第19話 マリーローズ さらわれる
中間テストはなかなか良い結果が出ました。張り出された成績上位者は女性の名前が増えています。
一位や二位を独占しているのは、相変わらずオルカ・ベローニ様。子爵家の三男です。
私たちがあれだけやっても追いつけないとは、やはり優秀な方ですわ。
「マリーローズ様のおかげで歴史の点数が伸びました! ありがとうございます!」
「数学の点数が今までよりも良くなりました! フリージア様、ありがとうございます」
「レイニー様のおかげで魔法学の点数が上がりましたわ!」
一年生の女子たちは自然とお互いにお礼を言い合う雰囲気が出来ていました。
あの勉強法は大成功ですね。
掲示板の前に立つ私の横で、フリージア様がため息をつきました。
「教えた私より良い成績を修めるんですから。マリーローズ様には完敗ですよ」
「先生が良かったからですわ」
私は小さく笑って答えました。私が理解するヒントをくれたのは、他でもないフリージア様ですもの。
他の皆さんも同様で、授業では聞くことが出来ないちょっとしたきっかけで理解が深まった人も多かったようです。
先生にわざわざ質問に行くのが、はばかられることもありますからね。生徒同士なら素朴な疑問も聞きやすいというものです。
ひとまず、これで気持ち良く年末年始を迎えられそうです。
期末テストのことは、まあ、追々考えましょう。
肌を刺すような寒さが増す年末。
年末年始を挟んで二週間のお休みがあります。期間が短いので、帰省する学生はほとんどいません。
寮でゆっくり休む人が多いようです。
王都に雪が降ることは滅多になく、代わりに寒さが身に沁みます。
寮の談話室の暖炉の前は人気スポットです。
私も自室で本を読んだり、サフィニア様たちとお茶を飲んだり、穏やかに過ごしています。
念のため不用意に女子寮から出ないように、とローダン様からもお手紙を頂いています。
ここしばらくはお手紙でのやり取りしかしていません。
年末年始の行事でアルドラ殿下が忙しいらしく、伴ってローダン様も慌ただしくされているようです。
きっと国王様はもちろん王妃様やカトレア様も大忙しでしょうね。
しかし、我々学生にも楽しみがあります。
年末の夜に行われる年越しパーティです。この日だけは、消灯時間を気にせず大ホールで新年をお祝いできます。
学園の大ホールにほとんどの生徒、先生が集まって混雑しています。
食堂のシェフたちが腕を振るった料理が立食形式で並び、小腹も補えます。
私はフリージア様と料理に舌鼓を打っていました。この場に婚約者のいない私たちにとってはただの食べ放題です。
一緒にいる必要のある殿方はいませんからね。
「夜中にこんなに食べるなんて、なんだか罪悪感を感じてしまいます」
フリージア様はそう言いながらも、チョコレートのケーキを口へ運んでいます。いつもは凛々しい彼女も、ケーキの前では表情が解けるようです。
「その背徳感が美味しさのスパイスなのですわ」
私も笑って、ブルーベリーのジャムが乗ったケーキを口に運びました。甘さの中に控えめな酸味も同時に広がります。
夜食、最高。
普段は絶対に出来ないですもの。侍女のメリアに怒られてしまいます。
クッキーですら叱られてしまったのです。夜中にケーキなんて食べたら、しばらくお菓子を没収されてしまいます。
「お二人とも、堪能していますね」
背後から声がかかりました。私たちはビクッと肩を震わせて振り返ります。
そこにはイベリス様がいらっしゃいました。手に乗ったお皿には、パスタ、サンドイッチ、小さなハンバーグ。イベリス様も堪能されているようで何よりです。
隣にいるサフィニア様は呆れた顔をしています。彼女の手にあるお皿にはサンドイッチが二切れ乗っているだけでした。
「カウントダウンが楽しみですわ」
言いながら、イベリス様は楽しそうに料理を口へ運びます。意外と食べるんですよね。
その時、ふわりと甘い匂いが漂ってきました。デザートコーナーからではありません。お菓子の香りでもありません。
なんでしょう? この嗅いだことのない甘ったるい匂いは。
「マリーローズ様?」
フリージア様が不思議そうに声をかけてきました。キョロキョロする私を不審に思ったのかもしれません。
「いえ、何も」
私は笑って首を横に振りました。誰かの香水かもしれませんし、気にしても仕方ないでしょう。
さあ、もうすぐカウントダウン、ですわ……。
何かしら。頭の中がモヤモヤします。人が多くて、酔ったのでしょうか。
少し、外に出て空気を吸えば、きっとよくなるわ。
「マリーローズ様、大丈夫ですか?」
「少し外の空気を吸ってきますね」
心配そうなフリージア様に何とか笑みを返し、大ホールの出入り口へ向かいます。
この大ホールは校舎と数メートルの渡り廊下で繋がっています。今は寒い空気が通り抜けますが、夏は爽やかな渡り廊下です。
頭がボーッとする……。風邪でも引いたのかしら?
でも、頭痛はありませんし。吐き気や寒気もしません。
フラフラとしている自覚はありました。
それでも歩みが止まりません。引き寄せられるように身体が勝手にホールの外へと向かいます。
「待っていたよ、マリーローズ」
恍惚さを滲ませた声がしました。
ぼんやりとした視界に、闇に溶け込む藍色の髪と薄っすら微笑むオレンジの瞳が映ります。
この人は、スラウ様?
ダメ。近づいてはいけない。
頭が警告しても、足が止まりません。速度は変わらず、ゆっくりとした足取りでスラウ様の元へ歩いていきます。
近づきたくない。身体が、言うことをきかない。
いったい何なの?
カウントダウンが近いのか、ホールからは盛り上がる声が聞こえてきます。それも遠くに聞こえる気がしました。
「マリーローズ様!」
鋭い声が飛んできました。この声は、フリージア様?
「邪魔をするな!」
「うわっ!」
スラウ様の怒鳴り声と、フリージア様の悲鳴。
なにが、おこっているの?
「さあ、行こう。マリーローズ」
差し出されたスラウ様の手に、私の手がかってにのびていきます。
「ダメです! マリーローズ様!」
こんどは、ルピナスさんの、こえ?
「マリーローズ様ぁ!!」
ルピナスさんのこえに、けたたましい、けいほうのおとが――。
「もう大丈夫だよ」
ここは、どこ……?
「ここなら誰も来ない」
わからない。
「誰にも邪魔されない」
だめ。
「ずっと、一緒だ」
かんがえられない。
おとうさま、おかあさま。
おにいさま。
ローダンさ、ま……。




