩って何とか回避した。


「と、友達ですよ! 何ですかいきなり!」

「そうなのですか」


 淡々と走り続ける猫。

 白神が居るである場所は、まだ遠い。


「私、不思議なのです」

「はい?」

「普通であれば、ただの友達の為に、ここまで命を張る事は無いと思うのです」


 猫がこちらに向く。


「どうして狼さんは、皆さんの為に、ここまで動けるのですか?」


 疑問の表情。

 どうやら、何時ものように茶化して居る訳では無さそうだ。


「そうですね……」


 よって、俺は正直に答える事にする。


「姫山に来るまでの俺って、あんまり他人の事が好きじゃなかったんですよ」

「そうなのですか?」

「知っての通り、うちは貧乏な上に特殊な家系でして、他人からは白い目で見られる事が多かったので……!」


 左右から狩人二人。

 俺が右の狩人を撃ち抜くと、それを見越して居たかのように、猫が左の狩人を撃ち抜いた。


「猫さん、相変わらず凄い腕ですね」

「狼さんは黒夜叉のお陰ですね」


 ごもっとも。

 猫はおっとりした容姿に似合わず、多くの皮肉を言ってくるのだが、俺はそれが嫌いでは無い。

 猫の皮肉は、今まで聞いてきた皮肉と違って、嫌味が無いからだ。


「狼さんは、今三匹のもののけと適合しているのですよね?」

「そうですね」

「何故正気を保てて居るのですか?」


 その質問に関しては、明確な答えが無い。


「実際、正気かどうかは分からりません。頭がぼうっとするし、考えるより体が動くし」

「トランス状態と言う奴ですか?」

「かも知れません。でも、猫さんも複数のもののけと適合していますよね」

「私は幼い頃から訓練されて居ますから」


 訓練されていると言ったが、もののけとの適合は恐らく『慣れ』だ。適合時のリスクは消えない。

 その状態を幼い頃から続けて来たのなら、猫はもののけの特性を『受け入れた』と言っても過言では無いだろう。

 それ即ち、自ら人間性を捨てた事と同義。


(まあ、俺もそうなんだけど……)


 そんな事を思い、次の枝へと飛ぶ。


「狼さんは気持ち悪いですね」

「何ですかいきなり」

「いえ、そう思ったので」


 思って居ても、せめてオブラートに包んで言って欲しいものだ。


「もののけ三匹との適合。怪物との付き合い方。どちらを取っても、普通の狩人ではありえません」

「適合の方はそうかと思いますが、成章との付き合い方は、普通じゃないですか?」

「そうでしょうか?」


 猫が立ち止まり、真っ直ぐに俺を見る。


「成章は適合しても、基本一本しか使えません。伝説と言われる祖父でさえ、衛星成章しか使えませんでした」

「その割には、又吉さんも死角からポンポン成章を出して居ましたけど」

「あれは、成章が死角に消えた後、祖父の手元に戻って来ているだけです」

「そうなんですか」

「それに比べて、狼さんの成章は……」


 どこからでも現れる。その場に適した成章が勝手に出る。他人の特性付きの成章を複製出来る。おまけに、俺が心を許した人は、普通の成章であれば使えると来た。

 まあ、確かに普通では無いのかな?


「私は……不安なのです」


 猫がゆっくりと歩き出す。


「貴方の戦い方は、完全に狩人の理から逸脱している。それが過ぎれば、いつか人間に牙を剥くかもしれない」


 俺が乗って居る枝の下で立ち止まり、不安そうな瞳を向けて来る。


「貴方は、私達の敵にはなりませんよね?」


 沈黙。

 正直、それに素直に頷く事は出来ない。

 何故ならば、成章は本来『人間を殺す為に作られた武器』であり、もののけは『人間と敵対している生物』だからだ。

 その双方に俺の意識が全て乗っ取られたら、俺は何をするか分からない。

 だからこそ、俺の答えは……


「分かりません」


 真実。

 虚実を語った所で、猫は必ずそれを見抜き、逆に信用を失うだろう。

 この人には、嘘を言ってはいけない。


「そうですか……」


 悲しそうな表情を見せる猫。

 とても辛い。

 自分が心から信頼している人間を、悲しい気持ちにさせるのが、とても辛い。

 それでも、嘘は吐けない。

 それこそが、彼女に対する俺の信頼なのだから。


「それでは、狼さんが人間を裏切ったら、私が撃ち殺しますね」

「一見優しそうですが、とんでもない事を言ってますよね」

「優しさに包まれて死んでください」

「出来れば殺す以外の方法で、助けて頂きたいんですが」


 クスクスと笑う猫。それに合わせて俺も静かに笑う。

 普通に聞いていれば、俺についての話なのだが、この話には裏がある。

 それは、猫も怪物の適合者だと言う事。

 猫も当然これを分かっていて、この話して居るだろう。

 つまり、この話は『そういう話』なのだ。


(何で俺に言うかね……)


 他人である俺であれば、躊躇無く猫を殺れるとでも思って居るのだろうか。

 残念ながら、俺は猫が暴走しても、絶対に殺すと言う選択肢は選ばないぞ?

 例え他の人間がそれを否定しても、猫を生かして救う手段を必ず探す。

 必ずだ。


「見えてきましたね」


 猫の言葉を聞いて、正面に視線を移す。

 藪の先に見えるのは、大部屋の中央で堂々と切り株に座っている白神。

 やはり、隠れては居なかったか。


「先に言っておきますが、狼さんが勝てる相手ではありませんよ?」

「この状態でもですか?」

「はい」


 猫に言われて苦笑いを見せる。

 しかし、勝敗はさほど重要では無い。

 重要なのは、俺達姫山の想いを、白神にきちんと伝えられるかだ。


「それでは、私はこれで失礼します」

「一緒に来ないんですか?」

「私の仕事は、白神さんと戦う事ではありませんから」


 夜之雫を構えて、左右に気を配る。

 遠目に見えるのは、白神と同じ服装をした狩人達。

 どうやら俺達が来る事を、最初から予想していた様だ。

 

「それでは、ご健闘を」


 闇に消える猫。

 俺は一度大きく息を吐いた後、ゆっくりと歩いて白神の前に立った。


「……来たか」


 顎に手を置いたまま、視線だけをこちらに向けて来る。

 既に臨戦態勢の俺に対して、白神は銃を手に取る事すらしなかった。


「思っていたより早かったな」

「貴方が居る場所は分かって居たので」

「ほう」


 小さく首を傾げる白神。


「地形固定期間とは言え、霊山内の方向感覚は変動して居るはずだが?」

「変動はしてますね。でも、それが逆効果になるとは限らない」

「……成程。どうやら貴様は、霊山が何たるかを分かっている様だな」


 白神がフッと笑う。

 何故俺が白神の居る場所を知っていたか。

 その答えは『知らない』である。

 しかし、霊山には意志があり、その意志が『狩人自身の心情』で変化する事を、俺は不死之山の一件で学んで居た。

 つまり、俺が白神に出会いたければ、それを強く意識して、真っ直ぐに進めば良いだけなのだ。


「短期間でそれ程の知識を身に付けて居るとは。ローグライカーと言う称号は、伊達では無い様だな」

「貴方はローグライカーを知っているのか」

「ああ、裏飯屋の店主だけが持って居た、特別な称号だ。貴様が持った時は冗談かと思ったが……賀古さんのゲームのイチローは、やはり貴様だったか」


 姫山賀古。未来の母であり、霊山を舞台としたローグライクゲームを作った第一人者。

 どうやら白神は、未来の家系の事を良く知っている様だ。


「成程……成程……」


 ブツブツと唱えながら、白神がゆっくりと立ち上がる。

 右手には、未来を撃った特殊ライフル。

 どうやら、戦闘準備は整った様だ。


「始める前に、言いたい事はあるか?」


 自然体で構えて居る白神を見て、額からジワリと汗が滲み出る。

 感じた事の無い静かな殺気。

 それでも、俺の口は勝手に動いて、飾り気の無い本音が溢れ落ちる。


「……実は俺、霊山で仲間が殺されたのを、始めて見たんですよ」

「成程、どう思った?」

「頭が真っ白になりました」

「だろうな」

「だけど、姫山を降りて、未来の姿を見た瞬間に……」


 狩り衣装の毛皮がビリビリとざわつく。


「……初めて、人を殺したいと思いました」


 風が吹く。

 荒々しく、刺々しい強い風が。


「良いだろう。掛かって来い」


 銃をこちらに向ける白神。

 それに合わせて、俺はゆっくりと屈む。

 さあ、始めよう。

 殺し合いを。

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