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30話 休日ゲームと老紳士

 筋肉痛だ。

 霊山でダメージを受けても死ぬ事は無いのだが、死ぬ前のダメージは蓄積されて、下山してからやってくるのだと初めて知った。

 お陰様でここ二日間、まともに動く事が出来ていない。

 そんな訳で、俺はめでたく自宅休養となり、春子の経営する定食屋のカウンターで、ゲームをする毎日を送って居た。


「はい、ダンジョンクリア……と」


 未来から貰ったローグライクゲーム。

 二日前から新しいダンジョンが解放されたのだが、他にやる事も無い俺は、最高難易度モードをクリアしてしまった。


(ランキングは……)


 オープニング画面に戻って、オプションから確かめてみる。

 二位に大差を付けての一位。

 しかし、やはり二位には『マメゾウ』の名前が表示されていた。


(まさか、マメゾウが人間だったとはなぁ)


 彼の名前を見て、ふうと息を漏らす。

 実際に彼に会うまでは知らなかったのだが、このゲームは勝手にオンラインに繋がっていて、世界中の人間とランキングを争っているらしい。

 そんな中で、俺はランキングトップなのだが、このゲームが生活の一部になっている俺にとっては、誇るべき事柄では無かった。


(どうしよう。二週目行っとくか?)


 ゲーム画面を眺めて小さく唸る。

 このゲームはローグライクなので、何度やっても違うダンジョンを楽しめる。

 しかし、毎日ゲームばかりしていると、流石の俺でも飽きてくる。

 体も初日よりは大分動くようになったし、そろそろ外に出掛けても大丈夫だと思うのだが……


「若者が毎日ゲーム三昧とは、あまり感心しませんね」


 そんな時、横から男の声が聞こえる。


「僕が子供の頃は、てれびゲームなどありませんでしたからね。木の棒一本持って、山に遊びに行って居ましたよ」


 そう言って、男が白い顎髭を擦る。

 学校を休んだ事で知ったのだが、どうやらこの男はうちの常連で、午前中は毎日ここで朝食を食べているらしい。


(木の棒一本ねぇ……)


 疑問の表情で横に座る男を眺める。

 見た目は一言で言うと『初老の紳士』。髪の色はシルバーで、長い髪を首の後ろでゴム留めている。

 服装はいつも黒いスーツで、常に椅子の横に茶色のステッキを置いている所を見ると、どうやら足が悪いようだ。


「貴方の言ってる山ってのは、その辺にある山の事ですか?」

「その通りです」

「成程、それは楽しそうですね」


 ゲームを再起動して愛想笑いをする。

 この辺の山と言えば、真っ先に姫山を思い浮かべるのだが、霊山に木の棒持って遊びに行く人間は居ないだろう。

 そう言う事で、俺はこの初老の紳士を、姫神村の一般人と判断した。


「木の棒を持って山に行って、何して遊んでたんですか?」

「探検ですかね」

「成程、探検ですか」


 思わず笑いそうになったが、何とかそれを堪える。

 成人した人間に『探検』とか言われて笑いが込み上げてくるのは、心が汚れてしまった証拠だろうな。


「それで、どんな探検をしてたんですか?」

「それはもう、命懸けの探検ですよ」


 ヤバい。限界が近い。


「山には熊や鹿も出ますからねえ。本当は殺傷力のある道具が欲しかったのですが、子供だからそれを使う事は許されなかった」


 それで、木の棒か。

 もしかして彼は、旧世代の世界を救った勇者なのでは無いだろうか。


「木の棒で熊を殴ったんですか?」

「ふふ、そんな事をしたら、流石に殺されてしまいますよ」


 そこは常識人かよ。


「木の棒の先に、音の鳴る物を付けて歩いたんです。そうすれば、相手からは近付いて来ませんからね」

「そうなんですか?」

「はい。山の生き物は、基本的にこちらから何かをしないと、攻撃して来ないのです」

「へえ……」


 姫山のもののけは、何もしなくても容赦無く襲ってくる。

 そんな訳で、この人が普通の山に登って居たのは、ほぼ確定だ。


「まあ、何も知らずに縄張りに入ってしまって、襲われる事もありますがねえ」


 ……んん?


「山の状態は常に変化しています。それを理解した上で道を選択すれば、襲われる事はまず無いと言う事です」 


 ここに来て、新たな可能性が浮上する。

 もしかして、この人が木の棒一本で登って居た山は……


「やあ、おはよう」


 思考の途中で玄関の扉が開き、紺のスーツを着た兵子が現れる。


「HRが終わったから一狼君の様子を見に来たのだが、春子さんは不在なのか?」

「あ、はい。食材の購入に行ってます」

「客を置き去りにして買い出しとは。春子さんも中々の人物だな」


貴女も人の事は言えないよ。と、思ったのだが、これは心の中に留めておこう。


「所で一狼君、体の方は大丈夫か?」

「そうですね。とりあえず普通に歩ける位には回復しました」

「そうか。それは良かった」


 笑顔で頷く兵子。

 その後、兵子は何も言わずに俺と男の間に座ったので、不死之山で起こった疑問を聞いてみる事にした。


「兵子さん、質問があるんですが」

「む、何だ?」

「俺は不死之山で鷹子さんを守る為に、龍治の弾を喰らいまくったんですが、あれって明らかに致死量でしたよね?」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、どうして俺は死ななかったんでしょうか?」


 その疑問に兵子がふむと頷く。


「考えられる理由は二つだな。一つは黒夜叉と適合して、防御力が上がっていた。もう一つは、山に守られていたからだな」

「山に……ですか?」

「そうだ。一狼君も既に分かって居ると思うが、山は自分が気に入った相手を、贔屓する傾向がある。今回の場合は、黒夜叉の適合より、そちらが大きいだろう」


 それに対して、俺は小さく唸る。


「不死之山は俺のホームではありませんから、贔屓の可能性は低いと思うんですが」

「それはどうかな」


 兵子がピンと人差し指を立てる。


「仲間を守る為に体を張った人間と、自らの欲の為に敵を蹂躙した人間。一狼君ならば、どちらを助けたい?」

「……まあ、前者ですね」

「そう言う事だ。霊山などと大層な名で呼ばれているが、その本質は結局の所、人間の思考に近いのだよ」


 今までの経緯を思い出しながら、その言葉に納得する。

 しかし、俺にはもう一つ気になっている事がある。


「それって、成章も該当するんですか?」

「……それは、どういう事だ?」

「俺は狩人になってから、成章に助けられてばかりなんですが、俺が何かを返している訳じゃないんですよ」


 それを聞いた兵子が、少し難しそうな表情に変わり、顎に手を当てた。

 

「それに関しては、少し説明が難しいな」

「どういう事ですか?」

「まあ、簡単に言えば、私が成章の持ち手では無いからだな」


 言った後、兵子はベルトに手を当てて、愛用のナイフを取り出す。


「このナイフは『サバサキ』と言う。私専用の怪物だ。一狼君も見た通り、私ならば何でも切れるが、他の人間では何も切れない様になっている」


 そう言いながら、手に持ったナイフを器用に回し始める。


「兵子さん、危ないです」

「なに、当たったら真っ二つになるだけだ」

「成程、全く笑えません」


 それを聞いて、兵子がやっとナイフを閉まってくれた。


「この様に、怪物は持ち手によって能力や形が変わる訳だ。だから、私には分からない」

「……そうですか」

「本来であれば、適合者は怪物を持った時点で、使い方を理解する筈なのだが、私から見ても、一狼君の使い方は曖昧に見えるよ」


 その通りである。

 無くなっても直ぐに現れたり、弾が真っ直ぐに飛ばなかったり、霊山の間を空間無視でワープさせてくれたり……

 まるで、その時の気分で俺の力になってくれているかの様だ。


「……うーむ」

「何だ? 成章の事を理解したいのか?」

「そうですね。俺の事を選んでくれた銃ですし、出来るなら成章が望むように使ってあげたいので」


 そう言うと、兵子がふっと笑った。


「……何ですか?」

「いや、普通であれば、狩り道具は持ち主に合わせて変化するのだが、一狼君は逆なのだなと思ってな」

「駄目なんですか?」

「駄目では無い。むしろ面白いと言える」


 それを聞いて再び悩む。

 自分の道具をどのように使うかは、所有者の腕の見せ所だ。それによって道具に愛着が湧き、更に上手く使おうと努力する。

 それが普通。普通の筈だ。

 だけど、もののけの道具に限っては、そうでは無いと言う事か?


「……うーむ」

「さっきからそればかりだな」

「納得が出来て居ないので」

「ふむ。それならば、成章を持っていた先人に、話を聞いてみたらどうだ?」


 ……どういう事だ?


「ほら、先程から私の横に居るではないか」


 兵子の先に座り、静かにお茶を飲んでいた初老の紳士。

 まさかとは思ったが、やはりそうなのか。


「猫屋敷又吉。私の師匠であり、成章を使って伝説となった、もののけの狩人だ」

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