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第7話 終礼ダッシュ!


 翌日、終礼が終わった途端、凄まじい足音が廊下を駆け抜けていきました。

 さすがに担任の先生も驚いて廊下に顔を向けています。


 隣に座っていたフリージア様がこちらを向いて頷きました。私も頷き返します。

 彼女も昨日、談話室で私たちの会話を聞いていた一人です。


 子爵家の跡取りで、凛とした佇まいの男装の麗人といった風の方です。

 他の令嬢とは逆に短く整えられた黒髪と蒼い眼差しから、まるで王子様のようだと他の学年にもファンがいると聞きます。


「これで少しは落ち着くといいのですが……」


 小声でフリージア様が呟きます。落ち着き払ったその声が彼女の魅力の一つです。


 ええ、これで落ち着けばいいですが、無理でしょうね。

 婚約者《わたし》という枷がなくなった今、アスター様がどんな走り方をするのか予想ができません。


「しばらくは静観しましょう。私たちもテスト勉強がありますし」

「そうですね」


 私たちは頷き合いました。

 大切な期末試験です。私たちも勉強しなければなりません。


 次の日も、その次の日も、ルピナスさんの終礼ダッシュは続きました。

 女子寮の談話室ではルピナスさんが必死に勉強しています。時折、カルミアさんもお手伝いしているようです。


 私も後れを取らず勉強しなくては。


 今日もルピナスさんの終礼ダッシュが決まりました。

 私は必要な教科書を鞄に入れ、いつも通りの時間に昇降口を出ます。


「おい、マリー!」


 怒鳴り声で呼び止められました。声のした方に目を向けると、あからさまにイライラした様子のアスター様たちがいらっしゃいました。


「お前だろ!? ルピナスに入れ知恵をしたのは!」


 何の用かと尋ねる前に、アスター様の罵声が飛んできました。

 下校する生徒たちがチラチラとこちらに目を向けてきます。中にはまた始まったか、といった呆れ顔の生徒もいました。


 私はため息をついて、アスター様を見据えます。


「何のことですか?」

「とぼけるな!」


 アスター様が拳を握りました。それが振られるのではないかと、周囲の生徒は心配そうにしています。


「ルピナスが俺たちを避けるわけがない!」


 どこから来るんでしょう。その自信は。

 ルピナスさんが自分たちを心の底から慕っている。そう信じて疑わない目をしています。


「相変わらずですね、アスター様」


 そこへ別の声が流れてきました。スラウ様です。

 アスター様は苛立ちを隠さない顔でスラウ様に目を向けます。薄っすら笑ったスラウ様は気にする様子はありません。細められたオレンジ色の瞳がアスター様を見つめます。


「ご自分に都合の悪いことをすべてマリーローズ様のせいにするのは、もうやめてはいかがですか?」

「な……っ!?」


 アスター様の顔がカッと赤く染まりました。


「だ、黙れ! お前の出る幕ではない!」

「かしこまりました。では」


 怒鳴られたスラウ様は優雅に一礼をしました。そして私の方を見て小さく笑い、男子寮の方へと去って行きました。


 スラウ様の仰るとおり、アスター様は相変わらずです。まるでまだ私が婚約者であるかのように接してきます。

 これでは周囲に示しがつきません。


「根拠もない言いがかりはやめてください」


 私は強めの口調でアスター様を睨みつけました。彼が濁った色と言った瞳で。


「それに、もう私たちは婚約者ではありません。気軽に愛称で呼ばないでくださいませ」


 自分でも驚くほど、低い声が出ました。威圧感が出たのでしょう。アスター様は半歩下がります。

 その隙に、私は彼らの横を通り過ぎることに成功しました。そのまま女子寮への角を曲がります。真っ直ぐ進めば女子寮です。


「流石は我らが筆頭メリディアナ侯爵家の御令嬢」


 からかうような口調で隣に来たのはキュラスお義姉様でした。先ほどのやり取りをご覧になっていたようです。


 在学中の女子生徒で、一番身分が高いのは私です。それ相応の態度というものが求められます。


「あの様子では、また懲りずにあれこれ言ってくるでしょう」

「もう婚約者じゃないんだから、甘えるのはいい加減にしてほしいわね」


 やれやれ、とキュラスお義姉様も呆れた様子です。そうなるのもわかります。


 女子寮に着いて談話室に行くと、いつもの場所でルピナスさんが勉強をされていました。まずは彼女がしっかり勉学に励むことが出来る環境を作ることが大切です。


 ふと、ルピナスさんが顔を上げました。私を見てガタッと椅子を鳴らして立ち上がります。


「マリーローズ様! アスター様たちと何か揉めていたと聞いたのですが……」


 ルピナスさんは慌てた様子でこちらに駆けてきました。

 彼女が気負う内容でもありません。私はニコッと笑みを浮かべました。


「大したことではありませんよ。お気になさらず」


 ルピナスさんはほぅと息をつきます。


「ねえ、ルピナスさん。そのネックレスどうしたの?」


 キュラスお義姉様の唐突な質問に、ルピナスさんも私も目を丸くしました。


 いきなりどうしたのでしょう?


「これは、義父《ちち》がお守り代わりにと入学する時に渡したものです。身につけていろと言われたので、つけてはいるんですけど」


 ルピナスさんは指先でチェーンを少し持ち上げました。

 キュラスお義姉様はじっとそれを見つめています。


 何か気になることがあるようです。

 お義姉様は魔法の感性が鋭く、扱いが難しいとされる闇魔法ですら自在に操る才女です。そのキュラスお義姉様が気にするほどの代物なのでしょうか。


「そのネックレス、ちょっと借りてもいいかしら? なんだか妙な魔法の気配がするわ」

「えっ!?」


 ルピナスさんは驚きの声を上げました。

 ただのネックレスではなかったようですね。


 ルピナスさんは慌ててネックレスを外し、キュラスお義姉様に手渡しました。キュラスお義姉様はネックレスを手に取り、黒い宝石を凝視しています。


 不安そうなルピナスさんは一言おっしゃりました。


「煮るなり焼くなり好きにしてください」


 ネックレスに対する言葉ではないですね。


お読みいただきありがとうございます。

物理系サブヒロイン、ルピナス誕生です。

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