29話 旅の帰りはショートカット
片目のフードを頭から外して、ゆっくりと立ち上がる。
周りに居るのは、姫山で行動を共にして居た仲間達。
しかし、兵子以外は俺の事を、恐怖の目で見て居る。
多分、俺が黒夜叉と適合して『常識外れな事』をしたから、恐れて居るのだろう。
「いやはや、驚いたな」
それを緩和させるかのように、兵子が笑顔で口を開く。
「黒夜叉に適合した人間は何人か見た事があるが、ここまで的確に黒夜叉の適性を利用した人間を見たのは、これが初めてだ」
「それって、褒めて居ますか?」
「いや、気持ち悪かった」
「ですよねえ」
そう言いながら、はははと笑う。
もののけの狩人になって、まだ一カ月も経って居ない俺。
銃の扱い方も素人で、今まで狩ったもののけは、完全に運が良かっただけ。
それなのに、今回は黒夜叉の力を借りて、人間離れした技で、四人の狩人を軽々と倒してしまったのだ。
これで気持ち悪く無ければ、その人間は完全に霊山に染まって居るだろう。
「所で、一狼君」
「何ですか?」
「君の本名を言いたまえ」
「桧山一郎です」
「君の二つ名は?」
「姫山の道化師」
「ふむ、どうやらまだ取り込まれては居ない様だな」
次の瞬間、兵子が一瞬で間合いを詰めて、ナイフで俺の事を切りつける。
否。切ったのは黒夜叉の毛皮。
毛皮は俺の中心から真っ二つに切り裂かれて、バサリと地面に落ちた。
「はっ!?」
「一狼君。君の名前は?」
「桧山一郎です」
「今切った毛皮は、一般市場だと数百万はする物だが」
「い、胃が! 胃がぁぁぁぁ!!」
貧乏性が発動して、胃がキリキリと音を鳴らす。
どうやら無事に、自分に戻れた様だ。
「ふむ、健康で何よりだ」
「体は健康ですが、神経がやられました」
「はは、言い捨て妙だな」
兵子が笑った事で、周りもやっと落ち着きを取り戻す。
成程、これは危なかった。
あのままだと、俺は黒夜叉に精神を取り込まれていたかも知れない。
「いやあ、適合ってヤバいんですね」
「本気で取り込まれそうになった後に、それを軽く言う君もどうかと思うぞ」
「いや、実際半分トランスしてましたから。もののけ凄く怖い」
「そうだな。適合はある意味で諸刃の剣だ」
そう言いながら、兵子がナイフをしまう。
「しかし、それを上手く使って共存すれば、実力以上の力を出せるのも事実だ」
「そうですね。でも、俺はもうごめんです」
「それはどうだろうな。一狼君は霊山に好かれて居る様だから、そのうちもののけ自ら狩られにくるかもしれない」
「いや、その時に狩られるのは、間違いなく俺なんですけど」
「だろうな」
だろうなて。
まあ、実際そうなのだから仕方が無い。
今回の件は特別であって、いつもの俺は平凡で未熟な狩人なのだから。
「一狼!」
目の前に居た未来が突然大声を出して、俺の頭にチョップする。
「馬鹿! バカバカ……!」
「いや、あの」
「凄く心配したんだから! この馬鹿ぁ!」
「ちょ、今の俺は……」
会心の一撃。
流石に耐えきれなくなり、俺は前のめりに倒れてしまった。
「一狼!?」
「うん、強がって立って居たけど、もう体が限界なんですよ」
「やった! 貧弱な一狼が戻って来た!」
「貧弱って……まあ、そうなんだけど」
言った後、苦笑いをしながら鷹子を見る。
俺を見て小さく笑って居る鷹子。
どうやら、もう体力は回復したらしい。
「それじゃあ、鷹子さんも回復したようですし、皆で帰りますか」
俺がそう言うと、何故か皆が複雑そうな表情を見せた。
「何か問題がありますか?」
「ああ、大きな問題がある」
首を傾げると、兵子がふうとため息を吐き、やれやれと言う表情で言った。
「このまま山を降りると、私達は姫山に帰れるが、鷹子君と一狼君は、不死之山に戻されてしまう」
「あ……」
「私が先に山を降りて、不死之山に向かえば何とかなるが、君達二人はその怪我で、私達を待つ事は出来ないだろう?」
確かにその通りだ。
恐らく、俺達が町に戻されたら、それ相応の報復が待っているだろう。
「……あの」
そんな時、未来が小さく手を上げる。
「私達って成章に導かれて、不死之山に辿り着いたんですよね?」
「うむ、そうだが」
「それなら、また成章にお願いすれば、全員で姫山に帰れるんじゃないでしょうか」
それを聞いて、全員が黙る。
未来の言う通りではあるが、そんなご都合展開がありえるだろうか。
「うむ、皆で手を繋げば行けそうだな」
「行けますかね!?」
「冗談だ。しかし、成章は一狼君の銃だ。君が望めば、その力を発揮してくれるのではないか?」
その言葉で、全員が俺の事を見る。
確かに俺が頼めば、成章は答えてくれるかもしれない。
しかし、俺は成章に助けて貰ってばかりで、何一つ返せていない。
そんな状況で、こちらの都合を押し付けるのは、俺のポリシーに反している。
「うーむ、どうしようか」
「一狼!? 頼むの一択でしょ!?」
「いやしかし、このまま成章に依存するのもどうかと……」
「果夏さんは怪我をしてるんだよ!? 町に降りたらあんな事やこんな事されるかも知れないのに!!」
言われてみればその通りだ。
俺個人であれば、あんな事やこんな事をされても良いのだが、鷹子は巻き込めない。
そう言う事で、俺は素直に成章の力を借りる事にした。
「まあ、そう言う事だから」
そう言いながら、成章を見詰める。
それと同時に、成章の弾倉が勝手に開き、空の薬莢が音を立てて飛び出す。
キーンと言う、心地よい金属音。
どうやら成章は了承してくれた様だ。
「大丈夫みたいです」
「うわぁ……冗談で言ったつもりだったのに、一狼は本当に成章と対話したんだ」
「うん、未来も大概だよね」
未来がてへっと微笑む。
何はともあれ、これで皆で姫山に戻る事が出来そうだ。
不死之山の狩人達からは相当恨まれるだろうが、後の事は考えないようにしておこう。
「それじゃあ、帰ろうか」
そう言った後、俺はやっと立ち上がる。
途中で少しふらついたが、未来が肩を貸してくれたので、何とかその場を後にする事が出来た。
成章を持ちながら山を降りていると、やがて景色が変わり、見慣れた風景になる。
姫山だ。
人が死ぬ度に変わる景色だが、基本構造は同じなので、俺は直ぐに分かった。
「ふむ、帰ってきたようだな」
横を歩いていた兵子が言う。
「一狼君、今回は本当にご苦労だった」
「いえ、俺は何も…」
「謙遜するな。君は私の要望に答え、鷹子を姫山に戻してくれた。これは、誉められて当然の行為だ」
その言葉に対して、俺は素直に笑えない。
「どうした? 何か懸念があるのか?」
ある。
それは、鷹子と約束したあの事だ。
「鷹子さんと白火倶槌を守る約束をしたのですが、守る事が出来ませんでした……」
そう言って、俺は俯く。
鷹子を守る事が最優先とはいえ、俺は白火倶槌を不死之山に置いてきてしまった。
このままでは、いずれは不死之山の狩人に狩られてしまうだろう。
「何だ。そんな事か」
それに対して、軽い返事をする兵子。
気分が悪くなって兵子を睨んだのだが、兵子は平然と笑ってこちらを見ている。
一体何が楽しいと言うのだろうか。
「一狼君」
「はい」
「私達の後ろをよーく見てみろ」
その言葉に、一度は首を傾げる。
しかし、直ぐにその意図が分かり、俺は振り向いて山の奥を凝視した。
(……ああ。そうか)
遥か後方に小さく見える影。
白い毛皮を輝かせて、うっすらと青い炎を纏って歩く、熊の様な形をしたもののけ。
白火倶槌。
(成程、あれは駄目だ)
そんな彼の姿を遠目に捉えて、静かに苦笑いを見せる。
遠くからでも伝わる威厳と風格。
あれとまともに対峙したら、何をする事も無く、一瞬で消されるだろう。
「最早もののけと言うより、神獣ですね」
「そうだな。一般的に色付きは変異種と呼ばれているが、その力は並みのもののけとは桁が違う」
「何で俺達は黒夜叉を狩れたんですかね?」
「それは……」
兵子がふふっと笑う。
「……霊山の導きだな」
「導き?」
「今は分からなくて良い。このまま狩人の仕事を続けていれば、いずれ分かる」
含みのある返答。
しかし、俺はもう疲れ果ててしまったので、それ以上の事は考えなかった。
「一狼君。村の明かりが見えてきたぞ」
振り返って見ると、山の出口に小さい明かりが二つ程見える。
そこに居たのは、春子と秋名。
俺がここから戻って来る事を分かる筈も無いのに、彼女達は何故かいつも俺の帰る場所に居る。
(ああ、帰ってきた……)
俺の帰るべき場所。
あの二人が待っている限り、例え何があろうと、俺はあの場所に戻るだろう。
そして、これから何が起ころうとも、俺はあの大切な場所を、必ず守って見せる。




