28話 黒夜叉適合
理解が追いつかない。
ただ一つ、俺が分かっている状況は。
姫山に居る筈の仲間達が、何故か目の前に立っていると言う事。
「一狼!」
未来の言葉が聞こえて、身体中の力が抜けてしまう。
それを支えたのは、フル装備の猫だった。
「狼さん。大丈夫ですか?」
「……何で、猫さん達が?」
「成章に導かれたのです」
兵子の方に視線を送ると、成章をこちらに向けて小さく頷く。
「一狼君が居ない間、三人で狩りをしていたのだが、突然姫山と不死之山が繋がってな。ここに辿り着いたと言う訳だ」
それを聞いた俺は、小さく笑って頭を掻く。
成程、また成章が助けてくれたのか。
お前は何処に居ても、俺の事を助けてくれるんだな。
(全く……)
喜びと悔しさが入り交じる中で、何とか自分の力で立ち上がる。
すると、悲しそうな表情をした未来が俺に近付き、露になった俺の顔に傷薬を塗り始めた。
「もう、こんなにムチャをして!」
「ごめん、衣装を駄目にしてしまった」
「衣装なんてどうでも良いんだよ!」
未来が涙目で叫ぶ。
「一狼がボロボロになってたら! 皆が悲しむんだから! もっと自分の事を大切にして!」
「ああ……うん、ごめん」
「……だけど」
目に溜まった雫を拭い、俺の事を見上げる未来。
そして。
「果夏さんを守ってくれて……ありがとう」
微笑み。
その涙混じりの笑顔を見て、俺は救われる。
ああ、良かった。
俺は俺なりに、鷹子を守る事が出来たんだ。
「……」
それと同時に、沸き立つ。
赤屋敷龍治。
狩りの邪魔だからと言って、執拗に鷹子を狙い続けた。
既に戦闘不能になって居た……彼女を。
「龍治君、随分とやってくれたようだな」
そんな彼の事を、兵子が見詰める。
昔の日本軍が来ていた様な緑色の制服。
恐らくあれが、兵子の『狩り衣装』なのだろう。
「戦いの基本は数を減らす事だ。兵子さんだって知ってるだろ?」
「ああ、その通りだ。君の言っている事は、全く持って正しい」
龍治の言葉に対して、素直に同意する兵子。
しかし。
「正しいが……その後の事も考えるべきだったな」
静かに溢れ出す殺気。
その瞬間、山がざわめき、鳥達が一斉に空へと舞い上がった。
「私の生徒を傷付けた者がどうなるか。君ならば分かって居た筈だが?」
「……」
兵子の殺気を真っ直ぐに浴びて、ごくりと息を飲む龍治。
これは、対人戦が素人である俺でも分かる。
龍治はもう、この山を生きて出る事は出来ないだろう。
「くそっ……!」
その言葉と共に、龍治が成章を発砲する。
俺に向かってくる弾丸。
しかし、途中で何かと激突して、その場で爆発する。
「……龍はもう少し紳士的だと思って居たのですが」
いつの間にかリボルバーを抜いて居たのは、猫屋敷小夜子。
まさか、飛んで来た弾丸に、弾を当てたのか?
(……姫山って、もしかして、ヤバい狩人の集まりなのか?)
圧倒的な実力差。
そんな彼女達を前にして、何故一般人であった俺が姫山に招待されたのか、改めて不思議に思った。
「あれ……?」
ポツリと言って、未来が首を傾げる。
その声に顔を上げて見ると、いつの間にか龍治がその場から居なくなっていた。
「あ! 逃げたよ!」
「私は最善の判断だと思います」
「そうだな。まあ、逃げた方向は悪手だが」
悪手。
その言い方から察するに、龍治が逃げたのは山の奥か。
どうやら龍治は、まだ白火倶槌の事を諦めて居ない様だ。
「うう……」
そんな会話をしていると、鷹子がやっと目を覚ます。
「……これハ?」
「やあ鷹子君。調子はどうだ?」
「身体中が痛いガ」
「ふむ。では鷹子君は、そのまま休んで居ると良い」
そう言って、兵子が微笑み掛ける。
鷹子は小さく咳き込んだ後、何とか自分で体制を整えて、力の無い視線をこちらに向けてきた。
「イチロー……」
潤んだ瞳で唇を噛む鷹子。
そして、彼女の言った言葉は。
「……済まない」
「え……」
「ワシのせいで、イチローが怪我をしたガ」
言った後、俯く鷹子。
艶やかだった髪色が鈍り、彼女の落胆を如実に示す。
どうして謝るのか。
俺は彼女を守れた事を、誇りにすら思っている。
だから……だからこそ。
(龍治……)
心が燃える。
もう、成章や白火倶槌の事は関係無い。
今の俺には、やらなければいけない事が出来た。
「未来」
彼女の名を呼び、腰にぶら下げていた銃を差し出す。
キョトンとした表情を見せる未来。
「これは?」
「この銃はもののけを撃つ為に、未来が作ってくれた銃だ。だから、一度預かっていて欲しい」
「それは良いけど、もう銃は使わないの?」
「いや、銃ならあるさ」
こちらに近付き、成章を差し出す兵子。
俺はそれを笑顔で受け取り、ゆっくりと空を見上げた。
「ああ……もうすぐ夜になるなぁ」
辺りが暗くなってきたので、未来がライトを点灯させる。
「さて、一狼君。これからどうする? 龍治君の跡を追うのか?」
「……ええ、そうですね」
「ですが、こう暗くなってしまっては、探すのは困難では……」
言いかけた猫が俺を見て黙る。
他の人間達も、俺の事を見て目を丸めて居た。
「どうしました?」
「い、一狼。黒夜叉の毛皮が……」
徐に自分の事を見る。
すると、ボロボロになった毛皮が、仄かに赤く光っていた。
「……ああ、そうか。そう言う事か」
「どう言う事!?」
「いや、何かさっきから、妙に頭が冴えるんだよね」
「一狼が覚醒した!?」
「違う。これは……」
「適合だ」
それを言ったのは、ニヤニヤと微笑んで居る兵子。
「夜になった事で、本来夜行性である黒夜叉の毛皮が、一狼君に適合した様だ。頭が冴えるのはそのせいだろう」
「暗いのに周りが良く見えるんですが、これも適合して居るからですか?」
「うむ、それも黒夜叉の特性だ」
成程、そう言う事か。
それならば、この特性を利用しない手は無い。
「それじゃあ、残りの狩人をとっとと狩って、皆で姫山に帰りましょうか」
「い、一狼……?」
未来が不安そうに俺の事を見ている。
俺の事を心配してくれて居るんだな。
頭が冴えるせいで、未来の感情が手に取るように分かるよ。
(それと……)
今の状態であれば、不死之山の狩人を全滅させる事も出来る。
「兵子さん。直ぐに終わらせるんで、少し待って居て貰って良いですか?」
「……殺れるのか?」
「大丈夫です」
それを聞いて、兵子がフッと笑う。
どうやら、俺が黒夜叉に適合した事を、楽しんで居る様だ。
まあ、多分兵子が本気を出せば、一人で全ての狩人を狩れるのだろうが、ここは俺と成章に任せて貰おう。
「ふむ、ならば任せた。殺ってみろ」
兵子の許可が下りた。
それじゃあ、不死之山に居る狩人達を、一掃しようか。
(まずは、茂みの横まで移動して……)
成章を持ったままゆっくりと歩き、鷹子が背を預けて居た巨木の前まで移動する。
それが終わると、ゆっくりと呼吸を整えて、龍治の爆撃で半分程もげてしまったフードを被り直す。
(うん、良く見える)
片目のフード越しに見える狩人が三人。
他の狩人は夜が来たので、町に戻ってしまったようだ。
「まずは、一人」
フードの上から成章の標準を合わせる。
相手までの距離は、直線で300メートルと言った所か。
これならば、普通に撃っても当たるだろう。
「ふっ」
息を止めて銃弾を放つ。
緩やかな弧を描いて飛んで行く弾丸。
途中の木々を面白い様に避けて飛び、一人目の頭を貫いた。
「……次」
持っていた成章を茂みに捨てて、他の茂みに手を伸ばす。
予想通り、そこには弾が装填された別の成章があった。
「二人目」
標準を少しずらして引き金を引く。
弾丸はパンと短い音を鳴らして飛び、二人目の頭を貫いた。
「三人目……」
「い、一狼……?」
「未来、前に立たないで。危ないから」
などと言いつつ、未来の脇から三発目を放つ。
キャッという悲鳴と共に、三発目の弾は山を駆け抜けて、三人目の頭を貫いた。
「命中」
「一狼!」
「ああ、ごめん。でも、当たらない事は分かってたから」
「そう言う事じゃなくて!」
未来がふうとため息を吐く。
「一狼、何かおかしいよ? ぼうっとしちゃって」
「黒夜叉と適合したせいかな? 頭が良く回らないんだ」
「さっきは冴えてるって言ってたよね!?」
「いや、何と言うか……トランスって奴?」
言いながら、ゆっくりと視線を動かす。
山の木々に視線が反射して、360度の視界が見える。
これが、黒夜叉がいつも見ている景色なのだろうか。
(だとすれば、黒夜叉と昼間に会ったのは、ついてたなあ)
そんな事を思いながら、小さく笑う。
どうやらもののけと言う生物は、俺が思って居た以上の生物だった様だ。
黒夜叉と適合して居る今だからこそ、ハッキリと分かる。
「まともに戦わなくて、本当に良かった」
「え?」
「黒夜叉だよ。本当に俺達は幸運だった」
そう言いながら、成章を茂みから取る。
龍治が居るのは、俺が今背を預けている大木の真後ろ。直線距離にして500メートルと言った所か。
当然、普通に撃てば当たるはずが無い。
(当たらないんだけどさ……)
頭が冴える。
「ねえ未来。成章の攻撃ってさ、霊山を傷付けないんだよ」
「いきなり何!?」
「いや、つまりさ……」
成章を小脇に抱えて、横方向に弾丸を放つ。
弧を描いて空を切る弾丸。
正面にあった木に跳弾して山の奥に飛び込み、そのまま闇の中に消えて行く。
「……ヒット」
「え?」
「当たったよ。龍治を倒した」
「意味が分からない!」
「……だよね」
そう言いながら、はははと笑う。
俺だって、何が起きて居るか分からない。
しかし、俺の撃った弾は木や草を跳弾して、間違いなく龍治の頭を貫いた。
それだけは、間違いの無い事実だ。
「……ああ、凄く疲れた。適合って凄く体力を使うんだね」
「私はまだ、全く理解して居ないんだけど」
「まあ、俺も理解して無いから」
それだけ言って、ゆっくりと立ち上がる。
俺の事を見詰めながら、静かに息を飲む仲間達。
そんな彼女達を見ながら、俺はやれやれと頭を掻いた。
「兵子さん」
「何だ?」
「お腹が減りました」
「だろうな。もののけと適合すると、余計に腹が減る」
やはり、兵子も何かのもののけと適合して居るのか。
だけど、そんな事は今はどうでも良い。
早く家に帰って、春子の作った夕食を食べる事にしよう。




