第22話 マリーローズの救出~魔力量は暴力~【ルピナス視点】
翌朝、私たちは空の上にいた。場所を把握しているローダン様を先頭に隊列を組んで進む。
早朝の冬の空気が冷たいぃぃ~!
肌に寒さが刺さる! 防寒具も着込んできたけど、寒すぎる!
遮るものがない上空は全身が冷気にさらされっぱなしだわ。
私はフリージア様の腰に手を回して子猿のようにピッタリくっついている。
格好悪いとかそんなの気にしてられない。だって、寒いもん。
この背中のぬくもりが今の救いだ。
フリージア様の騎獣は白馬だった。彼女の清廉さが伝わってくるような凛々しい顔つきの馬だ。
他にも馬を騎獣に選んだ人は多いけど、よく見るとみんな顔が違って個性が出ている。
私はどんな騎獣を作ろうかな。その前に覚えることはたくさんあるけどね。
途中で休憩を挟み、目的地へと到着した。
海辺の崖の上に佇む一軒のお屋敷。塀に囲まれた、緑の屋根の二階建てのお屋敷だった。
造りは頑丈そうだけど、お貴族様っぽい豪華さはない。
塀は人の背丈を優に超え、門には扉はついていなかった。二本の柱が佇むだけ。
屋敷の入り口もシンプルな造り。これは、別荘、なのかな。
上空から見ている分には、変哲のない貴族のお屋敷に見える。
お屋敷を見下ろしていたアナベル様がフンと鼻を鳴らした。
「三重か。俺たちも舐められたものだ」
さんじゅう? 何が?
「さあ、ルピナス嬢。出番だぞ」
嬉々とした顔でアナベル様が私を見た。
ええ!? 何を? どうすればいいの?
「アナベル、何の説明もなしに言ってもダメでしょ」
キュラス様が私たちの間に割って入った。いつもは下ろしている薄茶色の髪を一本に結い上げ、学園では見せない凛々しさがある。
その騎獣は黒の獅子。彼女の中にある勇ましさが表れている。
ありがとうございます! 何が何だかわかっていません!
「ルピナスさん、ちょうど私たちの足元に結界が三重に張られているの。見える?」
キュラス様にそう言われ、足元に目を落とす。
……何も見えない。わからない。え、みんなの目にはどんな風に映っているの?
すると、フリージア様が騎獣を動かした。それからそっと手を伸ばす。何かに触れるように手が止まった。
「触るとわかるわ」
私は同じように手を伸ばした。見えない何かに手が当たる。壁みたいな感触じゃない。
反発が来るような、押し返されるような、不思議な感覚になった。
カルフィナー隊長がスッと横に来た。
「そこに思いきり魔力を注ぎ込むんだ。遠慮はいらない。三枚ある壁を粉々に壊してしまうイメージをするんだ」
「は、はい!」
私は自分の中の魔力に集中した。
みんなに教えてもらった通り、身体の真ん中にある魔力を、腕を通して手のひらに。
いつもは魔力量が多すぎて抑え気味にしないといけないけど、今日はそんなこと気にしなくていい。
三枚ある見えない壁を、全部、粉々に砕く!
「えい!」
一気に魔力を身体から放出した。
途端に、ガラスが割れるような音、レンガの壁が崩れるような音、獣のうめき声のような音が寒空に響きわたる。
おどろおどろしい音に鳥肌が立った。
ただ、音が大きかったのは最初の数秒だけで、すぐに波の砕ける音が遠くに聞こえる元の静けさに戻った。
「よし、行くぞ!」
カルフィナー隊長の掛け声とともに、一斉にお屋敷の前庭に着地する。
騎士団を先頭に、屋敷へと突入した。
私も最後尾について走っていく。魔力量が多いだけで、戦闘力はゼロに等しいからね。
突然、ローダン様が私とフリージア様を抱えて横に飛び退いた。
私たちが立っていた場所を、騎士団の人たちが悲鳴を上げて飛んでいく。目の前を何かがもの凄い速さで通り過ぎた。
「大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございます」
ローダン様が優しい声色で尋ねた。
何事か気付いているようで、フリージア様は冷静だ。パニックになっているのは私だけみたい。返事をしていられない。
「突然、結界を破って入ってくるなんて。礼儀がなっていないんじゃないですか?」
屋敷のロビーに響く男の声。階段の上から私たちを見下ろしているのはスラウだった。
隣には制服姿のマリーローズ様の姿がある。でも、なんだか様子がおかしい。黙って横に立っているわけがない。まるで人形みたい。
「礼儀がなっていないのはどっちだ!? マリーは返してもらう!」
アナベル様の怒鳴り声が反響した。
「マリーローズ、僕らの幸せを壊そうとする奴らだ。命を持って償ってもらおう」
スラウがマリーローズ様の頭を撫でながら囁いた。
気安くマリーローズ様に触ってんじゃないわよ!
なんて思ったら、マリーローズ様の手がこちらに向いた。フリージア様が前に飛び出し、細い剣を構える。
「風よ、我が盾となれ!」
吹き荒れる風が私たちを包み込んだ。同時にマリーローズ様から水の矢が放たれた。もの凄い速さで向かってくる。
風に進路を反らされた水の矢は床や天井、壁に突き刺さった。
って、壁にぶつかったやつ、貫通してる!?
待って、マリーローズ様はこれを水鉄砲呼ばわりしてたわけ!?
ただの凶器だよ!
騎士団の人たちはこれを食らったの? 大丈夫かな。
マリーローズ様は右手を天に掲げた。その周りを水が渦巻く。さっきの水の矢じゃない。なんか、もっと凄い魔法だ。
「全員、伏せていろ!」
アナベル様の鋭い声が飛ぶ。言われた通り、バッと床に伏せた。フリージア様とローダン様も姿勢を低くする。
マリーローズ様の腕から水の龍が放たれた。
アナベル様の腕から氷の龍が放たれた。
両者は激しくぶつかり、水滴と氷の破片が室内に飛び散る。
いてっ! 氷の粒が頭に当たった。結構、痛い。
部屋の温度が一気に下がった気がした。気がしたじゃない。下がったわ。吐き出す息が真っ白だ。
「いけ、ヘルハウンド!」
今度はキュラス様の声が響いた。
ロビー中央の階段を駆け上がっていくのは三匹の黒い犬。狙いはスラウだ。
「ぼ、僕を守れ! マリーローズ!」
数歩下がって、マリーローズ様に指示を出した。マリーローズ様は両手を広げてスラウの前に立ちはだかる。
女の子を盾にしてんじゃないわよ! サイテー!
でも、このままじゃヘルハウンドがマリーローズ様に噛みついちゃう!
なんて思っていたら、それは杞憂だった。ヘルハウンドたちはマリーローズ様をすり抜け、後ろにいたスラウに食らいつく。
「私のヘルハウンドたちは優秀でね。標的にしか噛みつかないのよ」
スラウの悲鳴を聞きながら、キュラス様は得意げに笑った。一匹のヘルハウンドが、スラウが持っていたらしき何かを放ってよこした。
キャッチしたキュラス様はそれを見回し、ローダン様に投げる。
「あなたの専門分野でしょ。何とかして!」
ローダン様に投げ渡されたのは、お香を焚く蓋付きの香炉のようなものだった。細かい装飾が施されていて、高価なものっぽい。
なんか、甘いけど、変な臭いがする……。
「この香り、マリーローズ様の具合が悪くなった時に何となくしていたものです!」
フリージア様がローダン様に報告する。これのせいでマリーローズ様がおかしくなっちゃったのね。
ローダン様の様子をうかがうと、表情は険しい。どうしたんだろう。
「くそっ! マリーローズ! あれを取り返せ!」
スラウが叫んだ。
何でもマリーローズ様任せにするんじゃないわよ。情けない奴。
ローダン様は私に香炉を差し出した。
「結界の時みたいに、これに魔力を思い切り注いでくれ。それこそ遠慮はいらない。内側から壊してしまうんだ」
「はい!」
私は声を引きつらせながら返事をして香炉を受け取った。
きっとこれはあのペンダントと同じ、禁呪で作られたものなんだ。だったら、ローダン様の言う通り遠慮はしない。
これに思いきり魔力を注いで、内側から壊す感じで!
パァンと香炉が弾け飛んだ。
香炉は結界より脆かった。粉々に砕け散って、破片がパラパラと床に散らばる。変な臭いはもうしなくなっていた。
「くっそぉぉ!! マリーローズは僕のものだ!」
スラウの恨みがましい声が、空しく屋敷に響いた。
ルピナスは、魔力で破壊する、を覚えた。




