35話 強者連携
拮抗していた戦線を揺るがす、白火倶槌の強力な一撃。
敵である筈のもののけ同士が戦闘を始めた事により、辺りは騒然として居たが、そんな事は『どうでも良い』二人は、既に次の行動を開始していた。
「私が道を切り開く! 一狼君はそのまま突っ込め!」
そう言って、兵子が正面に居た炎木の群れに突っ込む。
そのタイミングでやっと全員が我に返ったが、敵も味方も含めて、次の行動に移るには既に遅すぎた。
「はあああ!!!!」
炎木を薙ぎ倒して前に進む兵子。
俺はその背中を追いながら、遠方に居る妲木と白火倶槌の姿を伺う。
(……助けてくれるのか?)
今回の防衛戦の引き金となった、不死之山での一件。
それを知ってか知らずか、白火倶槌は一心不乱に妲木を殴り付けて居る。
しかし、妲木は白火倶槌の攻撃に少しも怯まず、八本の尾で反撃を繰り出していた。
「……!!」
そんな矢先、妲木が一本の尾を器用に動かして、白火倶槌の足を絡め取る。
その場に尻餅を付く白火倶槌。
そんな白火倶槌に対して、妲木は止めを刺そうと、八つの尾を大きく広げる。
「うおおおおぉぉ!!!!」
俺は大声で威嚇した後、持って居た成章を降り被り、妲木に向かって思い切り投げる。
妲木は驚いて直ぐに尾を下げたが、成章は明後日の方向に飛んで行き、そのまま霧の中に姿を消した。
「……ふむ。黒夜叉と適合しても、身体能力はあまり変わらないのだな」
「そうですね」
「それで妲木を殺れるのか?」
「分かりません」
一度その場に止まり、冷静に会話を交わす二人。
だって仕方ないじゃないか。
黒夜叉と適合したら脳が活性化するだけで、肉体が強くなる訳では無いのだから。
「投げた時の軌道は計算出来たんですけど、体が付いて行かないみたいです」
「そう言えば、一狼君は先の戦闘のダメージが残って居るのだったな」
それはそうなのだが、それを言い訳にする事は出来ない。
何故ならば、今の時点で妲木を狩れる可能性があるのは、俺と兵子だけなのだから。
(ここを逃したら、もう勝機は無い!)
黒夜叉と適合して活性化している脳が、俺にそう告げていた。
「一狼君!」
兵子が突然大声を上げる。
何事かと顔を上げて見ると、炎木達が俺達の行く先に集い、縦に重なって大きな壁を作って居た。
「成程、頭が良いですね」
「うむ、私のサバサキは刃が短いからな。この厚さの壁では、突破するのに時間が掛かってしまう」
そんな時、俺の体が急に軽くなる。
何事かと思い腹の辺りを見ると、雷鎚の皮で作ったベルトが、淡い光を放っていた。
「兵子さん」
「ふむ、遂に雷鎚とも適合したか。君の体は一体どうなっているんだ?」
「俺に言われましても」
「しかし、これならば……!」
兵子は突進して来た炎木を真っ二つにした後、俺に背を向けて小さく屈む。
そして。
「飛べ!」
声と同時に全力疾走。
俺は兵子の背中を踏み台にして、高々と空へと舞い上がった。
(……これは)
炎木の壁を抜けた所で、周囲の霧が俺の体に集い、落下を減速させる。
雷鎚は雨の日に現れるもののけ。つまり、水を利用して浮力を制御しているのか。
(まあ、物理法則は無視しているけど)
細かい事はどうでも良い。
とにかく俺は兵子のお陰で、何とか妲木達の元に辿り着く事が出来た。
(さてと……)
一度小さく息を吐き、ゆっくりと妲木達を静観する。
それに対して、妲木達も一度争う事を止めて、真っ直ぐにこちらを睨んでいる。
(……うん)
さて、ここでハッキリしておこう。
この二匹は争ってこそ居たが、平常時は人間と対峙している存在である。
詰まる所、敵だ。
(最悪、一瞬で殺されるな)
そう思い、ゴクリと息を飲む。
この状況で、白火倶槌は妲木の方を狙ってくれるだろうか。
『ガアアアア!!!!』
『キィィィィ!!!!』
咆哮する強者達。
そして、次の瞬間。
『ガアッッ!』
白火倶槌が身を翻し、妲木に突っ込んだ。
(良し!)
白火倶槌は味方。そして、絶好の好機。
俺は背中の死角から成章を取り出すと、白火倶槌の横に回り込む。
「はっ!」
妲木の顔に目掛けて発砲。
弾丸は真っ直ぐに妲木の頬を捉えたが、皮膚に当たった瞬間に弾かれて、そのまま地面にポトリと落ちた。
(効かないし!!)
予定外の事態。
弾が効かないとなると、成章の重さ特性を活かして、近接攻撃をするしか無い。
しかし、貧弱な人間である俺は、妲木の尻尾一振りで殺されてしまうだろう。
「!!」
そんな俺に対して、妲木は尻尾を翻し、大外から薙ぎ払いを繰り出す。
痛烈な一撃。
白火倶槌が身を乗り出して防御してくれたが、それでも尻尾の先が腕に当たり、俺は森の入り口まで吹き飛ばされてしまった。
「ぐ、ぐうう……」
痺れる左腕。
動けなくなった俺に対して、妲木は追撃を放ってきたが、白火倶槌が俺の前に立ちはだかり、その攻撃を受け始める。
(これじゃあ白火倶槌の邪魔になるだけだ!)
それを察した俺は、動かない体を無理矢理捻り、後ろの森に転がり込む。
何とか妲木から見えない場所までは移動出来たが、それでも妲木の攻撃は止まず、白火倶槌は防戦一方になってしまった。
(……くそっ!)
己の不甲斐なさに歯を食い縛りながら、改めて周囲の状況を確かめる。
すると、いつの間にか最後方に炎木が大量に発生していて、未来達が少しずつ炎木の攻撃を喰らい始めて居た。
「きゃっ!」
尻餅を付き、又吉に助けられる未来。
夜之雫の弾が無くなり、銃で炎木を殴り付けて居る猫。
肩で息をしながら、満身創痍で皆のフォローをしている鷹子。
(時間が無い!)
このままでは不味い!
このままでは仲間達が!
村に居る人達が……!!
「ガッッ!!」
鷹子が炎木に押し倒される。
猫が吹き飛ばされる。
未来が腕を噛まれる。
「……駄目だ」
フラッシュバック。
妹の秋名が雷鎚に潰された光景。
不死之山で鷹子が龍治に撃たれた光景。
「駄目だ……!!」
殺らせない!
俺の大切な人達を! 誰一人殺させる訳には行かない!!
「駄目だぁぁぁぁ!!!!」
怒号。
それと同時に脳がフル回転して、今までに見た『一番強い成章』を思い描く。
「ああああああ!!!!」
掴む。
森の外に飛び出す。
そして、構える。
「赤色成章!!!!」
それは、赤屋敷家に伝わる秘伝の成章。
その銃口から放たれた銃弾は、妲木の顔面に着弾して、大爆発を巻き起こした。
『ガアアアア!!!!』
好機。
顎が浮いてがら空きになった妲木の腹に、白火倶槌の強力な一撃が突き刺さる。
それと同時に黒夜叉のナイフを抜刀。
そして。
「刺されぇぇぇぇ!!!!」
叫びなが空に舞い、振り上げたナイフを妲木の頭目掛けて突き落とした。
『ギ、ギギッ……!!!!』
地面に叩きつけられたまま、必死にもがく妲木。
しかし、成章の特性で重みが増した俺は、幾らもがいても離れる事は無い。
『!!』
そんな俺に襲いかかる八本の尾。
その瞬間、白火倶槌が俺の上を飛び越し、妲木の背中に乗ってそれを弾く。
『……ギギ』
徐々に力を失う妲木。
それでも、俺は妲木の頭にナイフを突き立てたまま、微動だにしない。
『ギ……』
最後の呻き。
やがて、妲木は完全に生気を失い、その場に静かに伏した。
「……」
静寂。
炎木達も長を失った事で機能を失い、その場にボロボロと崩れていく。
その光景を静観した後、俺はゆっくりとナイフを引き抜き、妲木の頭から降りて息を付いた。
「……殺ったな」
兵子がサバサキを鞘にしまい、俺に近付いて来る。
大物を討ち取った高揚感。
しかし、直ぐに得も言えぬ物悲しさが俺の心を襲い、素直に喜ぶ事は出来なかった。
「これで一狼君は、主クラスのもののけを、三体狩った事になる訳だ」
その言葉を聞いて、小さく首を傾げる。
狩った?
俺はもののけを『狩った』のか?
「……あ」
俺が言葉を漏らそうとした時、後ろに居た白火倶槌が立ち上がり、妲木を持ち上げる。
どうやら、そのまま何処かに持って行こうとして居る様だ。
「良いのか?」
「はい。彼が助けてくれなければ、俺達は全滅していましたので」
「……ふむ。彼、か」
兵子が静かに微笑む。
「何にせよ、これで姫山の防衛は完了だ。今は山を降りて、戦いの疲れを癒す事にしようじゃないか」
皆の元へと戻る兵子。それに合わせて、白火倶槌も山の奥へと帰って行った。
俺はやっと安堵の息を吐き、手に持ったままのナイフを見詰める。
(……色が変わっている)
妲木の頭から引き抜いた瞬間、白色から黄色へと変わったナイフ。
今までの事から考えると、妲木に突き立てた事によって、何か新しい特性を得たのかも知れない。
だけど、今はそんな事はどうでも良い。
(本当に……疲れた)
朝から繰り広げられて居た防衛戦。
既に陽光は大地を横切り、星の明かりだけが辺りを照らして居る。
(……うん)
そんな綺麗な夜空を眺めながら、頷く。
多少の心残りはあるが、俺達は麓の村を守る事が出来た。
だから、今はそれ以上は何も考えずに、帰ってゆっくり休む事にしよう。




