主人公は誰のもの②
気付けば備わっていた自我は、俺自身のそれとは言い難かった。一番近いところで、俺は祖父の生まれ変わりだと親族には再三言われて育ってきた。物腰、風貌、言うこと為すこと、果ては雰囲気――祖父そのものとさえ言われた。俺は祖父の生まれ変わりとして皆に可愛がられる。祖父は、それだけ印象の良い人間であったらしい。いっそ祖父になりきれたなら、どんなに楽だっただろうと俺は思うわけだ。俺の生が従う時針はどうやら白色のようで、他の色がなければその存在はほとんど認知はされず、眩しさの中で人はわざわざ目を細めて見るようなことはしない。
俺は疾うの昔から反抗という反抗もやめたが、俺の自我はどうしても前世の存在を無視させてはくれないようだった。考えまいとするほどに足は動き、目を向ければ視界はぐらつく。
◇
篠原祐は、白一色の画面を前にひたすら文字を書き連ねていた。意味には繋がりがない。ただただ頭に浮かんだ単語を打ち込んでいくばかりだ。そうして一ページを黒の文字で覆いつくしたのちは、すべてを一括で選択してデリート。これは彼なりの言葉遊びだった。個性のない文字列。終わらない自己主張。くだらない、と祐は呟く。
彼は常に失うことを恐れた。何かを得るたびに、それはいつしか失われるものだと、そう考えてしまうばかりに彼から何かを求めるということはほとんどなかった。別れを知るほどに人は臆病になる。これが彼の定説であったわけだ。
夜の風は涼やかな音を立て、真冬であるにも関わらず、夏の清々しい気配をも思わせた。うっすら開く窓から覗く深藍の顔を、祐はじっくりと眺める。暗闇の中だからこそ、よく見えるものというのがある。じっと目をこらし、冬の息遣いを聞き取る。段々に自分自身の鼓動が呼応していき、意識から徐々に明度と彩度とが削がれていく中で、祐は未だにわだかまりを抱えていた。長年わかることの許されなかった何か、追い求めれば求めるほどに離れて行ってしまう何か――その名前がわからないのだ。
そんな彼の思考を遮るように、突如として着信音がけたたましく鳴り響いた。
「もしもし?」
「あっ篠原さん! 私です、星城です」
「澪ちゃんか、いきなりで驚いた。どうしたの?」
「いきなりの提案で申し訳ないんですけど……もう一人のクレインを作ってくれませんか?」
クレイン。それが紛れもなく祐の小説の主人公の名であることを理解したものの、彼の中では掴みがたい歪みが生じていた。
「それは、どういうことかな」
「クレインを、別の小説の舞台で出してほしいんです。がらっと時系列を変えて。例えば、今私たちがいるこの世界とか」
「タイムスリップみたいになるんじゃないかな?」
「クレインだけです。クレイン以外の登場人物が存在しない世界で、クレインはクレインとして存在できるのかなって思ったんです」
「小説は、あくまでもフィクションだよ。それでもいいんだね?」
「可能性に思いを馳せるのに、現実も虚構も関係ありませんよ。きっと何かが動き始めます。それじゃあ、お願いしますね!」
祐の中途半端な相槌はすっかり快諾の返事か何かのようにとられたようで、一方的に始まり一方的に終わった携帯電話だけが会話が現実のものであったことを証明していた。まだ電源を落としていない画面からブルーライトが微笑する。白紙に戻したばかりのワードファイルを、祐は名前を付けて保存することにした。




