34話 正しいもののけの狩り方
炎木の長、妲木。
その神々しい姿を眺めながら、俺は何も出来ずに立ち尽くしている。
動きたいのだが動けない。
あの姿を見てしまうと、ただ圧倒されてしまい、どうすれば良いのか分からない。
「はっ!!」
そんな俺を置き去りにして、猫が間髪入れずに弾丸を撃ち込む。
しかし、妲木は八本の尾を器用に操り、複数放たれた弾丸を簡単に吹き飛ばした。
「ガッッ!!」
続けて鷹子の特攻。
間を詰める途中で地面から炎木が現れて、彼女の進行を止まらせる。
「ふっ!」
その影から現れたのは、又吉。
成章をクルクルと回して妲木に投げ付けたが、まるでその特性を知っているかの如く、防御せずに回避する。
「はあぁぁぁぁ!!」
最後に突っ込んだのは、兵子。
妲木に向かってサバサキを振り被る所まで行ったのだが、地面から炎木が複数現れて盾となり、刃は届かない。
『ギィィィィ!!!!』
咆哮。
高周波が皆の耳をつんざき、やむ終えず全員が後退して来る。
一瞬の出来事。
俺が動けずに居る間に、皆が攻撃を仕掛けたが、ギリギリで妲木には届かなかった。
「……いやぁ、参ったね」
俺の横に戻って来た又吉が呟く。
「済みません。俺……」
「いや、桧山君と姫神君が動けないのは、想定済みだったよ」
「それじゃあ……」
「うん、それでも殺れなかった」
又吉が死角から成章を取り出す。
そして。
「これは……詰んだね」
呟く。
俺はその言葉に首を傾げた。
「まだ始まったばかりでは?」
「もう妲木を殺る術が無い」
「いやいや、冗談ですよね?」
軽い気持ちでそう言った俺に対して、周囲に居る皆の顔は険しい。
「桧山君、僕達人間ともののけの差って、何だと思う?」
急に質問をしてくる又吉。
こんな状況ではあったが、俺は頭をフル回転させて、簡潔な答えを導き出した。
「身体能力の差でしょうか」
「そう、その通りだ」
霧が濃くなる草原の中で、又吉が真っ直ぐに妲木を見詰める。
「人間ともののけでは身体能力が違うから、まともに殺り合ったらまず勝ち目は無い。だから、彼らを殺るのであれば、待ち伏せや奇襲しか方法が無いんだ」
言った後、又吉が苦笑する。
「そして、今回の奇襲は防がれてしまった。後は真っ向勝負しか無いけれど、さっきも話した通り、真っ向勝負では勝ち目が無い」
「だから、詰んだと?」
「そうだね。そうなると、僕達に残された出来る事と言えば……」
話の途中で又吉か兵子の方を向き、小さく頷き掛ける。
兵子はそれに頷き返した後、腰から信号拳銃を取り出して、空に撃ち上げた。
「……他の狩人が助けに来てくれるまで、持久戦をする事だけだ」
話が終わり、成章を構える又吉。
『キィィィィ!!!!』
妲木の咆哮。
その声に反応して、地面から複数の炎木が姿を現す。
どうやら、攻撃再開のようだ。
「構えろ!」
兵子の掛け声と共に、皆が武器を構える。
同時に攻撃を始める炎木達。
妲木が指揮を取っているせいか、先程までの単調な攻撃とは違い、各々が連携して突進してくる。
そして、その結果。
「……はぁ、はぁ」
疲労。
只でさえ体力消費の大きい霊山で、何度も複雑な攻撃を喰らい、皆の体力は大幅に削られてしまった。
「皆、大丈夫か?」
「だ、大丈夫でーす」
「ガ……」
「私も……まだ行けます」
各々が肩で息をしながら返事を返す。
再び繰り返される攻撃。
そんな光景を後ろで眺めながら、俺は。
(……何であの時動けなかった!!)
最初の奇襲時に参加出来なかった事を、心から悔やんで居た。
(あの時俺が動けていれば! 少なくとも殺れる可能性は上がっていたのに!)
皆の姿を見て唇を強く噛む。
そんな時、未来が後ろに一歩下がり、シロポンの弾を裾から取り出し始めた。
「うっ……うっ……」
視線を敵に戻そうとしたのだが、呻き声が聞こえたので、改めて未来を見る。
すると、彼女は袖から取り出した弾を地面に落として、涙を流して居た。
「み、未来……?」
「一狼。私、悔しいよ……」
落ちた弾を拾いながら、未来が呟く。
「私も姫山の狩人なのに……一狼よりも長く狩人をやってるのに……皆が突撃した時に、後に続けなかった……」
拾った弾を握り締めて、涙を拭く未来。
咄嗟に声を掛けようとしたが、未来と同じく動けなかった俺には、掛けられる言葉が見つからなかった。
「どうしよう……このままじゃ……このままじゃ皆が……」
そう呟きながら、シロポンに弾を込める。
沈黙。
彼女と同じ事を考えて居ながらも、俺には何も出来ない。
何も……出来ない。
「このままじゃ……村の人達が……!」
己を奮起させて立ち上がり、再び戦場へと戻って行く未来。
そして、ただ呆然と立ち尽くし、その光景を見ているだけの俺。
だけど。
(村の……人達?)
未来の一言で、心に灯火が点る。
(ああ、そうか。ここを抜かれてしまったら、村の人達も襲われるのか)
目の前の事に必死で、自分達がやっている事の本質を忘れて居た。
今ここで行われているのは、村を守る為の防衛戦なのだ。
(そうか……そうだよな)
ゆっくりと振り返り、麓の村を見下ろす。
ポツポツと明かりが点き始めた民家。
その一番手前には、俺の住む家がある。
「桧山君!」
後から声が聞こえて振り向く。
次の瞬間、俺の横を一匹の炎木が通り過ぎて行った。
(あ……)
頭が真っ白になる。
それに少し遅れて、俺の横を成章が通り過ぎ、後ろ姿の炎木を粉砕した。
「少し苦しくなってきました! 桧山君もいざとなったらお願いします!」
それだけ言って、再び正面を向く又吉。
他の皆も必死に攻撃を繰り返して、何とか炎木の前進を止まらせている様だ。
(……)
そんな皆の背中を見て、思う。
(……駄目だ)
そして、背後にあるものを見て、想う。
(駄目だ……!)
気付くのが遅すぎた。
何故忘れていた?
大切な事じゃないか!
(俺の家には! 秋名達が居るんだ!!)
心に芽吹いた灯火が一気に燃え上がる。
「一狼君!」
未来と又吉の間から炎木が抜けて来る。
それと同時にホルスターに手を伸ばし、高速で成章の引き金を引く。
ゼロ距離射撃。
目の前を通り過ぎようとした炎木は、バラバラに砕けてその場に崩れ落ちた。
「い、一狼……?」
視線の先から未来の声が聞こえる。
だけど、そちらに気は向けない。
脳が必死にフル回転して、次の攻撃をどう防ぐかを考えている。
「ガ……!」
今度は鷹子の叫び声。
素早く体を切り返して、握って居た成章を投げつける。
成章はクルクルと回転しながら炎木に突き刺さり、奥の森まで一緒に飛んで行った。
「一狼!」
未来の声。
だけど、もう何も聞こえない。
何故ならば、俺は既に黒夜叉のフードを被ってしまって居るから。
「ああ……もう夜か」
黒夜叉適合。
先程まで見切れなかった炎木の動きが、今は手に取る様に分かる。
「成章を……拾わないとな」
ゆっくりと正面に向き、皆が見えない死角から成章を取り出す。
これでもう、炎木を後ろに逃がす事は無いだろう。
「狼さん! 駄目です!!」
「猫さん……大丈夫です。それよりも、今は敵の攻撃に集中して」
俺の言葉で歯を食い縛り、何も言わずに前を向く猫。
言いたい事は分かっているさ。
だけど、俺は大切な家族を守りたい。
その為ならば、己の自我など、もののけにくれてやろう。
(とは言えだ……)
改めて草原の先を見ながら考える。
俺が黒夜叉に適合した事で、戦力敵には盛り返しただろう。
しかし、決め手が無い。
相手の大将である妲木は、俺達と一定の距離を保ったまま、攻撃を炎木に任せている。
(持久戦狙いか……)
妲木は今までの戦いを観察して、俺達に強力な遠距離攻撃が無い事を学んで居る。
このまま戦いを続けて行けば、こちらが自滅すると分かって居るのだろう。
「ふむ、これは困った事になったな」
そう言ったのは、いつの間にか俺の横に立って居た兵子。
「兵子さん……」
「ああ、気にしないでくれ。少し腹ごしらえをしている」
その言葉通り、兵子はどこからか取り出したおにぎりを、モサモサと食べて居た。
「なあ、一狼君。今の君の力で、妲木を打ち倒す事は出来そうか?」
「……残念ながら無理ですね」
「そうか。それは残念だ」
ごくりと米を飲み干し、ニヤリと笑う。
「しかし、勝機は見えてきたな。後はきっかけがあれば、何とかなりそうなのだが……」
言葉の途中で、地面が大きく振動する。
それに驚き、動きを止める炎木達。
妲木も何かを感じ取り、寝かせていた尾をピンと空に突き立てる。
「……一狼君」
「はい」
静かに目を細める兵子。
そして。
「勝機だ」
一言。
その刹那。
『ガアアアアァァァァ!!!!』
右側の森から突然現れて、妲木に突撃する蒼白い巨体。
その姿を見て、ごくりと息を飲む一同。
「……白火倶槌?」
未来の口から零れる言葉。
だけど、聞こえない。
皆の最後方に居た筈の俺と兵子は、既に妲木に向かって走り始めて居た。




