第20話 マリーローズの救出~もっと早く知りたかった~【ルピナス視点】
けたたましい警報が鳴り響く中、私――ルピナス――はただ立ち尽くすことしかできなかった。
マリーローズ様の様子がおかしくてついて行ったら、フリージア様がマリーローズ様を止めようとして、男子生徒に吹き飛ばされた。
きっとあの人が、マリーローズ様に無理やり言い寄ったスラウって人だ。
でも、私が駆けだした時にはもう遅かった。二人の足元に魔法陣が浮かび上がったと思った瞬間、二人の姿は消えていた。
魔法の発動を感知した結界の警報が空しく鳴り響く。
「くっ……」
うめき声が聞こえた。フリージア様だ!
私は急いで彼女に駆け寄った。吹き飛ばされて石の柱にぶつかったんだもの。骨にヒビが入っていたら大変だわ。
フリージア様は何とか自力で起きようとしているところだった。
手を添えて起き上がるのを手伝う。
左肩を強くぶつけたみたいで、右手でギュッと掴んでいる。
私は回復魔法なんて使えないし、早くアルラ先生に診てもらわないと!
フリージア様、歩けるかしら。
「私がついていながら……!」
悔しそうに唸るフリージア様の視線は、二人が消えた場所を睨んでいた。
「どうしたんだ!?」
大ホールから歴史の先生が黒いスーツ姿で飛び出してきた。身体を痛めているフリージア様を何事かと見つめている。
フリージア様は痛みで顔をしかめながらも先生を見上げる。
「マリーローズ様がさらわれました。犯人はスラウ・サーペンティンです」
「何だと!?」
「恐らく移動魔法陣を使ったものと思われます。結界が作動する前に姿を消しました」
フリージア様の説明に、私は同意するように頷く。的確過ぎて付け足すところがない。
確かに、アスター様の時は警報が鳴って魔法が発動して独房送りになったけど、さっきは警報が鳴って魔法が発動する前に姿を消していた。
すると、どこからともなくパタパタと見たことのない小鳥が飛んできた。
私の目の前までくると、ポンと音を立てて一枚の紙になった。
「え!? ナニコレ!?」
鳥が手紙になった!? ああ、落とさないようにしないと。
「魔法の紙を使った手紙よ。あなた宛てに送られてきたのね」
フリージア様が説明してくれた。
魔法の紙、そんなものがあったのね。貴族では当たり前に使われている物なのかしら。初めて見た。
『プルーム男爵にペンダントを渡したのはスラウ・サーペンティンだ。彼との接触は極力避けるように』
差出人はわからないけど、もっと早く知りたかった!!
思わず手紙をくしゃっと握ってしまった。
でもこれは間違いなく誘拐事件。私も油断しないでもっと早く動いていたら止められたかもしれないのに。
「とにかく、騎士団に連絡を!」
先生たちが慌ただしく動き出す。生徒たちも何か起きたのかとざわめきだした。
もう年越しパーティどころじゃない。
まずはフリージア様の手当てが先だわ。
「フリージア様、アルラ先生を呼んできます」
「ええ。ありがとう。この前とは逆ね」
フフッとフリージア様は小さく笑った。でもその額には汗が滲んでいる。きっと痛いんだ。
私は急いでアルラ先生の姿を探した。きっと先生もホールにいるはず。
きょろきょろと見回して、先生の薄緑の髪を探す。
いた!
「アルラ先生!!」
私は大きな声で先生を呼びながら駆け寄った。
「ふぇ? どうしたの?」
振り返ったアルラ先生の顔は真っ赤だった。
酔っぱらってるぅぅぅ!?
そうだよね。年越しパーティだもん。大人はお酒飲むよね!
「急患です! 来てください!」
アルラ先生が握っていたワイングラスをサッと取り上げ、テーブルに戻す。
先生の手を取ってダッシュでフリージア様の元へ戻った。
ええい、酔っぱらってるなんて知るか!
回復魔法が使えればそれでいいわ!
アルラ先生をフリージア様に突き出した。先生は酔っぱらいながらもフリージア様の様子をうかがい、左肩に手をかざした。
ふわりと温かい光がフリージア様の肩を包み込む。
数秒もしないうちに、しかめられていたフリージア様の表情が和らいだ。良かった。
「アルラ先生は酔っぱらっているほうが回復が早い説があるからな……」
先生の誰かがボソッと言った言葉を、私は聞き逃さなかった。
それでいいのか、校医。ドーピングか。
その後、他の生徒たちは寮に戻され、目撃者の私とフリージア様は残された。
到着した騎士団の部隊は二人が消えた場所を入念に調べている。見たことのない魔道具を使って、何かを計測しているみたい。
フリージア様は、一人の騎士の前に立って項垂れていた。同じ黒い髪の体格のいい人。年齢も他の人たちより上だ。
「父上、申し訳ございません。私がついていながら、騎士としてあるまじきこの失態……」
フリージア様のお父様!? 騎士団の人だったんだ。
いや、それよりもフリージア様があまりにも思い詰めている。フリージア様だけの責任じゃないのに。
「確かに、離れてしまったのはお前の失態だな」
お父様の声は静かだったけれど、重みのある響きだった。
フリージア様は悔しそうに手を握りしめる。
「だが、マリーローズ様は人質や殺されるためにさらわれたんじゃないんだろう? だったら、お助けするチャンスは必ずある」
お父様は優しくフリージア様の肩を叩いた。
「忘れるな。命を賭して守るということは、命を捨てて守るということではない。己の命を守ることは大前提として、守るべき人を守る。それがカルフィナー家の戦い方だ」
フリージア様は目を潤ませながら頷く。
なんて素敵なお父様なの。こっちまでもらい泣きしちゃいそう。
うちの親なんて……記憶から抹消してしまいたい。忘却の魔法なんてものはないかな。
「隊長!」
一人の若い騎士が駆けてきた。
「ダメです。完全に痕跡が消えていて、追うことは困難です」
若い騎士は苦々しい顔で首を横に振る。
それだけあいつの魔法の腕前が良かったってことよね。あっという間に消えちゃったもの。
移動魔法陣って、どのくらい移動できるんだろう? ああ、もっと魔法の勉強しておくんだった。
魔力量だけあっても魔法が使えないんじゃ意味ないよ!
全然、役に立てないじゃん! いや、元々役に立てると思ってここにいないけど!
マリーローズ様、どうかご無事で。
☆
ベッドで眠るマリーローズは美しい。まるで月の女神のようだ。
ふと、窓から魔法の小鳥が飛んで入って来た。これだけ矮小な魔法は何重にも張った結界をすり抜けてくる。
小鳥はマリーローズの胸の上で用紙に戻る。
手紙か。誰からだ?
『プルーム男爵にペンダントを渡したのはスラウ・サーペンティンだ。彼との接触は極力避けるように』
もう遅い。今頃、気付いたのか。
もう遅いんだよ。マリーローズは僕のものだ。
喉の奥から笑いが込み上げた。
「っははははは!」
止まらない。
素晴らしい高揚感。
突き抜ける快感。
マリーローズを手に入れた優越感。
笑いの衝動が止まらない。
暖炉の火の中に手紙を放り投げる。ベロリと炎が手紙を舐めあげた。一瞬で手紙は灰になる。
どこの誰が出したのかわからないが、何もかもがもう遅いんだよ。
お読みいただきありがとうございます。
ルピナスの奮闘を見守ってください。




