第5話 ローダンの求婚
「夜分遅くに失礼いたします」
応接室にやって来たローダン様はお父様に一礼しました。
お仕事帰りなのか、煌びやかな騎士服を纏っていらっしゃいます。手には小さな花束がありました。
「急にどうしたんだ? 仕事帰りで疲れているだろう」
お父様もローダン様を気遣います。ローダン様は首を横に振りました。
「いえ、どうしても今日お伺いしたかったのです」
ローダン様はそう言うと、真っ直ぐ私の目を見て、小さな花束を差し出しました。その真剣な水色の眼差しが視線を外させてくれません。
「マリー。僕との婚約のこと、考えてくれないだろうか」
え?
突然のことで、頭が回らなくなりました。
お母様の歓声のような声が聞こえた気がします。
「花屋がすべて閉まっていたから、我が家の庭の花で作ったものになってしまったけど」
ローダン様が差し出す小さな花束を、私はただ黙って受け取ることしかできませんでした。
「答えは急がないから。星祭りの時に答えを聞かせて欲しい」
ローダン様の優しい声色が耳をくすぐります。
私は黙って頷きました。
え?
ローダン様が?
私に?
求婚!?
ボンッと顔が熱くなりました。もう何が何だかわかりません。
「私の両親からは許可を得ています。どうか、ご検討ください」
ローダン様はお父様とお母様に向かって頭を下げました。ピシッと九十度の最敬礼。
「もちろん! 今すぐにでも――」
「待ちなさい」
フライング気味に身を乗り出すお母様を、お父様が止めました。お母様は少し不満げです。
「私たちが勝手に決めた婚約でこうなったんだ。今度は、マリーの意思を尊重しよう」
お父様はそうお母様を諭し、私に微笑みかけました。お父様なりの優しさをありがたく受け取ります。
お兄様は、ちょっとだけ嫌そうな顔をしています。そんな顔をなさらなくても。
全く知らない仲ではないのですから。いえ、全く知らない仲ではないからこそ、嫌なのでしょうか。
「では、私はこれで」
ローダン様は必要以上に長居することなく、お帰りになりました。
お母様はくるりと私を振り返ります。
「マリー! これを逃してはダメよ!」
「だからそれは……」
鬼気迫るお母様をお父様がなだめました。お母様のおっしゃりたいこともわかります。
今回の婚約破棄騒動で非があるのは明らかにアスター様です。
相手に捨てられた可哀想な私に救いの手を差し伸べようとする家はたくさんあるでしょう。侯爵家と縁を持つ絶好の機会ですものね。
それを止めるにもローダン様の存在は良い盾になってくださいます。
わかっては、いますけれども……。
「とにかく、今日は休もう。明日から落ち着いて考えなさい」
お父様が皆を促して、今日は就寝となりました。
自室に戻り、ベッドに腰掛けます。それから花瓶に生けてもらった花束を見つめました。
月明かりに浮かぶ優しいオレンジ色の花が笑っています。
私が、ローダン様のお嫁さんに……?
でも年も離れていますし。いえ、もっと離れていても仲の良いご夫婦はたくさんいますわね。
だけど同じ侯爵家とはいえ、私が嫁いでいいものでしょうか。
四つの侯爵家のバランスが悪くなったりしないでしょうか。
ああ、どうすれば――?
あれこれ考えている間に、私は眠ってしまいました。
翌日、登校した私を待っていたのはサフィニア様とイベリス様、そして熱い抱擁でした。
「よく頑張ったわね、マリー! 偉いわ!」
抱きしめながら私の頭を撫でてくださるのはキュラス・ライバトル様。伯爵家の令嬢で、お兄様の婚約者でもあります。
義妹の私をとても可愛がってくださるミアトリクス学園の三年生です。
昇降口という人の通りが多い場所で人目もはばからず頭を撫でまわされます。
「キュラスお義姉様、苦しいですわ」
抱擁の体勢がちょっときついです。ちょっとだけ前かがみになり、腰に変な負担が。お義姉様の薄茶色の巻き毛も顔をくすぐります。
サフィニア様とイベリス様も止めようとしますが、なかなか止められないようです。
ようやく放してくださったキュラスお義姉様はポンポンと制服の乱れを直してくださいました。
一息ついて、小首を傾げます。
「アナベルは怒っていなかった?」
「テーブルに拳を叩きつけるくらいには怒ってらっしゃいました」
アナベルお兄様が本気で手を上げなくて良かったです。周辺一帯が氷漬けになってしまいます。
「まあ、そのくらいで済んだなら良かったわ」
お兄様の実力を知っているキュラスお義姉様はホッとした様子です。
「そろそろ教室に参りましょう。授業に遅れてしまいます」
サフィニア様が声をかけてくださいました。
これで教室へ向かえます。
学年が違いますので、それぞれの方向へ分かれました。
ローダン様のことをキュラスお義姉様に相談したほうが良かったでしょうか。
ああ、そのことを考えるとまた顔が熱くなってしまいます。あんな顔のローダン様は初めて見ました。それだけ真剣なのだと思います。
私も真面目に考えなければいけませんね。
いえ、まずは期末テストの対策をしなければ。
私は学生。学業を疎かにしてはいけません。
私よりも優秀な方はたくさんいらっしゃいますが、侯爵家の者として皆の手本になるよう努力しませんと。
一年生の教室の廊下に着くと、前方に長身のお三方に囲まれたルピナスさんの金髪が見えました。
昨日の今日で懲りずに張り付いていらっしゃるのですね。
声をかける必要はありません。さすがに教室までは入らないでしょう。
私は自分の教室へ入りました。
入り口近くの席に座っている明るい茶髪の男子生徒と目が合いました。
婚約破棄の件を知っているのでしょうね。彼の表情が少し強張ります。
「おはようございます」
私はいつもと同じように挨拶をしました。
彼は小さな微笑みを浮かべます。
「おはようございます」
お互いに軽く会釈をして、私は自分の席に向かいます。その間にも、私に気付いたみんながいつも通りの挨拶をしてくださいました。
「マリーローズ様、おはようございます」
「おはようございます。今日もいいお天気ですね」
「ごきげんよう、マリーローズ様」
常の会話は多くありませんが、私は良いクラスメート達に恵まれているようです。
さあ、期末テストを頑張りますわ!




