519 留 守 6
「あり得ねえ……。あり得ねえ……」
手下以上に、頭目の混乱と動揺が酷かった。
確かに、あり得るはずがなかった。
こんな小さな、男爵領の規模しかない新興の子爵領。
まともな領軍などなく、ほんの数人の傭兵上がりの兵がいるだけ。
戦力などというものではなく、領主の護衛と犯罪者の捕縛くらいにしか使えないであろう、体裁を保つだけのために雇われている者達。
しかも、その半数は領主と共に王都へ行っているはず。
なのに、なぜこんなに兵がいる……。
そう疑問に思う頭目であるが、いくら考えても、分からないものは分からない。
隣接するボーゼス領から増援が来たとは思えない。
街道には見張りを出していたし、これだけの人数の移動を見落とすわけがない。
今ここにこんなに大勢の訓練された兵士がいるはずがなかった。
「傭兵……? いや、こんな田舎領に、すぐに雇える傭兵なんかいるはずがねえ! 傭兵ギルド支部どころか、小さな紹介所すらねえだろ……。
常雇いでこんなに傭兵を抱えているわけがねえし、俺達のことに気付いてからじゃあ、他の領地から掻き集める時間があったとは思えねえ。
いったい、どうして……」
兵士達のあとに続いた、明らかに一般の領民や領主邸の使用人と思われる連中は、まだいい。
……あまり良くはないが……。
しかし、この異常な人数の正規兵っぽい連中は、意味不明であり、理解不能であった。
素人同然の農民も、徴兵されることはある。
しかしそれは、戦争が起きた時に一時的に集められるものである。
農作物の収穫にあまり影響が出ない範囲の人数であり、集められてから即席の訓練を受けて粗末な武器を渡されて、とにかく質より量とばかりに兵員数を増すためのものである。
それは決して、このような統制の取れた動きができるような者達ではなかった。
(……駄目だ。撤退しかねえ!)
この圧倒的な兵力差では、どうしようもない。
いくら屈強な兵士でも、武器を持った10人の一般人に取り囲まれればどうしようもない。
そして盗賊達は、ごく一部の者を除き、鍛冶屋や農民よりも非力であったし、日々剣技を磨き鍛錬している者などひとりもいなかった。
それを正しく理解している頭目は、今はただ如何に被害を抑えて上手く脱出するかということのみを考えていた。
悪事に手を染めてはいるが、頭目はある程度の常識と、そして部下達を護りたいという想いを持っているようであった。
(このままじゃ駄目だ。退路を塞がれているし、たとえ突破して逃げたとしても、追われて後ろから順に削られる……。土地鑑のある連中相手じゃあ、領境まで逃げ切れねえ……)
それに、国境ではないのである。領境を越えたからといって、そこでピタリと追撃を止めてくれるとは限らない。
(クソっ、どうすれば、どうすれば……)
「諦めて、おとなしく降伏しなさい。そうすれば、命は助けてあげます。
……この場では、一応……」
「え?」
兵士達の間から姿を現した、20歳を少し過ぎたくらいの女性。
その口から出された言葉は、後半部分が少し怪しげであった。
「おいおい、そこは『助けてあげます』と断言すべきところだろうが……。
そんなあやふやな言い方だと、誰も降伏しやがらないぞ」
そして女性の横からそう突っ込みを入れる、屈強そうな軍人。……下級兵士ではなく、上位者らしく見える。おそらく、領軍の指揮官であろう……。
「いえ、こういう生死に関わることでは、ほんの僅かであっても嘘は吐きたくありません。
ですから、言葉は正確さに重きを置いて選ぶべきです。
私達は捕らえた盗賊を殺すつもりはありませんが、法の裁きによってどのような刑罰が科されるかは分かりませんから、今後のことは無責任に軽々しく約束することは致しかねます」
「……相変わらず、杓子定規でくそ真面目だな……」
(あれが雷の姫巫女、ここの領主様か? 話に聞くより、少し年齢が上か?
そしてその隣にいるのが、領軍の指揮官なのか?)
情報では領主は王都に行っているという話であったが、兵士の数が大嘘であったのだから、その年齢や行動が多少違っていても大しておかしくはない。所詮は、出所不明で真偽も分からず、そして尾ひれが付きまくった噂話に過ぎないのである。そのまま信じる方が間違っている。
(……そうだ!)
頭目の頭に、名案が閃いた。
そして……。
「分かった! 交渉したい!
どうだ、俺達を見逃してはもらえねえか?
戦っても勝ち目はなさそうだが、それでも戦えばそちらにもある程度の死傷者が出るだろう。
だから無益な戦いはやめて、互いに無傷のまま退く、というのはどうだ?」
「…………」
領主らしき女性と軍の指揮官らしき男性が何か話しているのを見て、頭目は謀が上手く行きそうだと、心の中でほくそ笑んでいた。
『雷の姫巫女』を名乗るここの女領主は、年寄りと子供には甘く、そして領民を大事にすると聞いている。
ならば、盗賊と戦って領民が死傷するより、互いに無傷で済ませる方を選択するに違いない、と考えたのである。
戦えば、盗賊の大半は死ぬか重傷を負い、犯罪奴隷として売れる状態で捕縛できるのはほんの数人であろう。
それでは、領兵を失う損失の方がずっと大きい。
ならば、この領地から出て行き、今後二度とこの領地には入らない、と約束すれば、このまま見逃してもらえる確率は決して小さくはないはずであった。
噂の通り、姫巫女様が慈愛の聖女であったなら……。
意見が纏まらないのか、なかなか返事が来ない。
おそらく、見逃し派の女領主と交戦派の領軍指揮官で意見が対立しているのだろうと思い、そろそろ頃合いかと声を掛ける頭目。
「お~い、条件の擦り合わせをしたいんだが、いいか?
俺達は二度とこの領地には入らないとか、この領地から出るまでそっちの兵士が見張りとして付いてくるとか、そういう約束事を決めといた方がいいだろ?
俺達も、領境を越える寸前に見張りの兵士に奇襲されてバッサリ、とかいうのは御免だからな。
見張り役の兵士の人数とかも、ちゃんと決めてもらいたいんだよ。こっちもそっちも、裏切って相手側を襲おうなんて気を起こさないよう、妥当な人数になるようにな……」
見逃すかどうかの相談をしている相手に、見逃すことを前提とした相談を持ち掛ける。
これは、見逃す方に場を大きく傾ける効果がある。
軍の指揮官も、平和的に話し合いがしたいと言っている相手を突き放すことはできまい。
これが領主不在であればともかく、お優しい領主様が立ち会っているとなれば……。
いくら領軍の指揮官が戦いのプロであろうが、最終意思決定権者は、領主様なのである。
軍のトップでも、領地における最高権力者である、お優しい女領主様には逆らえないはず……。
「この距離じゃあ、いちいち大きな声で叫ばなきゃならねえ。
どうだ、互いに意思決定権者同士で、1対1でもう少し近くで話さねえか。
勿論、武器は置いていく」
そう言って、鞘ごと腰の剣を外し、近くにいた仲間のひとりに預けた頭目。
……これで、あの女領主と近くで話せる。兵士や護衛の者達が異状に気付くまで……。
相手の返事を待たずに頭目が歩み出ると、女領主と領軍指揮官が激しく言い争い、慌てている様子。何だか、もうひとりが話に加わっているように見えた。
おそらく、女領主はひとりで出てくるはず。自分の、強く優しい姫巫女様、という作られた英雄譚に傷を付けたくなければ……。
そして、止める指揮官を振り切って、女性がこちらへと歩み寄ってきた。
……女領主ではなく、10歳を少し超えたばかりと思われる、ひとりの少女が……。
「……え?
お嬢ちゃんは誰だ? 領主様が来るんじゃあ……」
「御領主様であるミツハ・フォン・ヤマノ子爵閣下は現在王都に行っておられます。
私は、御領主様が不在の時に領地の全てをお預かりしております全権代理の、コレットと申します」
「……」
「「「…………」」」
「「「「「「………………」」」」」」
頭目だけでなく、盗賊達全員の間に静寂が広がった。
「……あの、あそこに立っている女性は?」
「家臣のミリアムさんです」
「……領主様ではなく?」
「ではなく……」
「…………」
既に充分近付き、普通の声量で話せるくらいの距離となった、頭目とコレット。
その時、頭目の後方から、声が上がった。
「あ! 忠義少女、コレット村のコレットちゃんか! 話を聞いたことがありやすぜ、頭目!」
そして、すぐにコレットから苦情が出た。
「私の前では、村の名は口にしないでください!!」
「……お、おう……」
その、少し赤くなった顔を見て、何となく事情を察した頭目であった……。
拙作『ポーション頼みで生き延びます!』の小説イラストを担当し、スピンオフコミック『ポーション頼みで生き延びます! ハナノとロッテのふたり旅』を描いていただきましたすきま先生のオリジナルコミック、『さいはての塔、いやはての少女たち』第1巻が、8月17日に刊行されました。
滅んだ世界に、ゆるくて優しい旅がある──。
文明が崩壊し、姿を消した人類の代わりに巨大化した生物が大地を闊歩する世界。
かつての人類の記録も、記憶も風化しつつある。
そんな世界で、二人の少女は「地平線の向こうに聳える巨大な塔」を目指して歩き続ける。
よろしくお願いいたします!(^^)/




