第6話 勉強ができないルピナス
テスト期間に入った校内はいつもより少し静かです。みんな、教室や図書室、寮などで勉強を優先しています。
私も教室に残って勉強をしていました。私の他にも何人か残っています。
数人のグループで教え合っていたり、私のように一人で黙々とペンを走らせていたりしていました。
そこへ、廊下から声が聞こえてきました。
「勉強を教えてやるからテラスに行こう」
「いつもと違うところで勉強するとはかどるぞ」
「い、いえ! 皆さんのお勉強もあるでしょうから結構です!」
「そう遠慮することはない。僕らは大丈夫だ」
アスター様とラタム様、拒否するルピナスさんを無視するニゲラ様の声ですわ。
私たちは思わず顔を上げて廊下を見ました。引きずられるように連れて行かれるルピナスさんの影が一瞬だけ通り過ぎます。
全員が示し合わせたようにため息をつきました。
「テスト期間中もあれなんて、本当に勉強になるのかしら」
「ルピナスさんが気の毒でならないわ。先生に訴えてもダメそうだし」
並んで勉強していた女子生徒たちが諦めのため息をつきます。
ルピナスさんがアスター様たちを侍らせている。
そんな噂話はとっくに消え、むしろ不憫に思う女子生徒が増えていました。
その不安は的中しました。
寮に帰り、談話室を通り抜けようとしたらルピナスさんが机に突っ伏しておられました。ピクリとも動きません。
手元には歴史の教科書が開かれていました。
彼女の隣ではダリアさんとカルミアさんが心配そうに背中をさすっています。
彼らから何を習ってきたのかはわかりませんが、力尽きたのでしょうか。
「大丈夫ですか?」
さすがにこの状況を素通りするのは良心が痛みます。
ダリアさんとカルミアさんがこちらを振り向きました。
「あ、マリーローズ様」
ダリアさんの顔は困っていました。カルミアさんも同じ顔で黙って会釈をします。
のっそりと、ルピナスさんが顔を上げました。金色の髪がサラリと肩を流れます。
ただ、淡紫の瞳が虚ろです。そこに映るものは何もありません。
これは、いけませんね。よろしくありませんわ。
ルピナスさんはゆっくり口を開きました。
「マリーローズ様、あの人たちの言ってることがわかりません」
ん?
「ベラベラ喋るだけで、私の理解なんて気に留めていないんです」
んん?
「もう何がわからないのか自分でもわかりません」
んんん?
これは……あれですね。アスター様たちは教えている気になっているだけですわ。
頭のいい人は教えることが上手である、という理論が成り立っていない典型的な状況です。
ルピナスさんはもう涙目です。予想通りテスト勉強どころではありません。
何かいい案はないでしょうか。学園内ではどこで勉強してもついて来るでしょう。ならば私が言えることはひとつ。
「女子寮まで戻って来られれば、勉強に集中できると思うのですが……」
女子寮の敷地には男子禁制の結界が張られています。
それを勝手に超えることは普通できません。無理に破ろうとしたら一発退学ものです。
何かを閃いたのか、ダリア様の金色の瞳が見開かれました。
「そうだ! 授業が終わった途端に走って寮に戻っちゃえばいいのよ!」
その提案に、談話室の所々から息を吹き出す音が聞こえました。
確かに一見すると笑ってしまう案ですが、今の状況を打開するには妥当な意見かもしれません。
「そんなの、見つかったら追いつかれちゃいます」
ルピナスさんは、げんなりした顔で答えました。男性の足に勝てるわけがないと思っているようです。
「そんなことありませんわ」
私が否定すると、ルピナスさんは不思議そうに見上げました。ダリアさんとカルミアさんもこちらを見つめます。
確かに普通に走ればルピナスさんは負けてしまうでしょう。そう『普通』に走れば。
「ルピナスさんは豊富な魔力を秘めています。魔力で身体強化すれば、彼らよりも早く走れますよ」
彼女がアスター様たちに勝っているもの。それは内に秘める魔力量です。
上手く使えば、将来的にもルピナスさんの大きな武器になるはずです。
カルミアさんも大きく頷きました。
「そうよ。ルピナスさんには身体強化があるわ」
「身体強化だけならクラスで一番じゃない!」
ダリアさんも「それだ!」と言わんばかりに首を縦に振っています。濃い赤の髪が波打ちました。
身体強化"だけ"ということは、他の魔法はまだ習得中なのですね。
幼い頃から訓練していた私たちとは違うのですから、それは当たり前です。
ですが、廊下は走らないという暗黙のルールを破ることになってしまいます。
これに関しては先生方から注意があったら、お咎めがないように進言しましょう。
事態は深刻です。




