第3話 令嬢たちの和解
ミアトリクス学園は全寮制です。女子寮と男子寮に分かれており、それぞれ異性の寮には許可なしに出入りできない結界が張られています。
私が与えられた部屋で宿題をしていると、控えめなノックが聞こえてきました。
サフィニア様やイベリス様のものではありませんね。どなたでしょうか。
ゆっくりとドアを開けます。そこには三人の令嬢たちがいました。
真ん中にいるのは金色のセミロングの髪をハーフアップにしたルピナスさんでした。緊張した面持ちで私を見上げています。
胸元には不思議な黒色の輝きを放つ宝石のペンダントがありました。
ルピナスさんは前で組んだ手をぎゅっと握りしめ、勢いよく頭を下げました。
「この度は本当に申し訳ございません!」
切羽詰まった、それでいて震える声が私の耳に届きます。
両隣にいた令嬢たちも頭を下げました。
「わ、私がアスター様たちから離れられないせいで、婚約破棄なんて事態に発展させてしまって……!」
ルピナスさんの肩が震えています。あなたのせいではありませんのに。
婚約破棄を選んだのは他ならぬアスター様ですわ。
私はそっと彼女の肩に触れました。ビクッとルピナスさんの身体が跳ねます。
「顔を上げてください。私はあなたのせいだとは微塵も思っていませんよ」
私は出来るだけ優しく、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
緊張している方に対して矢継ぎ早に言いくるめるのはよくありません。
今は誤解を解かねばならないようです。
ルピナスさんの震えは次第に収まり、ようやく顔を上げてくれました。
涙を浮かべる淡紫の瞳が揺れています。随分と思い詰めていたのでしょう。
ここまで彼女を追い詰めたのはやはりあの三バ……コホン、愚かな殿方たちです。
「マリー。大丈夫?」
「場所を変えてゆっくり話しませんか?」
そこへサフィニア様とイベリス様がいらっしゃいました。
イベリス様の提案通り、廊下で長話をするものではありませんね。
場所を個室の談話室へ移動しました。
全員が椅子に腰掛け、一通り自己紹介をしてから本題に入ります。
「では、クラスではダリアさんとカルミアさんが一緒にいてくれているのですね」
自己紹介を聞き、私はホッとしました。
共に男爵家の令嬢であるダリアさんとカルミアさんが、席が近いこともありルピナスさんの話し相手になっているそうです。
「はい。隣の席なのに話さないのは逆に気まずいので」
苦笑いを浮かべるのはダリアさん。濃い赤の長い髪が特徴的で言葉の端々から明るい印象を受けます。
ルピナスさんが元平民であることをあまり気にしていないようです。
「ルピナスさんはまだ貴族の礼儀作法を勉強中です。助けになればとは思っているのですが……」
言葉を濁らせたのはカルミアさんでした。青紫の髪をポニーテールに結い上げ、落ち着いた様子がうかがえます。
髪と同じ色の瞳に不安が見え隠れしています。
きっとアスター様たちのせいで阻害されているのですね。
「婚約者を諌めることができず、誠に申し訳ございません」
私が頭を下げると、サフィニア様とイベリス様も謝罪しました。
三人は慌てていますが、そこはきちんとしませんと。
「マリーローズ様は何度も諌めてくれたではありませんか! それなのに……」
ルピナスさんの言葉が途切れました。
そう、何度も諌めたのに聞き入れてくれなかったのはアスター様たちです。
「アスター様たちがルピナスさんに付きまとうようになったのは、正確にはいつからなのかしら?」
サフィニア様がルピナスさんに尋ねます。彼女たちは顔を見合わせて記憶をたどっているようです。
ルピナスさんが頷いて口を開きました。
「入学して、数日後です。お昼休みにいきなり三人で教室に来て、ダリア様たちから引き離されてしまったんです」
その言葉に、ダリアさんとカルミアさんが間違いないと言うように頷きます。
男爵家の身分では、公爵家と伯爵家の先輩に意見することなど出来るはずもなかったでしょう。
ルピナスさんもされるがままだったことは容易に想像がつきます。
「一人の女性にそんなことする人ではなかったんですけどねぇ」
イベリス様の、のんびりとした口調の中に、もやもやが立ち込めています。
ラタム様のことはイベリス様がよくわかっていらっしゃるはずです。おおらかで熱い気持ちを持っておられるラタム様が嫌がられるほど女性に付きまとうことなどするはずがありません。
彼が大事にしている騎士道精神にも反することです。
「三人以外からは何もない?」
心配そうにサフィニア様が質問を重ねます。
ルピナスさんはゆっくり頷きました。
やはり、様子が変なのはあの三人だけのようです。
ルピナスさんの表情が渋いものになりました。
「義父からは高位の貴族と親しくなって来いとは言われましたが、さすがに公爵家や宰相のご子息となると、釣り合わないかと思うんですけど」
プルーム男爵からすればそうでしょうね。ここは学びの場と同時に将来の人脈を広げる場でもあります。
子宝に恵まれず、ルピナスさんを養子にして高位の貴族に嫁がせるなり婿を迎えるなりするのは当然の考えです。
ですが、それならもっと三年間でルピナスさんを貴族の淑女へと成長させるべきでした。
十数年も平民として生きてきたルピナスさんにいきなり貴族になれというのは無理があります。
私たちは幼い頃から礼儀作法を教え込まれて成長してきました。平民では慣れない作法や言い回しもあるでしょう。
それを教えずして何が高位の貴族と親しくなれ、ですか。礼儀作法がなっていない者を認める高位の貴族などいません。
困るのはルピナスさん自身であり、巡り巡ってプルーム家の評判にも関わります。
プルーム男爵は何をお考えなのかしら。
「毎週、義父から手紙が届くのですが内容はいつも同じで、誰と仲良くなったか、進展はあったのか、そんなことばかりで……」
ため息をつくルピナスさんの口から出た言葉に、その場にいた全員の顔がしかめられました。
プルーム男爵は、いったい何を焦っているのでしょう。
まるでルピナスさんが誰かに見初められると思っているようです。
勉学のことや体調のことではなく、殿方との交友関係ばかり聞いてくる父親。
正直、気味が悪いですわ。
ルピナスさんがしょぼんと肩を落としました。
「お義母様は私に色々教えてくださろうとしたんですが、義父が石女は黙っていろと蔑ろにして遠ざけるんです」
「なんですって!?」
「信じられない」
サフィニア様とダリアさんが声を上げました。私とイベリス様は声すら上げることができません。カルミア様は口元に手を開けて目を見開いています。
石女とは、子供を産めない女性を蔑む言葉です。
子供は授かりもの。いくら子宝に恵まれなかったとはいえ、その責任を妻だけに押し付け、蔑むなど言語道断ですわ。
「……ルピナスさん。失礼ですが、プルーム男爵のことを調べさせていただいてもよろしいですか?」
私の言葉に、ルピナスさんはハッと顔を上げました。真剣な眼差しで見つめると、彼女は意を決したように口を一文字に結び首を縦に振りました。
私は彼女を見据えて続けます。
「今の話を聞いている限り、プルーム男爵が何かを企んでいるように思えます。このままではルピナスさんとお義母様にも良くないことが降りかかる気がするのです」
「私一人では、どうすることもできません。どうかお力を貸してください」
ルピナスさんはゆっくりと頭を下げました。彼女の口から出たのは切実な声でした。
おそらく、彼女もわかっているのでしょう。いくら貴族になったからといっても、男爵家の力がいかに弱いか。ご自身がいかに無力か。
「調べるって、どうするつもりですの?」
イベリス様が首を傾げてこちらを見ます。薄紫の髪がふわりと揺れました。
私は得意げに笑って見せます。
「もちろん、侯爵家という立場を存分に使うのですわ」
権力とは、こういう時のためにあるのです。




