第23話 マリーローズの復帰
ここは、どこ?
暗い、寒い、なにも聞こえない。
……灯り?
小さいけど、温かい。これはローダン様から頂いた、星のペンダント?
眩しい。ここは、私の部屋?
左手が温かい。
目を向けると、私の左手を握るお母様がいました。
「おかあ、さま……?」
声が上手く出ません。
お母様はハッとして顔を上げました。目が合うと、ホッとした表情を浮かべました。
優しく私の額を撫でます。お母様の冷たい指先が前髪をかき分けました。
「気が付いたのね、良かった。メリア! みんなに知らせてきて」
「はい!」
姿は見えないけれど、メリアの元気な声が聞こえました。パタパタと駆ける足音が遠ざかります。
お母様は目を潤ませながら私を見下ろしていました。
「気分は悪くない?」
「はい。でも、頭がぼーっとします」
頭にもやがかかっているような、スッキリしません。
「仕方ないわ。一週間も寝込んでいたんだもの。ローダンがつきっきりで解呪してくれていたのよ」
一週間も……? ローダン様が、解呪?
「私、いったい……?」
そうだ。年越しパーティで頭がぼーっとしてきて、それから……?
お母様の手が肩に添えられました。
「ゆっくり話すわ」
と、言われたものの、いろんな人が部屋にやってきて、わちゃわちゃになってそれどころではなくなってしまいました。
屋敷中の執事やメイド、使用人たちが顔を見に来てくれました。
みんな、心配してくださったんですね。
ローダン様も駆けつけてくださいました。どうやら魔力の使い過ぎで、我が家で休養していたそうです。
「良かった。目を覚まさなかったらどうしようかと……」
ローダン様はギュッと私の手を握ってくださいました。手の温かさが伝わってきます。ですが、お顔は少し疲れた顔をしています。
「ありがとうございます。ローダン様のペンダントのおかげですわ」
暗闇の中、唯一光っていた星のペンダント。その温かさがやすらぎでした。
「そっか。渡していた甲斐があった」
ローダン様は微笑みました。私も、笑えていたでしょうか。
それから、ローダン様は私が意識を失っていた間の出来事を話してくださいました。
「私、なんてことを……」
騎士団の皆さんにケガをさせたなんて、そんな。なんとお詫びすればよいか。
しかも水龍まで。お兄様がいなければ皆さんに大ケガをさせていたところです。
それでも、ローダン様は優しく微笑んでいました。
「大丈夫。重傷者はいない。キミが全力を出していたら、僕だって無傷では済まなかったよ」
「ですが……」
私が言いかけた時、お母様が首を横に振りました。
「すべてはあなたの自我を奪ったサーペンティンの御子息の仕業よ。あなたは悪くない」
優しくも力強いその言葉に、心が軽くなりました。
そう、ですよね。自分を責める前に、止めてくれたお兄様や助けに来てくださった皆さんに感謝しなければ。
「ローダン様、本当にありがとうございました」
「当然のことをしたまでだよ」
何でもないことのように、ローダン様は答えました。
「二人とも、今はゆっくり休みなさい。しっかり回復してからでないと、仕事にも学業にも差支えが出るわ」
お母様の言葉に甘え、私たちはゆっくりと休ませてもらうことにしました。
私が心身ともに回復して、お医者様から許可を貰ったのは、それからさらに一週間後でした。
一週間以上、学校を休んでしまいました。授業について行けるか不安です。
まずは寮に行かないといけません。鞄も教科書も全部寮にあります。
復学する前日の夕方に学園へ入りました。
毎日歩いていたはずの道が、なんだか久しぶりに感じます。
寮に入ると、数人の目がこちらに向けられました。私だとわかると皆さん「あ!」と声を上げます。
「マリーローズ様! 大丈夫ですか?」
「お身体はもうよろしいのです?」
一年生たちが次々に駆け寄ってきてくださいました。
「はい。この通り、元気になりました。ご心配をおかけして申し訳ございません」
私は元気になったとアピールするため、いつも以上の笑顔を作りました。
皆さんも安心したのか、ホッとした表情を浮かべます。
すると、その後ろにフリージア様の姿が見えました。
「マリーローズ様、お守りすることが出来ず、申し訳ございませんでした」
フリージア様はスッと頭を下げました。そんな、彼女の責任ではありませんのに。
「とんでもございません。それに助けに来てくださったではありませんか。本当にありがとうございます」
私もフリージア様に頭を下げました。危険を顧みず助けに来てくださったのです。感謝の意を伝えなければ。
「いえ、私などルピナスさんの活躍に比べたら」
「わ、私なんてただ壊しただけですよ!」
謙遜するフリージア様に、ルピナスさんの声が飛んできました。顔を上げると、フリージア様の隣にルピナスさんが駆けてきました。
「お元気になられて良かったです」
満面の笑みをルピナスさんが向けてくれました。彼女の笑顔は見ていると元気が出ます。
「ルピナスさんもありがとうございました。お兄様が変なことを教えたようですが、真に受けないでくださいね」
「あ、あははは……大丈夫、ですよ」
おかしいですね。ルピナスさんの目が泳いでいます。
ルピナスさんも魔力量が多いですから、お兄様の言っていることが感覚的にわかってしまうのでしょうか。
そうだ。皆さんにお願いしないといけないことがあったのでした。
「あ、あの……皆さんにお願いがありまして」
皆さん、不思議そうな顔をします。
うぅ、恥ずかしいけれど、こればかりは一人ではどうしようもありません。
「休んでいた間のノートを見せてくださいませ」
バッと頭を下げます。誰かの力を借りないと授業に追いつけません。一人では無理です。
「そんなこと、頼まれるまでもありませんわ」
「いくらでもお見せします」
「もっと私たちを頼ってくださっていいのですよ」
皆さんの優しい言葉が胸に刺さります。
頼っていい。
肩に乗っていた重いものが少し軽くなった気がしました。
顔を上げると、みんな笑顔です。何かを企んでいるような、そんな人はいません。
「皆さん、気をつけてください。マリーローズ様は教えた側よりも点数を取ってくる秀才ですよ」
フリージア様はそう言って笑いました。むむ、中間テストのことを言ってるのですね。
「あら、それでは心して教えねばなりませんね」
誰かの笑い声に、みんなが便乗して談話室は笑いに包まれました。
もっと腫物扱いされるかと思いましたが、安心して過ごせそうです。
☆
私より腫物扱いされているのは、アスター様たちでした。解呪が完了し、年末年始休み明けから謹慎が解けたそうです。
ニゲラ様、ラタム様はサフィニア様とイベリス様にもう頭が上がりません。
禁呪の影響だったとはいえ、あれだけ大っぴらに婚約者を蔑ろにしていたのです。
婚約解消をされなかっただけ、マシだったと思っていただくしかありませんね。
そして救いがないのはアスター様でした。
ある日の放課後、私とフリージア様が中庭を歩いていた時に現れました。今さら何の用でしょう。
フリージア様が警戒して私を背に隠します。近くにいた一年生の女子生徒たちも集まってきました。
私を守るように立つ彼女たちに、アスター様は戸惑った様子です。
「皆さん、大丈夫です」
私が声をかけると、皆さんは下がってくださいました。改めてアスター様と向かい合います。少し頬がこけたでしょうか。
見たことのないくらい、おどおどした様子で口を開きます。
「マリー、すまなかった。俺との婚約をかんが――」
「嫌です」
初めて考えるより早く、感情が口から飛び出しました。
私が人の言葉を遮ることは今までありませんでした。
アスター様は目を見開いて驚いています。
と、言うより、本当に何も見ていないのですね。
「そもそも、婚約破棄の書類に目を通していないのですか?」
「え?」
やはり、読んでいませんか。
「あれには今後、どんなことがあろうと私たちが婚姻を結ぶことはない、と書いてあります。それにあなたはサインをしました。契約はすでに成立しております」
その契約は魔法の用紙で交わされたものです。簡単には覆すことはできません。違反すると相応のペナルティが科せられます。
アスター様はまだ何か言いたそうですが、相手にするだけ時間の無駄ですわ。
「私にはもう婚約者がおります。アスター様もどうぞご自由に幸せになってくださいませ」
私は丁寧にお辞儀をしました。
参りましょう、とフリージア様を促します。
ああ、言い忘れたことがありました。
「それと何度も言いますが、もう婚約者ではないのです。気安く愛称で呼ばないでください」
それが、私からアスター様への最後の言葉となりました。
お読みいただきありがとうございます。
マリーローズは人を頼ることを覚えました。




