第8話 お兄様へのお届け物
なんとか期末テストは終了し、結果も出ました。
結果は上位三十位までが廊下の掲示板に張り出されます。
私は辛うじて全教科五位以内に入ることが出来ました。
全教科で一位か二位を独占した方は、オルカ・ベローニ様。確か子爵家の三男だったはず。すごいですわ。
このような優秀な方が将来の国を背負っていくのでしょうね。
私も見習わねばなりません。
テストが終われば夏休み!
なのですが……。
女子寮の談話室でサフィニア様とイベリス様の三人で顔を見合わせます。
「お誘いはありました?」
私はお二人に尋ねました。同時に首を横に振られます。
ああ、やはり。
「声をかけてみたけど、ルピナスに色々なところを見せてやらねば、ですって」
「私も同じでしたわ」
サフィニア様とイベリス様のため息が重なります。
長期休みは婚約者と過ごす方がほとんどです。お二人とも去年はそうしていたはずです。
私もアスター様と避暑地に数日間だけ出かけました。
夏休みの宿題もありますから、あまり長い滞在はできません。
それが今年はどうしたことでしょう。
婚約者を放り投げて、別の令嬢と出かける気とは。
これではラタム様とニゲラ様の外聞もだいぶ悪くなってしまいます。
ルピナスさんもやっとアスター様たちから離れられると思ったでしょうに。気が休まる暇がありません。
「仮に私たちがルピナスさんをお誘いしたとしても、無駄ですよね」
確認するように、私はお二人に目配せします。
サフィニア様は大きく頷きました。
「追いかけてきて奪い去っていく光景が見えるわ」
イベリス様も大きく息をつきます。
私たちにはルピナスさんをお救いする手立てはないようです。申し訳ないですわ。
イベリス様がこちらに目を向けました。
「マリー様はどうするおつもりですの?」
私は今、婚約者のいないフリー状態です。でも今のところ、誰からもお誘いはありません。
あったとしてもお断りするつもりでいました。
ローダン様との縁談が持ち上がっているところですから。
無下にするつもりはありません。密かに想いを寄せていた時期もありましたし……。
ああもう、思い出すと顔が熱くなってしまいます。
「実は、ローダン様との縁談がありまして……」
私が小声で報告すると、お二人はカッと目を見開きました。あまりの迫力に肩が跳ね上がってしまいました。
声を上げそうになったイベリス様がパッと口元を押さえます。
私は無意識に指先をいじりながら、予定を告げました。
「その、こちらに残って、お仕事の状況を見て何度かお会いしようかと」
「それがいいわ。絶対にそれがいい」
「ええ、ええ。そうしましょう」
お二人は満面の笑みで、何度も頷いてくださいました。自然と頬が緩みます。
自分のことのように喜んでくださる友人がいるなんて、私は幸せ者です。
こうして前期の日程が終わり、私たちはそれぞれの夏休みに入りました。
でも遊び惚けてはいられません。宿題があります。
サフィニア様とイベリス様はご実家に帰省して、のんびり宿題をすることにしたようです。
私も午前中に宿題をして、午後はまったりと過ごすことにしました。
今まで読めなかった本を読んだり、気になっていた雑貨屋さんに出かけてみたり。
ただそれだけで夏休みすべては埋まりません。他にも何か予定を立てないともったいない気がしてしまいます。
ローダン様は王太子の側近というお立場です。頻繁にお休みを頂くことはできません。
お休みが決まったら、連絡をくださいとお手紙を出しておきました。いずれ、返事がくるでしょう。
その日を楽しみにしています。
お忙しいローダン様の代わりに、美味しいケーキのお店をリサーチしておかなければいけませんね。
そんなことを考えて家の中を歩いていたら、階段の下に万年筆が落ちていることに気が付きました。
拾い上げて眺めます。
この艶やかな漆黒と銀色のコントラストが美しい万年筆は間違いなくお兄様が愛用しているものです。
お出かけになる時に落としてしまったのかもしれません。珍しい。
「あら、その万年筆……」
一緒にいた私付きのメイドであるメリアが首を傾げました。ポニーテールに結い上げた黒い髪が揺れます。
万年筆に見覚えのある顔です。それもそのはずですわ。
「お兄様の万年筆ですね」
書き心地が良いと気に入っていた逸品です。これで毎日お仕事をしているはず。慣れないペンでは書きにくいのではないでしょうか。
お兄様はきちっとしている分、少々神経質なところがあります。
不慣れなペンに苛立って冷気を垂れ流していたら大変です。お兄様は氷の魔法が得意なのですが、御心が乱れると無意識に冷気を帯びた魔力を垂れ流しにすることがあるのです。
今は夏ですから、むしろ涼しくて良いかしら?
やっぱりダメです。女性がいたら身体が冷えてしまいますわ。
仕方がありません。心優しいこの妹がお届けに行って差し上げましょう。
まだ午前九時を過ぎたところです。今から支度をしてお城へ行っても、十時には着くはずです。
「お兄様にお届けしてきます」
「私もお供します」
メリアが会釈をしました。彼女は私のメイド兼護衛でもあります。
学園には従者を連れていけませんから、ずっと別邸で過ごしてもらっていました。
部屋に戻った私はクローゼットを開けました。
少ししか登城しませんが、失礼がないようにそれなりにフォーマルな格好のほうがいいですよね。
「何を着ていきましょう?」
メリアも一緒に考えてくれます。
彼女は黒の長袖と足首までの長いスカートに白いエプロンを身につけた我が家のメイドの制服です。
夏仕様の通気性の良い生地ですが、暑くないでしょうか。これから外に行きますし。
「メリア、暑くありませんか?」
「私は大丈夫ですよ。このワンピースはどうですか?」
メリアは微笑んで答え、紺色のワンピースをクローゼットから取り出します。
私はそのワンピースを着ていくことにしました。七分袖の部分はレースになっており、軽い素材で出来ている夏向けのワンピースです。
今日は日差しがあるので、つばの大きな帽子を被って出かけましょう。白い髪に白い帽子になりますが、仕方ありません。
帽子に着いた水色のリボンがワンポイントです。
執事のオーキッドにお兄様の忘れ物を届ける旨を伝え、私とメリアはお城へ向かいました。
馬車で行くような用事ではありません。今日は徒歩でお城を目指します。
「お嬢様とこうして歩くのも、久しぶりに感じてしまいますね」
メリアはどこか嬉しそうな声で笑いました。確かに実家ではずっと一緒にいてくれました。
春に入学してから夏休みまでの数か月間、こんなに離れていたことは初めてかもしれません。
「そうですわね。メリアに教えてもらった通り、寮でもきちんとお洋服をたたんで、ベッドを整えていましたよ」
「お役に立てて何よりです」
寮に入る前、服のたたみ方やベッドメイクの仕方を教わりました。おかげで毎日心地よく過ごせました。
平常時のお城に入る際、私たちのような部外者は必ず門の前で入門の手続きをします。
受付所にある宝珠に触れ、指紋や魔力の波長など個人を特定する情報を記録するのです。
お城に入る人のほとんどは取引のある業者さんです。皆さん、手慣れた様子で宝珠に触れていきます。
ちなみに出る時も宝珠に触れて退出記録を残すことになります。
私たちはその列に並び、順番を待ちました。
門番をしているのは、よくお見かけする濃い緑の髪をした若い騎士様でした。
彼は私を見ると背筋を正しました。
「マリーローズ様! どうぞお通りください!」
侯爵家の人間に受付をさせるのは失礼だと思ったのでしょうか。
さすがに顔パスはいけません。規則は規則ですもの。
「そういうわけにはいきませんわ」
私はそう言って、宝珠に触れました。ひんやりとしたすべすべの感触が伝わってきます。
宝珠は一瞬だけ淡い光を放ちました。これで登録完了です。
メリアも同じように宝珠に触れます。
登録を済ませた私たちに、騎士様は頭を下げました。私たちも会釈をしてお城へ向かいます。
城門からお城までは真っ直ぐ白いレンガの道が続いています。
そこ以外は緑の芝生が敷き詰められ、綺麗な円錐状に整えられた木々が点在していました。
お城の庭師の仕事は本当に丁寧です。
お城の中に入る前に、帽子を脱ぎました。室内でまで帽子を被っているのは失礼ですからね。
メリアはサッと帽子を受け取ってくれました。
建物の中は外よりも少し空気が涼しいです。
ええと、確かお兄様の職場は二階にある土木系部門の……橋を作ったり堤防を作ったりするところ。
何課でしたっけ?
二階まで上がったのは良いですが、迷ってしまいました。
「あら? マリーローズ?」
困っている私に声がかかりました。穏やかで、温かみのある声色。
振り向いた先にいたのは、王太子妃カトレア様でした。




