21話 不死之山と姫山の道化師
姫山の麓で迎えの車を待っていたら、突然黒服の人間が現れて、黒塗りの高級車にぶちこまれた。
初めて姫山に来た時もこんな感じだったので、流石に今回は驚かなかったが、心臓には悪いので止めて欲しい。
そのまま十分ほど車を走らせると、今度は駄々っ広い広野に降ろされて、チャーター機での移動を強いられる。
俺は空が初めてだったので緊張したが、運転手が気さくに話し掛けてくれたお陰で、不死之山付近に着いた頃には、完全にリラックスした状態になる事が出来た。
そんな訳で。
俺は無事に不死之山の発着所に辿り着き、狩り衣装に身を固めて、目的地である不死之山の麓に足を踏み入れた。
(これは……)
初めて訪れた姫山以外の霊山。
姫山の様に廃れた感じなのだろうと思って居たのだが、そのイメージとは全く逆で、お洒落なカフェや狩り衣装の店舗が、ずらりと並んで居る。
しかも、歩いて居る人達は普通の服装だったので、狩り衣装を来ていた俺は、完全に浮いた存在となって居た。
(……フードを被っていて良かったな)
このまま町を素通りすれば、変な人間が歩いて居たと言う事実だけで、事は収まる。
そう思い、足早にこの町を抜けようとした、その時だった。
「桧山一狼!」
聞き覚えのある声が後ろから響いてくる。
「聞えてんのか? おい! 姫山の道化師!!」
容赦の無いネタバレ発言。
俺は大きく溜め息を吐き、仕方なく振り向いた。
「龍治さん……」
「やっぱり桧山じゃねえか。呼んだら直ぐに返事しろや」
「ええまあ、はいそうですね」
彼の名は赤屋敷龍治。
龍の狩人の二つ名を持ち、姫山で鉢合わせした時に、俺から成章を奪った男だ。
「龍治さん。俺に何か用ですか?」
「あ? 不死之山でお前と接点あるのが俺だけだから、案内役を頼まれたんだよ」
「それはお疲れ様です」
そう言うと、龍治は馴れ馴れしい態度で肩に腕を回してくる。
「そんで、お前は小夜子とどういう関係なんだ?」
「いきなりですね」
「いやな? お前の案内役を頼んできたのは、小夜子なんだよ。あいつが俺に物を頼むなんて珍しいから、気になっちまうだろ」
成程。この山の人間に案内を頼まれた訳では無いと。
と、言う事は、龍治が来なかったら、俺は放置だったのか?
「で、どういう関係なんだ?」
「そうですね。今は射撃の訓練をして貰って居るので、頼れる先輩って感じでしょうか」
「まあそうか。小夜子も俺も、お前の一つ年上だからな」
「……え?」
予想外の言葉に驚いてしまう。
「あ? まさかお前、知らなかったのか?」
「一緒に狩りをしてたので、同学年だと思ってました」
「狩人学校は学年関係ねえからな。勘違いするのは仕方ねえ」
「そうなると、どうすれば学校を卒業出来るんですかね?」
「一人前になったらだな」
そいつは判断基準が曖昧過ぎて困ります。
「まあ、ここで話すのも難だし、歩きながら喋ろうや」
言った後、龍治が先に歩き出す。
龍治は成章を奪った張本人なので、あまり関わりたくは無かったのだが、他に頼れる人も居なかったので、仕方なく付いて行く事にした。
少し町中を歩くと、龍治が再び口を開く。
「どうだ? 初めて来た不死之山は?」
この会話に駆け引きは必要無さそうなので、普通の感想を述べる事にする。
「思っていたより都会だったので、正直驚きました」
「だろ? つか、姫山が田舎過ぎんだよ」
ケラケラと笑った後、龍治が周りを見る様に促す。
言われるままに辺りを見回すと、狩猟をする為の服装をして居る人間が、ちらほらと見え始めた。
「なあ桧山。不死之山と姫山の狩人の違い。分かるか?」
「装備ですかね」
「そうだ。不死之山や他の山は、最先端の合成素材で、武器や防具を作ってんだ」
周りに見える狩人達。
全員が万能ベストに作業着と言う、如何にも現代的な装備で身を固めて居た。
「それに対して、姫山の奴等はもののけの素材だけで、武具を作ってやがる。お前のそれだって、一歩姫山を出れば、ただの仮装にしか見られねえぞ?」
「まあ、俺は姫山の道化師なんで」
「はは! ちげーねーな!」
馬鹿にされているのだろうが、俺はそれを気にも止めない。
これは、未来が俺の為に作ってくれた装備だ。例えここで、もっと良い装備を支給されたとしても、俺はそれを着ないだろう。
「……だが、お前の装備。それはヤバい」
急に声色を変えて、こちらに振り向く。
「その装備は、並の狩人では手に入れられない代物だ。お前は不死之山の狩人に、喧嘩を売りに来たのか?」
放たれる威圧感。
やはり、狩人達は山々でテリトリーを持っている様だ。
「喧嘩を売りに来ました」
「マジかよ引くわー」
「冗談です」
「分かってるっつーの」
龍治が再び笑う。
「お前の為に作られた衣装だろ? そんなん着るに決まってんじゃねーか。それが例え、アウェーに行くとしてもな」
笑顔で語る龍治。
初めて会った時も感じたが、龍治は情に厚い狩人の様だ。成章を奪われたせいで印象は悪いが、それに関しては好感が持てた。
「うん、やっぱお前は面白ぇわ」
「それはどうも」
「本当は装備剥ぎ取ってオサラバしようと思ってたんだが、今日の所は協力してやる事にするよ」
ふっと笑う龍治。
その出で立ちは穏やかで、目に濁りが無い。
どうやら、本当に鷹子探しに協力してくれる様だ。
「ありがとうございます」
「気にすんな。それより腹減ってねえか?」
「減ってます」
「そうか。そんじゃあ山に入る前に、飯にすっか」
それだけ言って、龍治が突然メインの通りから裏口に入る。
正直裏口は襲われるリスクがあったが、龍治が付いているから大丈夫だろうと思い、そのまま付いて行く事にした。
裏口に入ると、通路にたむろしていた男達が、一斉にこちらを睨んでくる。
恐らく、俺の装備にも気付いただろう。
それでも襲い掛かってくる雰囲気が無いのは、目の前に居る龍治が、殺気を放って居るからだ。
「どうだ? 自分の立場が良く分かるだろ?」
「そうですね」
「山に入ったら、こいつら襲ってくるぞ」
「そうしたら、龍治さんはどうするんですか?」
「ん? ぶっ殺す」
はい、殺人予告来ました。
俺は交戦する気など無いのだが、この調子だと一戦交える事は間違いなさそうだ。
「おう、ここだ」
龍治が店の前で立ち止まる。
暖簾に書かれた店の名前は『裏飯屋』。
その名の通りなのだが、語呂が良すぎて入るのには少し勇気が必要だった。
「おーす、おやっさん」
「おう、龍治か。いらっしゃい」
そんな思いも関係無く、龍治が店に入って行く。
俺も続いて店に入ると、昭和の香りが漂う寂れた店内が顔を出した。
「ん? 龍治、そいつは?」
手前のカウンターに座って居た、渋いおやっさんが訊ねてくる。
「今噂の姫山の道化師っす」
「ああ、例の桧山って奴か。そんな格好でここに来るなんて、道化師ってのは伊達じゃないみたいだな」
笑いながらカウンターの向こうに移動するおやっさん。
一目で俺の装備を理解したと言う事は、彼も狩人なのだろう。
「そんで、何を食うんだ?」
「カツカレー二つ」
「マジか。お前は大丈夫だろうが、小僧は無理じゃねーか?」
「無理やり食わせるから大丈夫っす」
「了解」
注文を聞いておやっさんが動き出す。
「あの、俺あんまり金を持って来て無いんですけど」
「あ? 奢りに決まってんだろ」
うむ、懐が広くてありがたい。
しかし、食事をするのに『大丈夫か?』とは、どういう事だろうか。
「ほい、おまちどう」
そんな事を考えて居る間に、カツカレーが出される。
大皿に並々と盛られたカツカレー。
軽く見て三キロ位はあるだろうか。
「残したら、おやっさんに殺されるからな」
こちらを見てニヤリと笑う龍治。
どうやらこれは、俺が不死之山に来て、最初の試練の様だ。
「……頂きます」
フードを外し、両手を胸の前で合わせる。
さあ、楽しいフードファイトの始まりだ。




