20話 新装備
猫と二人で加工場に入ると、まだ朝の9時だと言うのに、未来がせっせと素材の加工を行って居た。
俺は何度か未来に話し掛けようとしたが、未来は仕事に集中していて、こちらの存在に気が付かない。
仕方なく、俺達は近くにあったベンチに座り、未来の仕事が一区切りするのを待っていた。
やがて、未来の手が止まり、ふうと息を付いてこちらを向く。
そして、一言。
「朝から堂々と逢い引き!?」
「うん、未来は結構恋愛脳だよね」
俺の言葉を聞き、未来がほっと息を吐く。
「いやぁ、若い男女が二人で居たら、誰でもそう言うって」
「言わねえよ。それより、未来は何を作ってたんだ?」
「え? 練習用の成章の弾だけど」
それを聞いた瞬間、俺は未来の足元に滑り込んだ。
「すんませんでしたぁぁ!!」
「え! 何!?」
「お高い物とは露知らず! 何も言わずに作って頂いてぇ!!」
「あー、遂に知ってしまいましたか」
手に持って居た工具を机に置き、未来が近付いて来る。
このまま頭を踏まれるのかなとドキドキしたが、未来は俺の前で立ち止まり、ストンとその場にしゃがんだ。
「一狼、気にしなくて良いからね?」
「いやしかし!」
「私には、こんな事位しか出来ないから」
含みのある返答。
未来が装備を作ってくれるお陰で、俺は狩人として一人前に働けて居るのに、本人はその事を自覚して居ない様だ。
だからこそ、これからは気を付けなければならないと、改めて思った。
「所で、一狼は果夏さんを迎えに行く事になったんだよね?」
「かなさん?」
「あ、果夏鷹子さんの事だよ」
「ああ、鷹子さんの苗字か」
俺が呆けて居ると、未来がふふっと笑う。
「何だ? 変な人なのか?」
「ううん、変な人では無いよ。だけど、会ったらビックリすると思う」
ビックリすると言う時点で、普通の人間では無いと思うのだが。
しかしまあ、俺の回りはどうやら一般人が居ないようなので、それほど驚く事も無いだろう。
「それより未来。さっき兵子さんに言われて、今日は遠征の準備をしろって言われたんだけど、何を持ってけば良いんだろうか」
「ふふふ、そうなると思って、準備をしておきましたよ」
ニヤリと笑う未来。
近くの机まで歩き、被さって居た布を取り払うと、遠征に必要な装備一式が現れた。
「おお」
「まずは携帯食料。足りない分は現地で調達してね。それと、もののけ素材で編んだ作業着。色は一狼のイメージで紺色にしみました。そして! ここからが目玉商品!」
まるで通販番組だな。
「まずはこれ!」
未来が机の奥に手を伸ばす。
そこから現れたのは、赤黒い獣の皮であしらった、フード付きのマントだった。
「スーパーレア! 黒夜叉の毛皮で作ったマントだよ!」
黒夜叉。俺が初めて狩った、主クラスのもののけ。
肉以外の素材は全て未来が持って行ったのだが、これを作る為だったのか。
「さあ! 早速羽織ってみるのだ!」
言われるままにマントを装備してみる。
本来毛皮はそれなりに重量があるのだが、余計な部分をしっかり削いでくれているお陰で、見た目より余程軽い。長さは膝まであるのだが、走る時にも苦労は無さそうだ。
「はい! そしてフードを被る!」
それを言われて、俺はピンと来る。
恐る恐るフードを捻って見ると、角が抜かれた黒夜叉の頭が、そのままフードになっていた。
「また着ぐるみなのか……」
「そこは様式美だよ。姫山の道化師君」
やれやれと溜め息を吐き、フードを被ってみる。
鼻の先まですっぽり収まるそのフードは、目の部分が透けているだけなので、全体の視界が少し狭まってしまう。それでも、なるべく全体が見える様に加工されていて、不快感を感じる事は無かった。
「次はこれ!」
狭まった視界の先に未来の手が延びる。
そこに見えたのは、赤みがかった骨で作られた、シンプルなナイフだった。
「これは……」
「黒夜叉の角で作ったナイフだよ。鋭さは鉱物のナイフより落ちるけど、上手く適合すれば、鉱物の切れ味を凌ぐよ」
その言葉に首を傾げると、横に居た猫が口を開く。
「もののけの装備には素材の相性があって、それらが適合すると、もののけ本来の力を出す事が出来るのです」
「ああ、セット装備って奴か」
「ですが、それは装備者が素材に気に入られた場合に限るので、相性が悪い場合は一生適合しません」
屈託の無い笑顔で語る猫。
詰まる所、成章や夜乃雫と同じく、ご機嫌次第と言う事か。
あれらは適合しなければ装備すら出来ないから、誰でも装備出来ると言うのはありがたい。
「そして、最後はこれだぁ!」
未来が机の一番奥にあった物を差し出す。
「……ベルト?」
「そう! 雷槌の頭皮で作った、万能ベルトです!」
茶色い厚手のベルトを高々と掲げる。
「左利きの一狼仕様でホルスターは左! しかもホックつきで、テコの原理を使うと速射が可能! 右側にあるナイフの鞘は黒夜叉のナイフにベストマッチ! 後ろには予備の弾を三発搭載出来て……!!」
長々と説明をする未来。
要するに多機能だと言いたいのだろうが、ベルトを掲げるその姿は、チャンピオンベルトを手にしたボクサーにしか見えなかった。
「……なんだよ! 分かった一狼!」
「うん、分かった」
「それじゃあ、早速装着だ!」
言われるままにベルトを装着してみる。
(これは……)
左側のホルスターに成章を収めて、ホックで左腿に固定。マントが全身を被える様になっているのだが、前の開きが左側に寄っているので、マントのスキマから速射が可能になっている。
ナイフの方はと言うと、鞘にジャストフィットでカタカタ鳴らず、抜き差しがスムーズで使い勝手が良い。一つ問題があるとすれば、マントが左寄りなので、外に出すのに一手間掛かると言う事くらいか。
何にせよ、俺は初めて貰った自分専用の装備を装着して、小さな喜びを感じて居た。
「どうだ一狼!」
「最高です」
「そうかい! 良かった良かった!」
「でも……」
フードを外して未来を真っ直ぐに見る。
「この素材って、未来が使う為に渡した物だろ? それを俺の為に使って良いのか?」
「まあ、確かにそうだけど、元々一狼の装備を作る為に貰った物だから」
「だけど、どの素材も高いんじゃ……」
「それは言いっこ無しだよ」
未来が口元に人差し指を置き、ウインクしてくる。
「私は狩りが下手だから、自分でレアな素材を手に入れられない。だけど、一狼が素材をくれるから、こうやってレアな素材を加工して、経験値を増やす事が出来る」
口元から人差し指を離し、目を細める。
「それに……私は一狼にゲーム機を渡しちゃったから、その償いと言うか、何と言うか……」
「償い?」
幼い頃、未来が転校する前にくれた、ローグライクばかり入ったゲーム機。
俺は数少ない娯楽品を貰えて感謝していたのだが、何か事情があるようだ。
「あのゲーム機が、今の状況と何か関係しているのか?」
「それは……」
「ふむ、遠征の準備は順調の様だな」
後ろから声が聞こえて振り返る。
そこに居たのは、笑顔で腕を組んで居る兵子だった。
「随分と高価な装備になったな。大丈夫か一狼君」
「胃がキリキリします」
「それはそうだろう。駆け出しの狩人で、それだけのレア装備で固めた者など、早々居ない」
「……でしょうね」
「だからこそ、不死之山では十分に気を付けるように」
それを聞いて、俺は察してしまう。
「もしかして、他の狩人に狙われますか」
「そうだな。もののけの狩人は、他山の狩人を良く思って居ない。縄張りを荒らされる訳だからな」
「でも、他人の防具を奪うのって、ありなんですか?」
「無しと言えば無しなのだが、不死之山の狩人達は他山の狩人に比べて気性が荒い。恐らく仕掛けてくるだろう」
「成程、教われるのは確定ですか」
しかし、これの装備は未来が遠征の為に作ってくれた物だ。奪われるリスクがあるとは言え、装備して行かないと言う選択肢は、俺の中には無かった。
「……ん? それは何だ?」
ふと、兵子が机の上に視線を送る。
そこには、見覚えの無い銃が一つ。
「あ、これは……」
未来がその銃を手に取る。
「一狼の練習用に作った銃なんだけど、遠征に出るって言うから、後で渡そうと思ってた物です」
青黒く輝く一本の銃。
俺は何も言わずに手を差し出し、未来からそれを受け取る。
(これは……)
重さは成章の二倍以上。とは言え、成章は特性で軽く感じているので、それほど重いと言う印象は無い。形は成章とほぼ同じなのだが、銃口の上にレールが無いので、照準を真っ直ぐに捉えやすい。
何よりも、未来が俺の為に作ってくれたと言う事から、この銃が気に入ってしまった。
「不死之山には、この銃を持って行く事にします」
「へぇ!?」
「成章は対人戦では扱い難いですから」
そう言いながら、成章を机の上に置き、未来の銃をホルスターに納めてみる。
予想通り、その銃はホルスターにジャストに納まった。
「良いのか? 総合的に見れば、戦力は低下すると思うのだが」
「大丈夫です。今回は鷹子さんを迎えに行くだけで、狩りをする訳ではありませんから」
「だと良いのだが……」
含みのある返答。
恐らく、もののけとの交戦もある事を、示唆しているのだろう。
それでも、俺は成章を持って行く気にはならなかった。
「ふむ、決意は固いようだな。それならば、この成章は私が一時借りても良いだろうか」
「兵子さんが使うんですか?」
「そうだ。師匠が持っていた成章は、私に適合してくれなかったからな。この怪物がどういう代物なのか、この手で確かめて見たいと思っていたのだ」
そう言った後、兵子が成章に手を掛ける。
ここに来た当初は、適合しなくて持つ事も出来なかったが、今は紙でも持ち上げるように、すんなりと宙に浮いた。
「うむ、素晴らしい」
「本当に使うんですか? 俺が言うのも何ですけど、成章は普通の銃より扱い難いですよ?」
「それは、君が成章に使い方を示して居ないからだろう」
兵子が成章をクルクルと回す。
「成章は持ち手によって特性を変えると、師匠が言って居た。現に、師匠が使って居た時は、一狼君の様にポンポン代品が出てこなかったからな」
その言葉を聞いて、俺は察する。
「もしかして、兵子さんの師匠って……」
「猫屋敷又吉。一狼君も名前は聞いた事があるだろう?」
猫の祖父で、俺の前に成章の持ち手となった人物。
彼も俺と同じように成章を扱っていたと思っていたので、その発言には驚かされた。
「ふふふ、成章での実戦か。心が踊るな。久しぶりに正装で山に入るのも悪くない」
「兵子さんにも狩り衣装があるんですか?」
「当然だ。まあ、私のは『我』が強いから、普段は着ないようにしているがな」
言っている意味が分からずに、首を傾げて見せる。
しかし、兵子は衣装に関して、それ以上語る事は無かった。
「さて、これで準備は整ったのだろう? 今日はこれ以降休みにするから、皆はゆっくり休むと良い」
それだけ言って、ご機嫌で去る兵子。
俺達は無言で頷いた後、遠征用の道具を一まとめにして、それぞれ家に帰る事にした。




