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31話 桧山一狼の勘違い

 伝説の狩人などと言われたら、大抵の人間はがさつで大柄、服装は野性味を帯びていて、目をギラギラさせている人間なんて事を想像するのでは無いだろうか。

 実際の所、俺もそうだった。

 しかし、目の前に現れた伝説は、外国紳士の様な外見で、落ち着いた表情で俺の事を見詰めて居た。


「伝説などと言われる謂れはありませんよ」


 そう言うと、伝説の狩人である又吉が、ゆっくりとお茶を飲む。


「むしろ僕は、猫屋敷としては劣等です。代々引き継がれて来た夜之雫に適正が無く、拾った成章で何とか生活する事が出来ただけ。どこにでも居る普通の狩人です」


 それを聞いて居た兵子が、とても楽しそうに鼻で笑った。


「師匠は毎回こう言うのだが、師匠の功績を知ったら、誰しもが言葉を失うのだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。聞きたいか? 師匠の功績を」


 素直に頷いて見せる。


「師匠はな……」


 わざと間を空ける兵子。

 俺はもののけに携わってから、常識から外れた出来事を多々聞いている。

 だから、今さら突拍子も無い事を言われても、早々には驚かないと思ったのだが。


「霊山で一度も死んだ事が無いんだ」


 流石に、これは。


「……は?」

「死んだ事が無い」

「ついさっき、木の棒一本で姫山に入って居たと聞いたんですが」

「そんな事は、師匠にとっては普通だ」


 普通じゃ無いよね。


「……普通って、何なんですかね?」

「普通は普通だが?」

「いや、そう言う事じゃなくて……」

「全ての人間にとって、死は一つの終着点です。そう考えると、生きて帰る事こそが、狩人にとっての普通だとは思いませんか?」


 それはそうですよ?

 しかし、あの霊山で狩りをして一度も死なないなんて、それこそ常識から外れている様な気がするのだが。


「ああ、又吉さんは慎重派なんですね?」

「いや、近接戦闘の武闘派だ」

「なん……だと」

「仕方無かったのです。成章自体がその様に作られて居ますから」


 その言葉に首を傾げてしまう。


「何だ? 知らなかったのか?」

「知りませんよ。俺は少し前まで一般人だったんですよ?」

「そう言われればそうだな」


 兵子が簡単に答える。

 すると、又吉はふうと息を吐き、足元の視角から成章を取り出した。


「これが、今話していた成章です」

「おっと? 今の所持者を前にして、簡単に出て来ましたよ?」

「仕方ないだろう。相手は師匠だからな」


 苦い表情を見せた俺に対して、又吉は淡々と説明を始める。


「桧山君。この成章の形、何かおかしいと思いませんか?」

「いえ、さっぱり」

「ライフルにしては小さいし、小銃としては大きい。機械銃や散弾銃に近い大きさではありますが、何故か単発です」


 そう言われれば、そんな気もする。

 俺が初めて成章を拾った時に、それを猟銃だと思い込んだのは、俺がその時点で成章に選ばれて居たからか?


「つまりこれは、先の大戦で歩兵が使う為に作られた、突撃仕様の銃なんです」 

「具体的にはどう使うんですか?」

「上のレールにナイフを装着して突撃。必要があれば一発だけ撃ち、後は肉弾戦ですね」

「もしかして、成章の強度が高いのは……」

「はい、本体で殴る為です」


 そうだったのか。

 まともに成章を使えた事が無かったので、そんな事を考えた事も無かった。


「まあ、成章が怪物になってからは、様々なもののけと適合して、各々個性を持った戦い方をしていますが」

「そう言えば、龍治が使っていた成章は、着弾したら弾が爆発していました」

「赤色成章ですね。その他にも様々な特性を持った成章が存在していますよ」

「それって、俺以外にも現役で成章を使ってる人が、居るって事ですか?」

「はい、居ます」


 衝撃の事実。

 そうなると、俺が成章の主となったのは、あくまでも一部の成章だと言う事か?


「うーん」

「ふむ、中々に混乱しているようだな」

「そりゃしますよ。てっきり全部の成章の所持者になったと思ってたのに、そうでは無いみたいですから」


 それを聞いた兵子が声を出して笑った。


「成章は千本以上あると言っていただろう? 別に所持者が居たとしても、何もおかしい事など無いさ」

「まあ、現に龍治の成章は、俺の元に戻って来て居ませんから」

「ほう、分かるのか」


 そう言えばそうだな。

 他の成章の所在は分からないのに、龍治の成章だけ所在が分かるのは、俺が一度所持して居たからだろうか。


「とにかく、俺は成章の事を何も分かって居なかったと言う事は分かりました」

「それは良かったな」

「いや、良くは無いんですけどね?」


 兵子が再び笑う。

 しかし、これを知った上で、俺は成章をどう扱えば良いのだろうか。

 又吉の様に近接で使う選択肢もあるが、それをしたら、俺は恐らく即死だよ?


「もしかして、俺と成章は相性が悪いのでは無かろうか……」

「そうだな」

「即答!?」

「はは、まあ頑張れ」


 軽く労われてため息を吐く。

 こうなったら、是が非でも俺なりの使い方を見つけるしか無いと思った。

 その後も又吉の話を聞いていると、急に入り口の扉が開き、未来が飛び込んでくる。

 何事かと皆が視線を移すと、未来は息も整っていない状態で叫んだ。


「エンキです!!」


 その言葉を聞き、兵子達が目を丸める。

 えんき?

 何かのイベントが延期になったのか?


「それは大変だな」

「そうです! しかも大量に!!」

「それは困りましたねえ」


 俺が理解しないままに話が進む。


「エンキとなると、人手が必要だな」

「そう思って! 小夜子さんと夏夏さんを、先に召集しておきました!」

「勿論フル装備だろうな?」

「はい!」

「良し。二人はそのまま待機させて居ろ。私と未来君もフル装備をして、姫山の麓に集合だ」

「分かりました!」


 それだけ言って、未来が店の外へと消えて行く。

 兵子も小さく溜め息を吐くと、ピリピリとした殺気を放ちながら、店の外へと消えて行った。


「……何が延期になったんですかね?」

「ああ、炎木ですよ。炎と言う漢字に植物の木で『炎木』。もののけの一種です」


 成程。全く分からなかったぞ?


「四人で大丈夫なんですか?」

「そうですね。炎木だけなら何とかなるでしょうが、『妲木』が出てきたら、厳しいかも知れません」

「だっき?」

「ええ、妲木。炎木の長です」


 それを聞いて一気に不安になる。

 大体にして、『だっき』と言う名前の生物が、絶対に弱い筈が無い。


「その……妲木が出てくる確率は、高いでしょうか」

「そうですね。大量の炎木と言っていたので、出てくる確率は高いと思います」


 冷静に語る又吉。

 逆に俺は冷静さを保てなくなり、カウンターの影から成章を取り出した。


「おや、行くのですか?」

「行きます」

「まだ体力も回復していないのに?」


 又吉の言葉に厚が掛かる。


「まともに動けない人間が狩り場に出た所で、足手まといになるだけですよ?」


 とても静かな殺気。

 霊山で一度も死んだ事の無い伝説の男が、俺に行くなと言っている。

 そう言えば、龍治も言っていたな。

 一流の狩人の忠告を無視する事は、己の生存率を下げる事と同義だと。


「それでも、俺は行きます」


 だけど、譲られない。

 又吉の言う通り、今の俺では助けどころか、足手まといになるだけかもしれない。

 しかし、今狩り場に行った人達は、俺にとってはもう『大切な人達』だ。

 彼女達が危険に立ち向かうと言うのならば、立ち止まる訳には行かない。


「一狼君は、些か冷静さに欠けていますね」

「そうですね」

「足手纏いの貴方を守る為に、誰かが犠牲になるかもしれないのですよ?」


 真っ直ぐに俺を見る又吉。

 そんな彼に対して、俺は。


「一緒に戦えるのに付いていかずに、その先で彼女達が死ぬのだけは、絶対に嫌だ」


 本音を吐いた。


「……」


 静寂。

 又吉は俺の事を睨み付けたまま、微動だにしない。

 しかし。


「……ふっ」


 又吉の口角が、ゆっくりと持ち上がる。


「僕が現役の頃にも、そんな事を言っていた馬鹿が居ましたねえ」


 白い顎髭を擦り、満足そうな表情を見せる又吉。

 どうやら、彼女達を助けに行く許可は降りたようだ。


「それでは、早速行きましょうか」

「へ?」

「姫山ですよ。私が桧山君をフォローすれば、犠牲が出る事も無いでしょう」


 そう言って、カウンターに置いて居た帽子をゆっくりと被る。


「力を貸してくれるんですか?」

「現役こそ退きましたが、僕も姫山の狩人ですよ。さあ、時間が無い。衣装に着替えて皆と合流しましょう」

「はい!」


 意気揚々と立ち上がり、早足で階段を掛け上がる。

 伝説の狩人、又吉との共闘。

 足手纏いになるのは分かっていたが、それでも俺は高揚を隠しきれなかった。

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