520 留 守 7
「……で、お申し出の件ですけど……。
ここであなた達を見逃せば、またどこかで悪事を働きますよね?」
領主代理としての発言なので、大人びた喋り方をするコレット。
「あ、ああ、そりゃ、俺達はそれを生業としているからな。
他にできる仕事はねえし、俺達も食っていかなきゃならねえからな……。
しかし、この領地にはもう近寄らないと約束するぜ。こんなに兵士が多い領地で盗賊なんかやれるわけがねえから、そこは信用してもらって構わねえと思うぜ」
「なる程……。ミツハ様が言うところの、論理的説得力のある説明、というやつですね……」
全権代理の少女が納得した様子なので、このまま交渉が纏まるかと思い、安堵する頭目。
しかし……。
「でも、それって今後も他領で人を殺し、物を奪うということですよね? これからも、ずっと……。
そして、我がヤマノ領へと向かう馬車が襲われるかもしれない、と……」
「あ、う……」
「犯罪者とは取引も交渉もしない。受けるのは、降伏の申し出のみ。
……ミツハなら、多分そう言う……」
ばっ!
地面を蹴り、一瞬のうちに距離を詰めた頭目。
勿論、獲物は領主代理の少女である。
突然のことに少女が碌に反応できないまま、少女を左腕で抱え込み、右手に握った隠し武器である小型ナイフをその喉元に近付けた。
「動くな! 動くと、コイツがどうなっても知らねえぞ……」
こういう時には、剣よりもナイフの方が使い勝手が良い。
これ見よがしに剣を手下に渡したため、懐に隠し持っていた小振りなナイフは見逃されていたようである。
(よし、やった!)
心の中で、快哉を叫んだ頭目。
「……馬鹿め! 所詮、素人揃いのにわか家臣と、世間知らずの子供だ。
世の中、そんなに甘くはねえんだよ!
さあ、さっさと金庫からカネを出してきな! 領主代理サマを死なせたくはねえんだろ?
そして後ろを塞いでいる連中を下げさせろ!!
俺達のあとを追わなきゃ、隣領を抜けるあたりで解放してやるよ。俺達も、余計な怨みは買いたくねえし、子供を殺したいわけでもねえからな。
……但し、それは俺達を騙したり攻撃したりしなけりゃ、の話だけどな……」
「……」
「「…………」」
「「「「「「………………」」」」」」
静寂に包まれる、周囲一帯。
その異常さに、少し疑問を覚える頭目と、手下達。
普通であれば、領主代理の少女が人質に取られたとなると、もっと動揺して大騒ぎになるはずである。その子を放せ、とか、馬鹿な真似をするな、とか叫んで……。
それに、少女が騒ぐでもなく泣き叫ぶでもなく、無表情で、平然としているのが一番異様であり、不可解であった。
……そして、少女の両手が、頭目の腕を掴んだ。
ナイフを握り締めている、その右腕の前腕部を……。
幼い少女の力で、大人の腕を引き離せるわけがない。
なので、そんなことは意にも介さない頭目。
「……ふん。小娘が、無駄な……」
ぎり……
「うぐっ!」
ずぶり……
「ぐあっ!」
ぴきっ……
「な、何……、や、やめ……、い、痛い、いた……、やめええええぇ〜〜!!」
ナイフが、ぽろりと手からこぼれ落ちた。
そして……。
ぱきっ……
「ぎゃあああああああ〜〜っっ!!」
少女を抱え込んでいた左手で、自分の右腕を掴んでいる少女の腕を掴み、引き剥がそうとするが……。
「あああああああ! 放せ、放せええええぇ〜〜!!」
自分の右腕にずぶりと食い込んでいる、少女の指。
このまま無理に少女の腕を引き剥がそうとすれば、自分の右腕の筋肉、血管、そして神経が引き千切られる。
なので、引っ張れない。
しかし、このままでは骨が。骨がパキパキと……。
頭目は戦術を変えた。
少女の腕を引き剥がすのではなく、その顔面目掛けて、渾身の力でその左拳を叩き付けた。
ぱしっ!
「え……」
軽々と少女の右手に受け止められた、自分の左拳。
そして……。
ぎり……
ぎりぎり……
みしっ……
「あ……、や、やめ……」
ぼきっ!
「ぎゃあああああああ〜〜っっ!!」
コレットが、他者の命よりも自分の命を優先させるわけがなかった。
……たとえそれが、他領の平民の命であろうと……。
そしてコレットにとって一番怖いことは、自分が傷付いたり死ぬことではなかった。
ミツハが。お友達が。そして領民が傷付くこと。
それを自分が防ぐことができないということ。
そして……。
「悪党にナイフで刺されるのは、1回だけで充分だよ。
……ミツハが心配するからね……」
* *
皆の心の支えである頭目が倒れ、手下達は抗戦の意志を失い、降伏した。
罠で負傷した者達も回収されて、盗賊達はみんな纏めてボーゼス領へと移送された。
ヤマノ領には凶悪犯を処理できる部署がないため、ボーゼス領にお願いするのである。
ボーゼス領は、造船関連や船乗りの養成、人口増加に対応するためのインフラ設備強化等で人手不足である。終身犯罪奴隷として買い取ってくれることであろう。
死刑にすると、銅貨1枚の儲けも出ない。
造船自体には使えなくとも、造船所を拡張するための土木作業とかになら、元盗賊であっても問題なく使えるであろう。
そしてヤマノ領には、犯罪奴隷の売却金が入り、盗賊対処のために掛かったお金の補填と、領民への分配金に充てられる。
……問題ない。
全て、想定の範囲内であった。
そしてヤマノ子爵家の執事であるアントンのその日の業務日誌には、ただ1行、こう記された。
『ヤマノ領、異状なし』




